7話「リエラ・F・フリードの人生哲学」
なんか書いてたら、方向性が変わってきました。
〜〜
「お疲れ様ですー」
「お、斎藤君が一番乗りだね。お疲れ様」
「あれ、皆まだ来てないんですか?」
「今日は委員会があるからねぇ。梨花は保健委員で、沙也加ちゃんは総務委員。千枝ちゃんは、確か学級委員だったかな」
なるほど。今日は委員会だったのか。すっかりと忘れていた。それにしても、仁井が学級委員なのは知っていたが、猿梨先輩と犬前の委員会については初耳だ。あと、保健委員は分かるが、総務委員って何だよ。
「あぁ。そう言えばそうでしたっけ。なら、しばらくは二人きりなんですね」
「ふーん。そうなんだ」
「え?何かありました?」
え、何も失礼なことしたつもりはないぞ?もしかして、え?部活動メンバーの所属する委員会も知らないの?失望したわ。みたいなことなのか?いや、仮にそうだとしたら、申し訳ないの一言に尽きるが。
「別に?」
「そ、そうですか」
「みんな来るまで暇だね。お茶でも入れようか?」
「い、いえ、お構いなく。暇なら将棋でもしませんか?」
「将棋?珍しいね。どうかしたの?」
「恋愛相談の一件の後から、柏谷君に何かと感謝される機会が多くてですね。将棋部で廃棄される筈だったコレを譲ってくれたんですよ」
手に持っていた、袋を解きソレを丁寧に座布団の上に置く。せっかく善意でくれた物なのだ。大切にしなくては、それに背くとになってしまう。
「へぇ。脚付きの将棋盤…状態もいい…日焼けもないね…材質は…榧かぁ…うん…榧ぁ?!」
「ど、どうしたんですか、部長!」
「これ譲って貰ったの?!ホントに?!」
「あっはい。そうですけど」
「これは凄いよ!斎藤くん!確かに家にもコレくらいの将棋盤はあるけど、タダで譲ろうとは思えない!」
家にあるのか…いや、もう何も言うまい。
「僕そういうの疎いんで、よく分からないんですけど、どれくらい何ですか?」
「んー、十数万かな。そこまで詳しくないから、私も絶対とは言い切れないけど、少なくともそれを下回ることはないね」
「えぇ…」
「これを廃棄するって、将棋の予算は相当だよ…余るならウチに分けてほしい…」
「柏谷君…」
「っと、折角の将棋盤なんだから畳の上でやりたいよね」
そう言い残すと、部長はバタバタと部室を出て走っていってしまった。話の流れ的に、畳を取りにいったとは思うんだが、そう簡単に手に入るものなんだろうか?いや、十数万をポンとくれる部活があるんだ。もう、畳とかのレベルになると、曲がり角で配ってたりするんだろう。
「もってきたよ!」
その間わずか数分である。
「早いですね…」
「まぁ、物置にあるの知ってたからね。さ、始めようか!」
てか、よく考えたら材質のこととか知ってるし、家に十数万の将棋盤が置いてあるとか、間違いなく部長は、僕より将棋が強い。しまった。ちょっと指せるからって、仕掛けた上に負けるとか、これはダサすぎる。
「あ、あのですね部長。せっかく誘っておいて申し訳ないないんですけど、盤は貰ったけど、駒がなくてですね」
嘘である。駒だけではなく、セットで駒入れまで貰っている。すまん、柏谷君。
「大丈夫、大丈夫。安い駒なら持ち合わせあるから!」
いや、何であるし。
「あ、そうですか…」
「じゃあ、振り駒…いや、先手後手は斎藤くんが決めていいよ。これでも、私ちょっと自信あるつもりだから!」
でしょうね。
「じ、じゃあ先手貰いますね」
まだ並べている段階にも関わらず、緊張で吐きそうだ。もう、しんどい。
「へぇ、大橋流…ホントに指せる人なんだね」
しまった。余計なことを…。これで、それなら、こっちも本気で行かせてもらうよ!とかなった日には目も当てられない。
「これは余裕ないかもね。それなら、こっちも本気で行かせてもらうよ!」
ほらなったぁぁぁぁ。もうやめてくれ。初手投了させてくれ。
「それじゃあ…」
「「よろしくお願いします」」
〜〜
「っ…」
「ん?苦手だったかな?」
序盤も序盤の後手番の部長の二手目。そこで事件は起こった。
「一手損角換わりですか…」
