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part.3

 

 社務所に行くまでの途中、宮司さんとすれ違った。巫女さんのお父上である。白い装束がサマになっていて、そのうえとてもダンディな雰囲気の人だ。真っ黒な髪はふさふさ、浅黒い顔は覇気で満ちあふれている。それでいて歳は50も半ばを過ぎているそうだから、驚きだ。


 彼とは、コイン収集の趣味が共通していたことで仲良くなった。将を射んと欲すれば……ではないけど、お父様と仲良くなっておけば巫女さんとも、などという浅ましい魂胆が、少しはあったことを認めなければならない。


 宮司さんは僕たちの方にちらっと目をやって会釈をしただけで、何も言わずに通り過ぎた。とても切羽詰ったような感じだったけど、忙しいのだろうか。


 それから僕と巫女さんは社務所に入った。社務所は表ではおみくじなどを売っている(あ、「授与している」と言うんだっけ)が、中は畳の部屋になっていた。


 巫女さんは卓を挟んで向かい合うように座布団を2枚敷いて、そのうちの一方を僕に勧めた。


「お座りください」


「あ、どうも。失礼します」


 僕が正座すると、巫女さんは笑って「かしこまらなくていいですよ」と言った。僕は頭をかきながら膝を崩した。


 巫女さんが美しい所作で腰を下ろす。一連の動きに全く無駄がなく、見惚れてしまった。


何村いずむらさんにご覧に入れたかったものは、これです」


 そう言って、どこから出したのか、五円玉を5枚、縦に並べ始めた。僕は表情を崩さないよう、静かにつばを飲み込んだ。おそらく、数日前に僕が並べたものだ。稲穂などが描かれていない裏面が見えるように、縦に5枚。順番もそっくり再現されていた。


「先日、拝殿のお賽銭箱にこんなものが置かれていました。中にはれず、側面の溝に置かれていたのです」


「五円玉……ずいぶん古いものもあるようですね」


 そりゃそうだ、真ん中のなどは60年前に製造されたものなのだ。我ながら呆れるほど、とぼけた声で言うことができた。いつからこんな芸当ができるようになったのだろう。小さい頃から、僕は真面目な人間として認識されていたはずだ。


 決まり切ったことを、と僕は自分で指摘する。5年前のあの日、美衣子が死んでしまった日から、僕の中で何かが変わったのだ。


 ……縦に並べられた五円玉のうち、上の2つは比較的新しかったが、それ以降の3つはかなり昔のもので、くすんでしまっていた。

 

「これは、明らかに『暗号』です。解かないわけにはまいりません」


 そんなこともないと思うけど……マニアとしてのプライドが許さないのだろう。


「暗号、そして硬貨と聞いてまず思い浮かべるのは、やはり江戸川乱歩の『二銭銅貨』でしょうか。また、その本文中でも触れられているポーの『黄金虫』、コナン・ドイルの『踊る人形の謎』なども『暗号もの』ミステリとしては外せないでしょう……」


 巫女さんはこの間も話してくれた小説の名前を挙げながら説明を始めた。


「ですが、今回は非常に明快な『暗号』でした。ご覧の通り、五円玉は全て裏向け・・・で置かれていました。つまり、裏面に伝えたいことが含まれているということでしょう。


 それはおそらく、年号・・です」


 巫女さんはそう言って、縦に並んだ5枚のうち、一番上の五円玉を指さした。あの日コンビニでバイトの堀水さんからお釣りとして渡された、()()2()5()()()()()()だ。


「年号は、上から順に平成25年、平成12年、昭和33年、昭和44年、昭和63年となっていました。注目すべきは数字です。


 分かりますか? 何村さん」


 急に尋ねられたけど、僕はとぼけることにした。「い、いえ……なんのことやら」。とんだ茶番である。


「――暗号の一種に、数字を文字に置き換える方法があります。その方法では、2つの数字を1つのひらがなに置き換えることが出来ました。つまり10の位を『あかさたな……』などのぎょう、1の位を母音としてみると……25は「か」行の5番目、つまり「こ」。次の12は「い」となります」


 僕は神妙な顔で巫女さんの話を聞いていた。覚悟はしていたことだけど、めちゃくちゃ恥ずかしい。


「そうすると、5つのひらがなが得られます。『こいすてふ』――この言葉で始まる短歌・・があるのですが、ご存じでしょうか?」


「勘弁してください、巫女さん」


 僕は両手を挙げて降参の意を示した。その歌を直接言わせるのは、僕が全面的に悪いとはいえ、あまりにも酷じゃないだろうか。


 恋すてふちょう わが名はまだき 立ちにけり

 人知れずこそ 思ひそめしか


 平安時代の歌人、壬生みぶの忠見ただみが詠んだとされる歌だ。百人一首として選ばれてもいる。私が恋をしているという噂が、早くも立ってしまった。人知れず、思い始めたところだったのに……。そんな、密かに始まった恋を知られた時の気持ちを歌っているのだ。


