第8話・カドラオーク討伐戦
「おはようございます、リュート。昨晩はよく眠れましたか?」
「それなりにね。メイリアは?」
「わたしはばっちり熟睡できました。いつになく体調は万全ですよ」
「そいつは幸先がいいな」
準備をすませて出発する。
むかう先は王都の南方にひろがるザユート森林。
そこが『カドラオーク』の住処である。
木々のあいだの獣道を進む。
見てのとおり、障害物が多く視界の悪いエリアだ。
ひらけた荒野と違って、戦闘時は地形にも注意する必要があるだろう。
「リュート、会敵後の方針をあらためて確認しておきましょう」
「討伐対象と遭遇したら、僕は後退して『フレア・ブースト』をかける。それ以外はいっさい手出ししない、でいいんだよな」
「ええ、基本的には。ですが戦闘は相手のあること、つねにこちらの思惑どおりの展開になるとは限りません。リュートが敵の攻撃対象となることも充分に考えられます」
「その場合も、応戦はせず回避に徹する」
「極力そうしていただけると助かりますが、無理は禁物です。リュートの判断で危険と感じたら、魔法で応戦してください」
「だけどそれじゃ、単独撃破の判定が……」
「その場合は撤退してべつの個体を探しましょう。リュートに万が一のことがあっては元も子もありませんから」
「べつの個体って、そんな簡単に見つかるものなのか?」
「運がよければ」
メイリアは簡潔に答えた。
つまり、簡単には見つからないってことだ。
「いや、それじゃ時間的に厳しくなる。やっぱり僕の身が多少危険になっても――」
「だめです。リュート、この点だけは約束してください」
メイリアは頑なだった。
「……わかったよ。ただ――逆の場合はどうすればいいんだ?」
「逆、といいますと?」
「考えたくはないけど……メイリアが追いつめられて、危機的な状況に陥ったときだよ」
「それは……」
メイリアは即答できなかった。
少し考えてから、慎重に言葉をつづける。
「そのときどうするかは、リュートの判断におまかせします」
「それ、相当に重い判断なんだけど」
「どのような結果になっても、わたしはリュートを恨んだりはしません。リュートがいなければ、希望をいだくことさえできなかったのですから」
「ああもうっ! そういう気持ちが沈むような話はなしだ。僕たちは戦いに勝って、二人で一緒に王都に帰る。そうだろう、メイリア?」
「――そうですね、いまから弱気になっていては先が思いやられますね」
メイリアが笑顔を取り戻して言った。
森の奥へと分け入っていく。
途中、ターゲットではない小型のモンスターと何度か遭遇したが、少しでも消耗を避けるため走ってやり過ごす。
そうして、ザユート森林に踏み入ってから二時間あまりが経ったころ、
「――!」
メイリアが急に足をとめ、僕にも停止するよう手振りで指示した。
木陰に身を隠し、前方をそっとうかがう。
「いました。間違いありません。あれが討伐対象の『カドラオーク』です」
四本腕の異形の獣人。
全高は3メートル以上あるだろう。全身が厚い体毛におおわれ、露出した皮膚は緑色だ。
頭部には醜悪で凶暴な顔。ちょうど豚と猿を混ぜあわせたような造形だった。
『フレア・ハイスト』で詳細なステータスを確認する。
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固有名:カドラオーク
種別:獣系
討伐推奨魔力:450
弱点:火
耐性:-
出現地域:ザユート森林
〈攻撃方法〉
『殴打』
『スレッジハンマー』
『四連ラッシュ』
『ツリー・ランペイジ』
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「見てのとおりのパワータイプか。一発は重そうだけど、遠距離攻撃はないみたいだな」
