第7話・魔道士ギルド
「お見事です、リュート」
メイリアが拍手をまじえて賞賛する。
初のモンスター討伐。
とはいえ、たいした感動もない。
最初にメイリアが言ったとおり、倒せて当然の相手だった。
「さてと、これで魔法の検証は終わりかな」
「いえ。もうひとつ、確認しておかなければならない重要なことがあります。――リュート、わたしに『フレア・ブースト』を」
ふたたび彼女に魔力伝達の糸をつなぐ。
「それで、確認したいことってのは?」
「この状態でモンスターを倒した際、それがわたし単独の討伐と判定されるかどうか、です」
「ああ、そうか。たしかにそれは最重要だな」
というわけで、新たな獲物を探す。
「そういえば、モンスターってどうやって生まれてくるんだ? 死体が残らないことからして、ふつうの生物じゃなさそうだけど」
「詳しいことはわかりません。ひとつだけ確実なのは、女神が去ったのち、この世界には魔の物が自然発生するようになったということだけです」
「なにもないところから突然現れるのか。たしかにそいつらは、化け物としか言いようがないな」
「ですから、魔の物との戦いに終わりはありません。倒しても倒しても、世界によって無限に永遠に補充されるのですから」
とはいえそんな世界のシステムも、いまの僕たちにとっては好都合だ。
たいして歩くこともなく、新たな『スキニータスク』と遭遇できたのだから。
「――『ライトニングボルト』!」
バヂィッ! メイリアの右手から雷撃が一閃。
『スキニータスク』は胴体を貫かれ、一瞬にして塵に還った。
「どうでしょうか、うまくいっているとよいのですが――」
メイリアがステータスを表示させる。
『記録水晶』が判定した情報は、ステータス上の「討伐履歴」に保存されるようだ。
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〈討伐履歴(日)〉
『スキニータスク』×1(単)
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「や、やった! やりましたよリュート! しっかりと単独討伐判定になっています!」
メイリアはくるりと振り返るや、小躍りしながら両手で僕の手をつかんだ。
「ちょ、ちょっとメイリア、手――」
「あっ……! す、すみませんっ。わたしとしたことが、なんてはしたない……!」
パッと手を離し、恥ずかしそうに縮こまるメイリア。
「い、いや、僕も驚いただけだからさ」
こっちもなんだか照れてしまう。
まあ、メイリアの意外な一面が見れたのは思わぬ収穫だったな。
◆◆◆
魔法の検証が終了したあとは、僕の実戦訓練の時間となった。
エステラン荒野を歩きまわって、遭遇したモンスターと片っ端から戦闘していく。
このエリアには『スキニータスク』のほかにも出現するモンスターがいた。
たとえば、巨大なサソリ型のモンスター。
出会い頭、『フレア・ハイスト』でステータスを確認する。
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固有名:カロラニードル
種別:昆虫系
討伐推奨魔力:40
弱点:水
耐性:土
出現地域:エステラン荒野
〈攻撃方法〉
『鋏』
『毒針』
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『スキニータスク』よりはやや強いが、それでも雑魚には変わりない。
「――『アイスロック』!」
弱点の水属性魔法を発動。
カキンッ! 『カロラニードル』の頭上から氷塊を落とす。
敵は一撃で動かなくなり、『スキニータスク』同様、塵に還った。
「次は――」
巨大なカメレオンを思わせるモンスター。
『フレア・ハイスト』でステータスを確認。
いまさらだけど便利な魔法だよな、これ。
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固有名:レオナード
種別:爬虫系
討伐推奨魔力:60
弱点:-
耐性:-
出現地域:エステラン荒野
〈攻撃方法〉
『舌伸ばし』
『舌薙ぎ払い』
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ビュッ! さっそく舌を伸ばして攻撃してくる。
僕は横に跳んでこれを回避。
どういう構造なのかは不明だが、射程は10メートルもあった。
あらかじめステータスを確認していなかったら、対応できずに喰らっていたかもしれない
「――『ファイアボール』!」
ボゥッ! 火球を叩きこむが、一発では倒せない。
『フレア・ハイスト』で見える生命反応は、半減の橙色表示だ。
