第6話・無属性魔法
「明日は丸一日を、魔法の検証とリュートの訓練にあてます。それから明後日、討伐にむかいましょう」
今後の方針を決め、僕たちは床に就いた。
ちなみに教会には複数の部屋があり、僕には使用していない寝室があたえられた。
ベッドも毛布も年季が入っていたが、清潔さはたもたれていて快適だった。
明けて翌日。
早朝から、僕とメイリアは王都の外に出た。
王都西部の荒野地帯。見晴らしの良い場所に移動し、周囲にモンスターがいないことを確認したのち、魔法の検証を開始する。
「それではリュート、さっそく『フレア・ブースト』を使ってみてください」
「わかった。えーっと……」
「難しいことはありません。意志をこめて魔法名を唱えれば発動するはずですよ」
「よし。そ、それじゃ――」
メイリアへと右手をむけて、僕は唱えた。
「『フレア・ブースト』!」
ヒュン――! 僕の薬指から黒い糸のようなモノが飛びだした。
黒い糸は自律的に伸長し、メイリアの首の後ろへと接続される。
直後、糸は輝きだし、魔力が伝達していく感覚があった。
「ッッ――!?」
メイリアがビクッと体を震わせる。
「こ、これは、力がみなぎっていくようです――!」
驚きの表情で自分の両手に目をむける。
さらに彼女は自身のステータスを確認した。
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種族:人間族
性別:女
魔道士ランク:E
潜在魔力:☆
表層魔力:330/330(+150)
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「ひょ、表層魔力330……! し、信じられません、こんな魔法が実在するだなんて……!」
「プラス150ってのが『フレア・ブースト』の効果ってわけか。……ん? ちょっと待てよ?」
ふと気づいて、僕も自分のステータスを確認する。
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種族:ヒト
性別:男
魔道士ランク:-
潜在魔力:EX
表層魔力:140/150
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「やっぱりそうだ。僕の表層魔力は10しか減ってないのに、メイリアに供給されたのは150。ぜんぜん計算が合ってないぞ」
「たしかに妙ですね。表層魔力が10減っているのは、『フレア・ブースト』の発動に必要な魔力量ということで説明できますが」
「じゃあ150って数字はどこから?」
「値じたいは、リュートの表層魔力が反映しているのでしょう。供給された魔力の出どころは――考えられるのはリュートの潜在魔力しかありません。潜在魔力にアクセスできる魔法など前代未聞なのですけど……」
「理屈はどうあれ、使えるならそれに越したことはないよ。メイリア、実際に魔法を撃ってみたらどうだ?」
「そうですね。では――『ファイアボール』!」
手頃な岩にむけて、メイリアが火属性魔法を放った。
ボゥッ! 手のひらから生みだされた火球は、以前に見たものとくらべて二倍近いサイズだ。
飛翔時の速度、着弾時の爆発力も同じく強化されているようだ。
「すごい……! 普段の倍近いの威力ですよっ……!」
メイリアがクルッとかろやかに振り返る。
これほど希望に満ちた彼女の顔を目にするのは、もちろんはじめてだった。
「これなら本当にいけるかもしれませんっ……!」
その後、僕たちはさまざまな角度から検証をした。
それによって判明した『フレア・ブースト』のスペックは以下の通り。
まずは有効射程。
『フレア・ブースト』の魔力供給量は、距離によって増減することはない。
ただし、僕から五〇メートル以上離れると、糸は強制的に切断されてしまう。
この五〇メートルという距離が有効射程と考えられる。
次に、効果時間。
ためしに三〇分ばかし黒糸をつなぎつづけたが、効果の途切れる徴候はなし。
僕の表層魔力が減少しつづけることも、疲労が溜まっていくようなこともなかった。
効果時間に関しては、特に制限はないと考えられる。
思った以上に、『フレア・ブースト』の効果は絶大なようだ。
「次は『フレア・ゴースト』の検証をしてみましょう」
「よし、それじゃ――『フレア・ゴースト』!」
またべつの魔法を唱える。
次の瞬間、僕の右の手のひらに漆黒の球体が出現した。
目には見えるが、球体には実体がないように感じる。
なんなのだろう、これは?
「妙ですね。なにも起きていないようですが」
メイリアには、この黒い球体は見えていないらしい。
「いや、なんか黒い球体が出てきて、それっきりなんだけど――」
このあとどうすればいいのだろうか?