『百人一首にはね、「忍ぶれど」で始まる似たような意味の歌もあるの』


 美衣子が解説してくれたことを思い出す。彼女は百人一首かるた部に所属していた。お淑やか、という表現がよく似合う女の子だった。


『実はこの2つの歌は、天皇主催の歌会で競われたものなの。どちらも素晴らしくて優劣を付けられず困っていた時に、天皇が「忍ぶれど」のほうを口ずさんだからそっちが勝ったということになっているわ』


 でも私はこっちのほうが好き、と彼女は微笑んだ。だって「恋すてふ」の方は派手さはないけど控えめな感じがして、忍ぶ恋をよく表せているんじゃないかな――。


何村いずむらさん」


 巫女さんが話し始めたことで、僕はもの思いから引き戻された。

 

「この間は、暗号についてお話ししました。それを受けて、この暗号を考えてくださったのですね?


 現実でこんな体験ができて、私、とっても楽しかったです」


 巫女さんは心底嬉しそうだった。僕は決まり悪さから視線を下げた。畳に白い繊維のようなものが落ちているのに気付く。おっと、いけない。指先でそれをつまみ上げた。


 しかし、まさか「折り合いを付けた」はずの五円玉を、また見る羽目になるとは……。ちなみに他の五円玉も、僕のコレクションからとってきたものだった。といっても、レア度はあまり高くないものばかりだ。またすぐに揃うだろう。


 巫女さんの言った通り、僕は前回の「講義」の内容を聞いて、このメッセージを思いついたのだ。そしてこの方法なら、平成25年の五円玉に上手く「折り合いをつけ」られると思った。


 ……いや、違うな。実は、巫女さんに会ってからは、「25」に対する過剰反応はピタリと止んでいた。初めてのことだった。それは多分、巫女さんが、僕が5年間追い続けてきた理想の女性像に最も近かったからだろう。


 大学にもこのくらいの年齢の女性は多くいるが、美衣子には遠く及ばない。その点、巫女さんは違った。こんな良い女性に巡り会えたのは、美衣子が居なくなって以来のことだ。


 ……美衣子は、本当に、居なくなったのだろうか? 実は少し旅に出かけただけで、また戻ってきてくれたのではないだろうか……。


 それはとても危険で、だけど僕にとっては、この上なく魅力的な考えだった。


「ところで、何村(いずむら)さん」


 巫女さんの呼びかけの後も、僕はしばらく現実を認識できずにいた。美衣子……そう呼びかけそうになったが、すんでのところで僕はハッと息を飲んだ。


 彼女はとても真剣な、そしてどこか悲しげな顔をして、僕に尋ねてきた。


「昨晩は、何を召し上がりましたか?」


「え?」


 脈絡を無視した問いに、僕は困惑した。


「何って、ただのコンビニ弁当ですが……」


「具材は何でした?」


 続けて聞いた巫女さんに、それは――と言おうとして、僕は固まった。あれ、何だっけ……。


「覚えていないのですね。では、その時レジにいた女性はどんな人でした?」


 続けて聞かれ、僕はますます混乱する。女性――堀水(ほりみず)さんのことか。彼女は、確か眼鏡をかけていて、顔は……いや、思い出せない。やけに印象がぼやけているのだ……。


 巫女さんの言葉が遠くから聞こえてくる。


「その人と、会話を交わしましたか?」


「いえ……彼女はいつも俯いていて……あまり話したこともありません」


 僕の言葉は、なぜか言い訳のような口調になってしまった。


「今日、誰かと会話をされましたか?」


 巫女さんが間を置かずに聞いて来た。


「それは……今こうして巫女さんと」


「そうですね」


 彼女はうなずいた。


 僕は考える。そういえば最近、みんなよそよそしい……。こうさんもすれ違った時、僕に気付かなかった。講義室からだって、誰にも咎められずに出られた。


 さっき宮司さんは、僕たちを見て一礼したと思っていたが、あれは巫女さんだけに対してだったのではないか……。


「ところでこの神社の名前は平坂(ひらさか)神社と言いますが、それには由来があるのです。


 何村さんは、黄泉比良坂よもつひらさかをご存じですか」


 巫女さんの、歌うような調子の言葉が、僕の脳内で響いた。不思議な感覚だと思った。


「あの世とこの世をつなぐ坂ですよ。当社も、そういう場所なのかもしれません。


 ――今だって、亡者が迷い込んでいるのかも」


 僕の心臓がどきんと跳ねた。いや、まさか。そんな。


「あなたが贈ってくださった歌。あの作者の壬生忠見は、歌会で敗れたことから食事がのどを通らず、そのまま亡くなってしまったという言い伝えもあるようですね。


 何村さん、あなた、本当はもう……」


 まさか、そんな馬鹿な。しかし僕は、内心の動揺に反して、全く汗をかいていないことに気が付いた。


 僕は――死んでいたのか。






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