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prologue
本作品は2018年6月17日に投稿されたものです。
恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり
人知れずこそ 思ひそめしか
(壬生忠見 『拾遺和歌集』 恋 621)
私が恋をしているという噂が早くも立ってしまいました。人に知られないよう、想い始めていたのに。
だいたいそんな意味になる。
「恋すてふ――」
平成30年6月。昼下がりの神社で、僕はその短歌を口ずさんでいた。平成ももうすぐ終わる。来年の初夏は、聞き慣れない元号に修飾されているのだろう。
ふいに、大胆な自分の行動が、我ながら可笑しくなった。こんな行為を簡単にやってのけてしまうなんて、昔の僕を知る人がこの光景を見たら、どんな反応を示すだろう。
『まあ! あの真面目な誠ちゃんが』
と、近所に住んでいたおばさんなどは、目をまん丸にして言いそうだ。無理もない。真面目だけが取り柄のような僕が、講義をサボって神社でいたずらをするなどと、誰が想像できただろうか。
僕は、薄暗い拝殿の陰に潜むようにして。
五円玉を5枚、賽銭箱に並べていたのだ。