と、僕が途方に暮れかけたところで、
(――唱えよ)
頭の中に声がひびいた。
黒の魔道書の導き。聞こえたのはそのひと言だけだったが、僕は直感的にどうすればいいか理解していた。
黒球の出現は、『フレア・ゴースト』が起動したサイン。
あとはただ、再現した魔法名を唱えればいい。
そう、こんなふうにだ。
「――『ファイアボール』!」
シュルン――ボゥッ!
瞬間、黒球は燃えさかる火球へと姿を変え、僕の手のひらから射出された。
まごうかたなき『ファイアボール』。
ただしさっきメイリアが撃ったものにくらべると、サイズ・弾速・爆発力のいずれも半分以下だ。
これが表層魔力330(ブースト済み)と表層魔力150の差ということだろう。
僕の放った火球は近くの岩に激突して爆発。
飛び散った火球の破片は黒い魔力の奔流に還元され、僕の右手に戻ってふたたび黒球を形づくった。
「魔道書との契約もなしに、使える魔法を増やせるだなんて……リュートはどこまでも規格外ですね」
「でも、他人の魔法をコピーしてるだけで威力は劣化してるし、これってそんなにすごい魔法なのかな?」
「もちろんです! いいですかリュート、一般の魔道士にとって習得魔法の数を増やすというのは大変に困難なことなのですよ? 既存の魔導書のレベルアップにしても、新たな魔導書との契約にしても、一朝一夕にできることではありません」
「そ、そうなんだ……」
対して僕は、他人の魔法をいちど見ただけで再現できてしまう。
冷静になって考えてみると、メイリアが立腹するのも無理はないのかもしれない。
ちょっと言葉たらずだったと反省する。
「と、ところで、『ファイアボール』以外の魔法も本当に再現できるのかな? メイリア、悪いけどほかの魔法も見せてもらっていいか?」
「そうですね、検証を進めましょう。次は『アイスロック』ですね」
メイリアが習得済みの魔法を順番に使っていく。
ちなみにリストはこんな感じだ。
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『ヒールライト』
(レベル☆・消費5・CT0・威力-・速度A・射程E・持続B)
対象を治癒する。回復力は対象の潜在魔力量に依存する。
『ライトニングボルト』
(レベル1・消費20・CT20・威力C・速度B・射程D・持続E)
直線状に雷撃を放つ。
特性:貫通・麻痺
『ファイアボール』
(レベル1・消費10・CT10・威力D・速度C・射程C・持続E)
直線状に火球を放つ。
特性:炎上
『アイスロック』
(レベル1・消費10・CT10・威力D・速度D・射程B・持続E)
対象の頭上に氷塊を落とす。
『ラピッドモーション』
(レベル1・消費15・CT30・威力-・速度B・射程E・持続C)
一定時間、自身の移動速度を向上させる。
特性:風軽減
『サンドウォール』
(レベル1・消費20・CT30・威力-・速度C・射程E・持続C)
自身の足元から砂の壁をつくりだす。
特性:土耐性
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ひと通り再現できるかどうかを試してみる。
水属性の攻撃魔法『アイスロック』。
風属性の補助魔法『ラピッドモーション』。
土属性の防御魔法『サンドウォール』。
と、ここまでは順当に再現でき、メイリアもいちいち驚きはしなかった。
しかし――
「――『ライトニングボルト』!」
シュルン――バヂィッ!