ズオォッ! 『レオナード』は怯むことなく、伸ばした舌を薙ぎ払ってくる。
「ぐっ……!」
判断が遅れ、まともに喰らってしまう。
独特の電気的な痛覚がはしる。
「っう……! いまのは跳んで回避するべきだったな」
戦訓を胸に刻みつつ、反撃にでる。
二発目の『ファイアボール』で『レオナード』は沈んだ。
その後もモンスターを狩りつづける。
と、合計10体目を撃破したところで、
シュンッ……! 体の奥底から力が湧きあがり、微弱な波動が外界にも放出される。
デジャヴ。前にも体験したことのある感覚。
そう、魔力解放したときのそれを、十分の一くらいにスケールダウンさせた感覚だ。
「レベルアップしたようですね、リュート。ステータスを確認してみてください」
と、メイリアが言う。
自身のステータスを表示させてみると、
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種族:ヒト
性別:男
魔道士ランク:-
潜在魔力:EX
表層魔力:150→180
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「おおっ、表層魔力が30増えてる!」
「魔道士は戦いを積み重ねることで潜在魔力が解放され、成長していきます。といっても、ある一定の段階からは、より強いモンスターと戦わなければレベルアップはできません」
「同じモンスターばかり倒してても頭打ちするってことか」
と、ここで僕はふと思いついた。
「表層魔力が上がったってことは、『フレア・ブースト』の効果量も上がってるんじゃないか?」
さっそく試してみる。
思ったとおり、メイリアに供給される魔力量も150から180にアップしていた。
「これは……想像以上にとてつもない魔法ですね」
真顔でつぶやくメイリア。
僕はピンとこず、聞き返す。
「っていうと?」
「リュートの潜在魔力は史上最強クラス。いずれ成長すれば、表層魔力は万を超える値になることは間違いありません。その魔力がそっくりそのまま仲間に供給されるだなんて……リュートの魔道士としての価値は計り知れません」
「僕は最強のパーティーをつくれるかも、ってことか」
「ええ。ですがこの魔法については、みだりに吹聴してまわるべきではないでしょう。場合によっては、リュートをめぐって争いが起きかねません」
「そんな、さすがにそれはないと思うけど……」
リアクションに困る僕だった。
それはさておき、
「ところで、レベルアップで魔力が増えるのはわかったけど、新しい魔法を覚えたりはしないのか?」
「もちろんありますよ。戦闘によって新たな魔法が使用可能となるケースは二種類あります。ひとつは『解放』。これは魔導書のレベルアップ時に習得するもの。そして、もうひとつは『覚醒』。これは戦闘中に突然ひらめくものです」
「『解放』と『覚醒』……。それって当然、覚えられる魔法は違うんだよな?」
「ええ。『覚醒』で習得できる魔法は、絶大な威力・効果を持っていることがほとんどです」
「僕の使える魔法もこれから増えていくわけか」
「……リュートには『フレア・ゴースト』があるのだから、増えなくてもあまり困らないと思いますけど?」
と、メイリアがめずらしく口をとがらせて言う。
たしかに僕の『フレア・ゴースト』は、傍から見たら反則そのものだろうからなぁ。
「ちなみにですけど、レベルアップ時には保有済みの魔法のレベルが上がることもあります。これは『熟練』ですね」
「よくわかったよ。ところで、まだモンスターを狩りつづけたほうがいいかな?」
「いえ、レベルも上がったことですし、今日はこのあたりで切り上げましょう」
「たしかに、明日の本番にむけて早めに休息したほうがいいかもな」
「それもありますけど、王都に戻ったらギルドに寄っておこうと思いまして」
「なにか用でもあるのか?」
「はい。リュートの登録です」
◆◆◆
魔道士ギルド。
アルテア王家直轄の組織で、王都の魔道士の大半がここに所属している。
「で、ギルドに登録するとどんなメリットがあるんだ?」
道中、僕はメイリアにたずねた。
「第一に、モンスターを討伐することで報奨金を受けとれるようになります。したがって魔道士として生計を立てていくには、ギルドに登録することがほぼ必須なのです」
「ふぅん……って、あれ? それなら先に登録を済ませておけば、今日倒したモンスターのぶんの報奨金をもらえたんじゃ……?」
「じ、実はそのとおりです。わたしとしたことが舞いあがってしまって、ギルド登録のことをすっかり失念していました。……すみませんっ」
頭を下げてくるメイリア。
