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ウチキちゃん7

「本当にいいんですか」のトーンが違う。


 ある日、見合いの話が出る。

 数日前から、相手はいつ言おうかいつ言おうかと言う声が、聞こえていたので、了承の言葉を言うと、明らかにほっとして、ああ、そういえば、この子はその能力だったとまるで損したように言うのだった。


 結婚は義務のようだった。選択権はさとりにあるようだが、その選択肢を作るのは、大人たちなので実質、自由などあってないようなものだった。しかも、その選択肢は見事に当家にとって都合の良い人ばかりのようだった。

 これまで結婚など考えたこともなく、むしろ、好きな人間などいなかったので、できるとすら思ったことがなかったさとりからすれば、素晴らしいことのように思えた。

 ちらりと思い出したのは桜さんだったが、でも、桜さんである、カマクラさんは、心底さとりとは関わりたくないようであったと思い出し気が沈む。


 お見合いの場は、日本庭園の綺麗な建物の中だった。

 しかし、びしっと障子は閉まりせっかくのお庭は楽しめない。

 相手の男性は、周りの大人も認めるほどの人物らしく、好物件といっていた。簡単に、挨拶を交わした時点でもうこの人はダメな気がするとさとりは思っていた。

 見かけほど爽やかではなく、良くないことを色々と企む人物のようだった。その良くないことに圧倒されて、いつも以上に言葉がでなくなっていた。


「さとりさん、結婚しましょう」

 目の前の男は言った。

 カコンと鹿威しの音が響く。

 ええと、どうしよう。さとりは心の中で考える。この方とは今日がはじめましてだった。多分、整っていると言われる容姿であるのだと思う。あとは色んな意味で大人たちが認める程の才能のある人物なのだとも思う。だけど、さとりにとっては全く関係なく、この求婚を受けない方が良いと判断していた。

 カコンともう一つ音がする。

 男は、さとりが返事をしないことを気にしていないかのように、話し始める。さとりに対して褒め称え、大人たちは、その隙間を埋めるように、応え、笑いを浮かべる。ポンコツなこの娘に代わってという思いを抱きながら。

 だけれども、そんな愛想笑いとお世辞を並べたカタログを飛び超えて、その場で一番リアリティを発揮している声は、「財産!」「地位!」「権力!」であった。

 さとりが嫌悪感と恐怖に震えるのを周りの大人は、緊張しているのね、と笑う。そして、こんなに愛されているのは幸せなことよ、と答えないさとりをたしなめるように言った。

 相手は無言を承諾と捉えているようだった。妙に自信満々で、断られることなど考えてもいないようで、どんどん話は進んでいってしまう。  


 否を表す言葉、嫌という言葉を紡ぎ出せる頃には、もうほとんど決まりかけていて、男はそんな言葉に「ドイツ語の了承の意味かな」なんて、笑って意思を捻じ曲げる始末…。


☆.。.:*・☆.。.:*・☆.。.:*・☆.。.:*・


 自分の部屋に戻り、さとりは、つくづく自分のダメさに落ち込んでいた。

「嫌」とスムーズに出るようになった言葉を繰り返す。

鬱屈とした気分を解き放ちたくて、窓を開けると空は綺麗に晴れていた。だけども自分の心は晴れず、ベットの上に座り込む。


 すると、窓から、ひゅーっと何かが入ってくる。床に落ちたものをみると、白い紙で折られた紙飛行機だった…。開くと

「何がイヤ」

と書いてある。よく見直していたあの字だった。「えっ、桜さん!?」と思って窓の外を見る。外を見ると、男性が一人ひらひらと手を振る。あの人物が紙飛行機の主のようだった。カマクラさんではなく、見覚えのない人物だった。

 自分の机からペンを持ってくる。

「結婚」

と書いて、窓の方に向かってふんわりと風に乗せる。つもりだったのに、べしゃっと重力にひっぱられて落ちた。

 庭の木に隠れるようにして立っていた人が明らかに笑いをこらえながら、素早く取りにいく。あ、ほかの人にバレちゃう! と思いヒヤヒヤしながら見ていたが、大丈夫だったようだ。

 サトリはほっとしつつも、笑われたことに対して、むうと不満げに思って、「だってやったことないもん」と呟く。

 男は読んでから、また何かを書いて紙飛行機を飛ばす。すーっと綺麗に窓へと届く。

開いてみると「やめちゃえ」と書いてあった。

 サトリは迷う。

「そんなわけにはいかないよ」と呟く。「お母さんがいなくなってから、面倒みてもらってるし、家の存続のためにも」と言い連ねて、それは言い訳で、諦めてしまう理由は、「嫌って思っていても、伝えられない、言葉が誰にも届かない」のだと思う。あの不格好に落ちた紙飛行機のように、と頭の中で思い浮かべる。


男は困った風にこちらを見つめている。新しい紙に何かを書いていた。風に惑わされずに入ってきた紙飛行機を開いて見ると


「俺の耳には届く 遠耳なんだ」


「とお みみ?」と呟く、「えんみみ、えんじ、とおみみ… どれだろう」と。呟きながら、さとりはなんとなくわかりはじめていた。


 庭の男は、さとりの独り言にぷっと吹き出していて、更に紙を取り出す。その様子を見ながら「何枚あるんだろう」と呟くと、一瞬ペンが止まって更に何か書き足す。


「とおみみ 遠くの音が聞こえる あと、紙これで終わり 投げて(゜Д゜)ノ」と。


最後の絵に思わず、ぷっと吹き出す。


「やめちゃえ」の紙に「今まで、色々ありがとう。私がんばる」と書いて飛ばす。


紙飛行機はさっきと違い、ふんわりと風に乗って飛んでいく。どこまでも飛んで行きそうなそれをぱっと男が受け止め、紙を開いて、文字を読んで、笑顔を浮かべた。口の形でが ん ば れ と言う。頷くと、「じゃあね」というように手をひらひらさせる。サトリは机に向かって手紙を書き始めた。


 今まで伝えられなかったありがとうとそれから、あの人とはどうしても結婚できないという自分の意思を。

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