黒球が一条の雷撃に変化し、目標の岩を深々と穿った。
「ひ、光属性の固有魔法まで再現できるのですかっ……!?」
「ええっと、べつに四属性の魔法と違いは感じなかったけど?」
なんかすごいの?という僕の視線に、
「光属性の魔道書と契約をかわせるのは王族のみ。したがって光属性の魔法を使えるのも王族のみ、だったのです。これまでは、ですけど」
「ふぅん、そんなものなのか」
『フレア・ゴースト』についてまとめる。
いちど見た魔法、正確には僕が記憶した魔法は特に制限なく再現できるようだ。
ただし、いちどに再現できる魔法は一種類のみ。たとえば『ファイアボール』と『ライトニングボルト』を同時に使うことはできない。
これは黒球がひとつしかないことが理由だろう。
『フレア・ゴースト』の検証はこんなところだ。
「最後は『フレア・ハイスト』か。効果は『対象のステータスを可視化する』だったよな」
「その魔法に関しては、モンスター相手に使ってみましょう。明日の本番の前に、リュートも実戦経験を積んでおいたほうがよいでしょうし」
まさに一石二鳥というわけだ。
僕とメイリアは移動を開始し、モンスターを探して荒野を歩きまわった。
ほどなくして、一匹のモンスターと遭遇する。
異常に痩せこけた四足の獣。固有名は『スキニータスク』。
目覚めて間もない僕に問答無用で襲いかかってきた、ある意味で因縁のあるモンスターだ。
「――『フレア・ハイスト』!」
魔法名を唱えると『ステータスドロー』と同じように、僕の目の前にウィンドウが現れ、情報が表示された。
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固有名:スキニータスク
種別:獣系
討伐推奨魔力:30
弱点:火・光
耐性:-
出現地域:エステラン荒野
〈攻撃方法〉
『爪』
『牙』
『体当たり』
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さらに、『スキニータスク』の輪郭が白く縁取られていた。
これはもしかして――?
「メイリア、あいつを死なないていどに攻撃してみてくれないか」
「わかりました。――『ファイアボール』!」
ボッ! 威力を抑えた小さな火球がヒットする。
と、『スキニータスク』の輪郭線の色が、白から橙へと変化した。
「やっぱりそうか、この色は相手の生命力を表しているみたいだな」
さらに検証を重ねたところ、生命反応の色分けは四種類。
おおむね以下のように判別できることがわかった。
白……万全。
黄……微減。
橙……半減。
赤……瀕死。
また、『フレア・ハイスト』の有効射程は僕の視界に等しい。
直接視認した相手に対してのみ発動するようだ。
したがって、砂埃や障害物などで視界をさえぎられた場合は無効となる。
「ではリュート。次は『スキニータスク』と一人で戦ってみてください」
と、メイリアが僕の背中を押す。
「え、いきなり? 一人で?」
僕は当然、尻込みしてしまう。
否が応にも前回、傷を負った右目が気になったが、
「大丈夫、ステータスにも表示されていたように『スキニータスク』の討伐推奨魔力はわずか30。いまのリュートなら恐れるに足りません」
「メイリアがそこまで言うなら――」
決心して、僕は歩きだした。
一歩ずつ『スキニータスク』へと接近していく。むこうはまだ僕の存在に気づいていないようだ。
ここは先手必勝、相手が気づく前に魔法を撃ってしまおうかと思ったが、
「リュート、まずは攻撃せずに、相手の攻撃を回避してみてください。以前とは違うことがわかると思いますよ」
メイリアの言うとおりにする。
グルルッ……!
『スキニータスク』が僕の存在を感知し、戦闘態勢に入る。
バッ! 今回はいきなり僕に飛びかかってきたが、
「よっ」
僕にはその動きがやけにゆっくりに見えた。
余裕をもって回避。身のこなしも、これが自分の体かと思うほどかろやかで洗練されていた。
「か、簡単にかわせた――!」
「それが魔力解放の恩恵です。魔力の強さは魔法の威力・効果のみならず、身体能力全般の強化にも寄与します」
なるほど。たしかにいまの僕なら、よほどの不意打ちでない限り『スキニータスク』の攻撃をうけることはなさそうだ。
「リュート、次は敵の攻撃をあえてうけてみてください」
メイリアの指示どおりにする。
『スキニータスク』が繰りだした爪による攻撃を、右腕でうけとめる。
バチチッ! 瞬間、右腕にはしったのは妙な痛覚。
切り傷を負った痛みとは違う。強めの静電気が発生したような感覚だ。
実際に右腕を確認すると、僕の皮膚はもちろん衣服すら切り裂かれてはいなかった。
「解放された魔力は、自動的に障壁となって魔道士を守るのです」
「なるほど。魔力って万能なんだな」
「リュート、これで納得できたでしょう。いまのあなたなら、『スキニータスク』などまったく恐れるに足る相手ではないと」
「ああ、たしかにそうだな。――『フレア・ゴースト』」
右手に黒球をつくりだす。
もう倒してしまってもかまわないだろう。
「――『ファイアボール』!」
ボゥッ! 僕の放った火球は『スキニータスク』に直撃。
吹き飛ばされた敵は動かなくなり、塵となって消滅した。