「助かります、リュート。では、始めましょうか」
「ああ。――『フレア・ブースト』!」
ヒュンッ――! 僕の右手の薬指から黒糸が飛びでた。
メイリアの首の後ろに接続。魔力伝達が開始される。
念のため『フレア・ハイスト』で彼女のステータスを確認。
「よし、大丈夫だ。ちゃんと魔力がプラス180になってる」
「ありがとうございます、リュート。では、いってきますね」
メイリアはふり返って、微笑まじりにこう言った。
「必ず勝って――二人で一緒に、王都に帰りましょう」
「ああ、必ずな」
僕は深くうなずいて答えた。
「いざ、参りますッ!」
木陰から躍りでて駆けだすメイリア。
僕は五〇メートルの有効射程を意識しつつ、とりあえずはその場で待機だ。
「――『ファイアボール』!」
ボゥッ! 敵の弱点である火属性魔法で奇襲をかける。
火球はカドラオークの背中に炸裂。
そこで敵は戦闘態勢に入り、バッとふりむいた。
咆哮をあげ、四本腕をひろげて歩きだすカドラオーク。
『フレア・ハイスト』で見える生命反応は白のまま。
『ファイアボール』一発ていどでは、さほどのダメージにならないようだ。
「――『ライトニングボルト』!」
つづけてメイリアが雷撃を放つ。
これもたやすくヒット。見た目どおり、カドラオークは素早い動きは得意でないようだ。
雷撃を浴びたカドラオークは「ウガッ!?」とうなり、その場で硬直する。
と、『フレア・ハイスト』の視覚上で、カドラオークの上に雷を表すマークが出現した。
これは麻痺状態に陥ったことを示しているのだろう。
「やぁッ!」
敵が麻痺している隙に、メイリアは短剣を抜いて斬りつける。
ザンッ! シュパッ! 右足を集中的に狙う戦法だ。
『フレア・ハイスト』の視覚に変化が生じる。斬りつけられた右足の部位のみ、生命反応が黄色に変わったのだ。
部位にダメージを蓄積させれば、ダウンが狙えるということか。
少なくともメイリアはそれを理解して戦術をたてているらしい。
きっかり五秒でカドラオークの麻痺は解除される。
途端に敵は右上腕を振りあげ、メイリアに狙いをさだめた。
「っ!」
振りおろされる拳をメイリアは跳躍して回避。
そのまま後退して距離をとろうとするが、
ウガァッ! カドラオークは左右の手を組みあわせて跳躍。
その両拳を叩きつける攻撃。スレッジハンマーだ。
「っう!」
メイリアは横に転がり、どうにかこれをやりすごす。
危ないところだった。まともに喰らったら手痛いダメージを負ったはずだ。
「――『アイスロック』!」
メイリアが反撃の氷属性魔法を放つ。
カキンッ! カドラオークの頭部に氷塊が落下する。
弱点属性ではないものの、確実にダメージをあたえているようだ。
カドラオークのの生命反応は白から黄色表示に変わっていた。
「先は長そうだな……」
いっさい手出しできないのがもどかしい。
僕が『フレア・ゴースト』で直接援護できれば、はるかに楽な戦いになったろうに。
「だけど、いまのところはメイリアのペースだ」
カドラオークの攻撃は単調で、メイリアは余裕をもってかわせている。
さらに的確なタイミングで反撃を仕掛け、着実にダメージを重ねていく。
いい流れだ。懸念事項のひとつだった、僕が狙われるというアクシデントもいまのところ起こりそうもない。
「――『ファイアボール』!」
ボゥッ! 弱点属性の火球がまたもや炸裂。
カドラオークの生命反応はついに赤表示に達した。
「あとひと押しだ! 一気に勝負を決めるんだ、メイリアッ!」
声援を送る。メイリアはふりむかずにコクリとうなずいた。
と――
ウガァアアアアアアアッ!