「好きなんだよね。斎藤くんは?」
読んで字のごとく、一手損角換わりとは、一手損してしまう代わりに、強制的に角換わりに持ち込む戦法だ。角換わりは持ち駒に角が入る為に、打ち込みを警戒せざるを得なくなり、動きがかなり制限されてしまう。しかしそれは裏を返せば、手順が定石化されやすい。という事だ。つまり、この戦法で指してきた経験。どれだけ、この戦法に知識があるかで勝負は決まる。言わば盤を掌握する速さや感覚の将棋とは違う、完全に研究力の将棋。能動的にこれを仕掛けてきたってことは、相当の自信があるに違いない。ガチだ。完全に〇しにきている。
「僕は腰掛け銀が苦手なんで、あんまり指さないですね」
角成りに同銀で合わせて、質問を返す。無論これはブラフである。腰掛け銀を指せないことを悟らせない為の、あえての苦手発言。これで部長の思考は真偽がつかず、腰掛け銀を指すことに懐疑的になる。なる筈である。なってくれ。
「ふーん。じゃあ早繰り銀にしようかな」
残念ながら、早繰り銀も指せなかったりする。てか、三羽烏いけるのか。これは普通に凄い。少なくとも、将棋歴二年の僕の敵う領域にはいないことが分かった。
「いやぁ、早繰り銀ですかぁ」
「芳しくないね。それじゃあ…」
うわっ…飛車が7筋に回った…角換わり振り飛車か。
「…っ」
鬼かこの人は。レグスペは聞いてないぞ。力戦はモロ力量が出る。ボコられる未来しか見えない。
「そういえば部長は、なんで哲学研究会に入ったんですか?」
空気が重すぎて吐きそうなので、軽く質問をしておく。これは、将棋等々のボードゲームのいいところだ。別の話しをしながら出来るゲーム。なんてのは、実際のところかなり少なかったする。
「んー。まぁ、哲学が好きだからかな。つまんない回答でゴメンね」
「いえいえ。至極真っ当な理由じゃないですか。僕はいいと思いますよ」
会話の最中も、右辺でのやり取りが続く。駒損こそないが、状況は完全に受け身だ。こうなると、銀冠に組んだことが恨めしい。徹底的に桂頭を攻め続けられている。
「まぁ、斎藤くんは入り方が特殊だったからね」
「いや、実行した張本人が何言ってるんですか」
「あはは、手厳しいね」
「まぁ、結果としては良かったんですけどねっ!」
「へぇ。嬉しいこと言ってくれるじゃん!」
お互いに持ち駒の角を打つ。部長は穴熊な分、隙が大きく、直ぐに成ることは出来るが、その分、後の働きが悪い。劣勢だ。
「それにしても、持ち込まれる相談って、哲学関係ないのが多いですよね。お菓子の論争だとか、恋愛相談だとか」
「【考えるという行為の全ては哲学である】って格言もあるぐらいだしね。案外あれも哲学なのかもしれないよ?」
「そう言われると、そう思えるからホント不思議です。哲学って個々人で違うんですもんね」
「そうだね。ホント難しい話だよ」
「あ、個人の哲学といえば、部長の人生哲学はどんななんですか?」
「私の人生哲学かぁ、一つ挙げるとしたら【自由の刑の克服】。これかな」
「自由の刑?」
「そう。私達は一切が自由である為に、全ての責任を自身で負担する必要があるって話」
「それを克服するんですか?」
「うん。これが中々難しくてさ。責任をとろうにも、どう責任をとるべきなのか。これを自分自身で決めなきゃならない。これで本当に償えているのか、これで本当に彼女は喜ぶのか。果たしてこれは、自己満足に終わりはしないか。考えれば考えるだけ、分からなくなってくる。全く、悪循環だよね」
「えっと、それは…」
「あはは。お喋りが過ぎたね。全く、斎藤君は聞き上手だなぁ。でも続きは又今度だね」
部長は立ち上がると、一つ背伸びをして、部室から消えていった。話の途中で語られた彼女とは誰なのか。今度だと言った、彼女の目には明確な詰みが見えていたのか。それらを聞き出す為には、僕の棋力は未熟過ぎた。盤面の端を見渡せば、息苦しそうに王が囲まれてのを覚えている。後日、柏谷君に頼んで、将棋の稽古を付けてもらうというのは、また別の話である。
将棋わかんなくても、影響ないんで大丈夫です