トオミミさん2
期待通り、いや期待以上だったよ、ウチキちゃん!
遠耳の能力を持つ彼は思う。
一体どんな想像をしていたんだろう。漏れ聞こえた単語の異次元さがすごかった。桜の木は体育館に入れないは、名言だった。どんなシチュエーションだ。そもそもなんで木を入れようと思ったの、お花見でもするの、外でしようよ、これで、しばらく幸せな気分で生きていけそう。
それから、桜は気がついたら、ワールドカップ出場を諦めてた。元々、目指してないよ! そもそもサッカーやったことないよ! っていうか、ボール池に落としたら、ワールドカップ出らんないの?! その条件過酷すぎじゃね! ついつい楽しい気分になってしまう。
サッカーボールはとても良い買い物だった。
池に落ちちゃったのはまあ、想定の範囲内なので良いとする。
でも、どうするか。池のど真ん中に漂ってるサッカーボールを見る。数日くらいしたら、勝手に水流で解決できそうな気もするけど、また、悩ませちゃったら大変だし。何だかものすごくお願いしてたし。
かといって、自力で取るのは少々面倒くさい。
ただ、誰かに頼むとすると、ちょっと面倒なことになるかもしれない。女子高生の生活を盗み聞きしてるのを晒すのと、自分がついうっかり落としたことにするのどっちがマシか考える。悩むまでもなく後者に決める。
彼は、遠くの音を聞くことくらいしかできないけど、異能力者コネクションはそこそこ広い。
確かに、ウチキちゃんがいってたような物体を移動させる方法もあるが。今回は彼に決めた。
相手が用事済ませた様子を確認してから、ピッとケータイの通話機能を呼び出す。向こうが少し驚いた声がしているが、テキトーに誤魔化す。
ボーっと神社のベンチに座っていると、目の前でひらひらと手が動く。
「おー、マジメガネ」
俺は軽く手をあげる。その呼称はやめてくださいと、眉をひそめる。基本的に本名は使わないことにしている。で、マジメ枠もメガネ枠も既にいるので、合わせてマジメガネと呼ぶことにしている。
「どういうつもりですか、兄さん」
と冷たい声がする。
ちなみに、向こうの兄さんも、血縁上や戸籍上の兄ではなく、兄弟子の意味である。「こんな所に呼び出して、しかも、何ですか、あのボール」
冷たい視線をびしびしと受けながして
「いやー、サッカー選手目指してたらさー 入っちゃってー」
とテキトーに言うと更に視線の温度が下がる。
「兄さんが、サッカー選手になるわけないでしょう。そもそもこんな所でサッカーする人いませんよ」
ため息をつく。思わず、くっくっくっと笑ってしまう。だよなーと。ウチキちゃんじゃなければ! と。それを、向こうは茶化されたと思ったようで、絶対零度の視線を感じながら、
「まあ、とにかく、やっちゃってよ」
と気軽に頼む。マジメガネはため息をついて、池の方に視線を向ける。そして、指をついと軽く動かす。一瞬のことだった。水面がみるみる間に凍りつく。氷の坂となった水面をボールがポンポンと軽く弾むように転がってきた。瞬きする間もなく氷は水に溶け落ちて、すぐに元通りの池になった。
部分的に池の水の色に染まったボールを拾いあげながら
「どーも」
と軽く手をあげて礼を言う。マジメガネは少しすっきりしたような表情だったが、まだ胡乱げな視線をしていた。
「これ、なんかの任務なんですか、世界を救うとかの」
上手くない冗談のようだったが、なかなか面白いことを言う。
「まあねえ、世界救っちゃったかもねー」と笑って答えておく。
「兄さんがそういう時はどうやっても絶対教えてくれない」とつぶやく。
とりあえず、この場は笑って誤魔化しておく。
という日常が続くと思ってたのに。