突如カドラオークがすさまじい雄叫びをあげた。
ズドドドドッ! そして、これまで見られなかった四本腕による連撃を繰りだしてくる。
これは――瀕死にともなう凶暴化か。
簡単には勝たせてくれない。いや、むしろ本当の戦いはここからだ。
「くっ――!」
敵の四連ラッシュをメイリアはかわしきれない。
「――『サンドウォール』!」
ザァッ! 土属性の防御魔法を発動。
メイリアの足元から砂の壁が噴出する。
が、『サンドウォール』ではカドラオークの攻撃を防ぎきれない。
ボヒュッ! 砂の壁を突き抜けた拳が、メイリアの体をしたたかに打ち据えた。
「きゃっ――!?」
ひとたまりもなく吹き飛ばされるメイリア。
いまの一撃で生命反応は黄色に。防御魔法がなかったら、一気に半減の橙色になっていたかもしれない。
カドラオークはすぐにはメイリアに追撃をかけない。
かわりに、近くの樹木へと足をむけた。
バギギ……ベギッ! 左右二本ずつの腕で、力まかせに木をへし折った。
その木を使った攻撃。これがツリー・ランペイジか。
ブォオオンッ! 右のツリーによる薙ぎ払い。
これまでとはケタ違いの攻撃範囲だ。
「メイリアッ!」
僕は反射的に援護したくなったが、ぐっとこらえる。
もう少しなんだ。ここで手を出してしまったら、メイリアのこれまでの努力が無に帰す。
彼女を信じて……見守るしかない。
果たしてメイリアは、
「――『ラピッドモーション』!」
フィン……! かろやかな風をまとい、メイリアの移動速度が向上する。
ツリー・ランペイジの薙ぎ払いをジャンプして回避。高さも距離も通常時より上昇している。
ブォンッ! カドラオークが左腕部の木を振りおろす。
「はっ!」
しかし、この攻撃もメイリアはぎりぎりでかわしきる。
間髪いれず、彼女は反撃に転じた。
タタタッ! いましがた振りおろされた木の幹を伝ってカドラオークに接近する。
タンッ! カドラオークの腕を蹴って跳躍。空中で体をひねって宙返り、敵の頭上を飛び越えて背面をとる。
「やぁああッ!」
短剣を両手で持ち、落下の勢いを利用してカドラオークの背中に突き立てる。
ズシャシャァ! 敵の皮膚を五〇センチも斬り裂く。
なおもメイリアは攻撃の手をゆるめない。
突き刺した短剣にぶら下がったまま、傷口めがけて至近距離から『ファイアボール』を放った。
ドグォッ! カドラオークが悲鳴をあげてよろけ、膝をつく。
おそらく、あと一発で生命力はゼロになるだろうが――
カドラオークは背中に両腕をまわし、左右の手でメイリアをはさみこんだ。
「ぐぅうっ……!?」
圧迫されるメイリアの体。ミシミシという音がここまで聞こえてきそうだ。
「くそっ、ここまでかっ……!?」
メイリアの生命反応が橙から赤へと変わる。
いよいよ限界か。僕が決断をしなければならない段階か。
僕は木陰から身を出し、『フレア・ゴースト』を起動する。
と、その瞬間――メイリアと目があった。
予想に反して、彼女の目はまだ死んでいなかった。
そして、瞳が僕にこう訴えかけているように思えた。
――大丈夫です、と。
僕の直感は、まったくもって正しかった。
「っぅう……ラ、ライトニング――」
圧迫されながらも、メイリアは声をひびかせた。
「ボルトッ」
バヂヂッ! 右手から短剣の刃を伝い、カドラオークの体内に電撃が叩きこまれる。
それが、とどめの一撃となった。
カドラオークはうつ伏せにバタンと倒れ、ぴくりとも動かなくなる。
生命反応は消失。さらに体毛の部分からじょじょに塵へと還っていく。
討伐完了。戦いはメイリアの勝利で終わったのだ。
「メイリアっ!」
はじかれるように僕は駆けだした。
メイリアは消耗が激しいようで、カドラオークの背中にへたりこんだままだ。
「はぁ、はぁっ……。や、やりましたよ。リュートの『フレア・ブースト』のおかげで勝てました」
「なに言ってるんだ。僕はサポートをしただけ。この勝利は誰がなんと言おうとメイリアのものだよ」
すぐには立てないようなので、肩を貸す。
カドラオークの死骸の上にいつまでも留まっているのも難だ。
ひとまず移動して、適当な場所でメイリアを休ませるとしよう。
「とにかくよかった、僕もホッとしたよ。これでメイリアが『零落』することはなくなったんだよな」
「ええ。先ほどステータスを確認しましたが、ちゃんと単独討伐判定になっていました。わたしはD級魔道士に昇格できる……なんだか夢でも見ているような心地です」
「夢じゃないよ。だって――」
そのときだった。
ドグォンッ! 背後で巨大な物体が落下する音。
驚いてふり返る僕とメイリア。
そこにあったのは、長大な脚部。
その足が、カドラオークの死骸を踏みつぶしていた。
「なっ……!?」
見あげた先にいたのは――真っ白な巨人。
「そ、そんなっ! どうしてここにデモンがっ……!?」
血の気の失せた顔で、ふるえる声をひびかせるメイリア。
そう、目の前で起きていることは、夢なんかじゃない。
悪夢の始まりだった。