「そんな、謝るほどのことじゃないって」
メイリアからうけた恩を考えれば、責めるのはお門違いだ。
……いや、でも、やっぱりちょっともったいなかったかなぁ。
「と、ところで、ほかにメリットは?」
「ほかには、モンスターに関する情報の提供や、パーティーを組む際のメンバーの斡旋。さらには、ダンジョン攻略で入手した魔道書やアイテムの買取などもおこなっています」
「じゃあ、逆にデメリットなんかは?」
「特にないですね。ギルド側が討伐を強制してくることもありませんし、各種の手数料も適性だと思います」
とりあえず、登録しておいて損はなさそう――どころか、登録しないと損するばかりだ。
そんなわけで、僕とメイリアは魔道士ギルドの本部へとむかった。
ちなみに本部以外にも、東西南北に四つの支部が存在する。
が、東はウンディーネ族、西はサラマンデル族、南はエルフ族、北はドワーフ族、中央は人間族と、最初に登録する場所が慣習的に決まっているのだという。
王宮の東に魔道士ギルドの本部は建っている。
昨日訪れた魔道大図書館とは、王宮をはさんで対となる立地だ。
立派な建物の中に入る。
受け付けの窓口は十以上あり、それほど待つことなく僕の順番はまわってきた。
「本日は、どのようなご用件でしょうか?」
と、窓口のお姉さんがたずねてくる。
「えっと、ギルドに登録したいんだけど」
「かしこまりました。それではお名前とご年齢、それからステータスを見せてもらってもよろしいですか?」
年齢は……まあ、メイリアと同年代の十六としておくか。
僕はステータスを出し、彼女へと見せた。
「リュートさん、十六歳、潜在魔力ランクは……えっ? い、EX……ですか?」
あ、ちょっとマズいな。
ここで騒がれるのは僕の望むところじゃない。
「ごめん、その……この件は秘密にしておいてくれる?」
窓口にずいっと顔をよせ、小声でささやく。
「は、はいっ! おまかせください、顧客の秘密を守るのも私たちギルド員の務めですからっ!」
力強く言ってくれる。
この人は信用してもよさそうだ。直感的にそう判断する。
「よしっと。登録は完了しました。ステータスをご確認ください」
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種族:ヒト
性別:男
魔道士ランク:F
潜在魔力:EX
表層魔力:180
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魔道士ランクがFに書き換えられている。
この瞬間、僕は正式に魔道士になったってわけだ。
「それと、モンスター討伐の際は必ずこれをご携帯ください」
渡されたのは、正十二面体のアイテム『記録水晶』だ。
「当ギルドでは、魔道士のみなさまを全力でサポートいたします。どうぞ末永いおつきあいをよろしくお願いします」
「こちらこそ」
僕もかるく会釈を返した。
さて、これで僕の用件はすんだ。
あとは――
「Dランク昇給試験の実施を申請します」
ちょうど隣の窓口では、メイリアが昇級試験の手続きをしているところだった。
「かしこまりました。討伐対象モンスターはこちらになります。ご確認ください」
モンスターの情報がウィンドウで表示される。
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固有名:カドラオーク
種別:獣系
討伐推奨魔力:450
弱点:火・水
耐性:-
出現地域:ザユート森林
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これが、メイリアが倒さなければならない敵だった。
◆◆◆
「『カドラオーク』……討伐推奨魔力450か」
ギルド本部を出たところで僕はつぶやいた。
「メイリアの魔力はブースト込みで360。これってどんな感じなんだ?」
「率直にいって、厳しい戦いになることは間違いありません。討伐推奨魔力とは『最低限この値がなければ戦うのは危険』ということですから」
「勝てるとしてもギリギリってところか」
「ええ。ですが、リュートのおかげで絶望的な差ではなくなりました。リュート、本当にありが――」
僕は人差し指を立ててメイリアの言葉を封じた。
「それを言うのはまだ早いよ。明日、『カドラオーク』を討伐したあとに聞かせてほしいな」
「そ、そうですね。わたしはまだなにも成していないのですから」
でも、とメイリアはつづける。
その言葉は力強く、弱気の色は微塵もない。
「わたしは必ず勝ってみせます。勝って、自分の未来を切り開きます」
「ああ。僕も全力でサポートするよ」
王都の夜が更けていく。
明日はいよいよ決戦の日だ。