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ウチキちゃん1

新シリーズです。

よろしくお願いいたします。

「さとりさん、結婚しましょう」

 目の前の男は言った。

 カコンと鹿威しの音が響く。

 ええと、どうしよう。さとりは心の中で考える。この方とは今日がはじめましてだった。多分、相手の人は恐らく整っていると言われる容姿であるのだと思う。あとは大人たちが認める程の才能のある人物なのだとも思う、いろんな意味で。だけど、さとりにとっては全く関係なく、この求婚を受けない方が良いと判断していた。

 カコンともう一つ音がする。

 男は、さとりが返事をしないことを気にしていないかのように、話し始める。色んな言葉を尽くしてさとりを褒め称え、大人たちはその隙間を埋めるように、応え、笑いを浮かべる。対応一つできないのかこの娘は、という思いを抱きながら。

 さとりが嫌悪感と恐怖に震えるのを周りの大人は、緊張しているのね、と笑う。そして、こんなに愛されているのは幸せなことよ、と答えないさとりをたしなめるように言った。

 相手は無言を承諾と捉えているようだった。妙に自信満々で、断られることなど考えてもいないようで、どんどん話は進んでいってしまう。  


 どうしようと、さとりは途方にくれていた。


☆.。.:*・☆.。.:*・☆.。.:*・☆.。.:*・


「さとりちゃんって、何か変だよねー」

見合いの時からしばらく前のことだった。

学校で、あるクラスメイトが言った。外にいるさとりは教室の扉に手をかけて少し困る。

「わかるー」

と別な生徒が笑う。悪意がもわもわと膨らんでいるのを感じていた。

「いつもこんな風に」ここで何か真似をしているようで、「似てるー」「聞こえねー」「何言ってるかわかんなーい」と大きく笑いが起こる。

 既に部屋の空気は悪意に染まっていた。

 宿題を取って帰りたかったのだけど、諦めて明日の朝早く来てやることに決める。扉にかけた手を下ろし、静かに廊下を歩く。

 別に、聞かなくてもわかっていたことだった。たとえ気にしてない風にしていても、心の中までそう思っている訳ではないことくらいは。

 コツンコツンと階段を降りながらさとりは思う。

 悪意はあるけど、悪気はないのだ。目の前で面と向かって言うほどではないのだから。敢えて言うならば、ぴょんと最後の一段を降りて思う。(聞いてしまった自分が悪いのだ)と。


 「神社にいこう」とつぶやいて学校の外に出る。

 大きな桜の木がある神社に行く。

 少し嫌なことがあったら、いつもここに来ていた。

 ベンチから桜を見上げる。「さすがに桜の気持ちはわかんないなー」とつぶやいた。どんな気持ちなんだろう。ずっと動かないで同じ場所で咲き続けるのって。遠い所まで見えるのかな。神社は石段を上ったところにあって、桜の木の天辺は更に高いところにあった。

 いつも少し楽しいことを桜に話す。

 この前は、体育の授業の時にバスケで少しボールにさわれたとか、テストの点数が少しよかったと、通学中に猫を見たとか。

 桜は応えずに揺れる。それが、さとりには嬉しかった。声の大きさも気にしなくて良いし、話のオチも求めないし、何より、共感もしない。風で揺れているだけ。


 さとりには、人の気持ちが読み取れてしまう能力があった。

 声に出していない心の声が、実際の声と同じように聞こえていた。どっちが本物なのか区別がつかず、迂闊に声を出したり、返事をするべきではないと学ぶ。

 それから、相手の気持ちが強すぎるとそれに飲み込まれてしまいそうになるのだった。特に、怒りや悲しみなどネガティブな感情には引きずられやすく、相手を怒らせたり悲しませる否定の言葉を出すのが特に苦手になっていた。

 そういう能力なのだと気がついたのはそこそこ大きくなってからで、さらに、他の人間にはないものだと知った時には、もうとっくに人間が怖くなってからだった。

 誰にも相談できず、思いを伝えることも上手くできなくなっていた。

 独り言ならスムーズに出るのになあと思う。

 足を揺らすと小さいボールが当たる。ベンチの下に落ちていたようだった。誰かの忘れ物かなーと思いながら、バウンドさせてみる。意外とよく弾んで面白い。子どもみたいにその場で何度もドリブルをしてしまう。体育では出来ないから。パスなど来ないし。


 ここのベンチの下にはたまにこんなふうに誰かの忘れ物があった。

 よく弾むゴム製のボールだったり、ハンカチだったり。紙風船があった時は、雨降らなくてよかったと思って、そのあと、相当迷ってから、神社の人に届けに持っていった。だけども、不審がられてしまって、落し物という単語1つ伝わらず、懸命に言葉を繰り出そうとするのだけど、うまくいかず、最終的には、はっきりと迷惑という言葉が聞こえてしまい、頭を下げて、紙風船を持ったまま逃げて帰ってきてしまった。


 その時のことを思い出していたら、不意に、小石か何かに当たったのか、弾む角度が変わって、ポンポンコロコロと桜の木の方へ転がる。

 池の方に転がらなくてよかったと追いかけてボールを捕まえる。


 あの時は、持ち主が困って探しているかも、怒られちゃうかも、と泣きそうになりながら震えていた。警察に届けなければと思いながらも、また言葉が伝わらなかったらどうしようという恐怖に震える。その姿を母に会った時ひどく心配され、上手く出てこない言葉を必死に繰り出し、ゆっくりゆっくりと時間をかけて説明する。別な恐ろしいことを想像したようで、徐々に事情がわかって、なんだそんなことと、いう安堵の母の声が聞こえる。「大丈夫よ。」と安心させるようにささやく。もしも、紙風船を探している人を見かけたら、返してあげるといいと。

 それから、しばらく神社で張り込みしてたっけ。と心の中で思う。あの時は、早く持ち主を見つけないと、おまわりさんが現れて紙風船をとった罪で逮捕されてしまうのではないかと思い込んでいた。神社で持ち主が見つかりますようにとお祈りして、石段のところでじっと待っていて紙風船という言葉を頭に思い浮かべている人を探し続けた。今思えば、多少不審に思われていたかもしれない。昼間は学校に行くしかなかったが、終わってからはすぐに走ってきて、日が落ちるまで待っていた。

 しかし、そういう人は特に現れずがっかりし続けて、数日くらい経ったある日、さとりは少し疲れて桜の木の近くのベンチに腰を下ろした。

 すると、足元でかさっとなり、下を見ると紙が落ちていた。開いて見ると、ちょっと時間が経ったように滲んだ字で「紙風船 あげる」と書いてあった。

 心の底から安心して、その日の晩はやっとゆっくり眠れた気がした。

 夢の中に入る頃、なんで、あの手紙があったんだろうと、さとりは考える。

「あ、きっと、桜さんがくれたんだ」

とそう思うことにした。


 今から考えればなんでそんな風に思ったんだろうと自分でも疑問に思う。でも、紙風船の話を知ってるのは、母を除くと、桜と自分しかいないから。


 気が付けば、夕日で周りが赤くなっていた。

 ボールは元のベンチの下に置いて、荷物を持って帰ることにする。

 石段を下りていく姿を長い影が見下ろしていた。

 

読んでいただきましてありがとうございます。


 サトリちゃんの能力は、相手が思ったことを言葉として音で聞こえる能力という感じ。でも、耳をふさいだり、イヤホンとかヘッドホンとかしても遮れない。現時点では。

 でも、距離があれば聞こえない。桜の木の声も聞こえないし、人間ではない言葉を操らない生物の声、虫も犬も鳥も聞こえない。

 そんな感じで。

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