第3話・黒の魔道書
王宮の西に建つ魔道大図書館。
図書館は知っている。大量の書物が保管されている施設だ。
書物。本。それは複数の紙を綴じたものを指す。
少なくとも僕の知識ではそうなっていた。
しかし――はじめて目の当たりにした魔道書なるものは、僕の知っている本とは違った。
半透明の素材でつくられた石版。そう表現するのがもっとも的確だ。
その石版状の魔道書が壁一面にならべられているのだから、なかなかに壮観だった。
ただし、よく見るとところどころに歯抜けがあった。
「現在、魔道士と契約中の魔道書はこの場にはありません」
その理由をメイリアが説明した。
「それにしたって、すごい数だな。魔道書ってこんなにたくさんあるんだ」
「このフロアにあるのは一部ですよ」
メイリアがつづける。
「地上一階は『新参の間』。ここに収蔵されているのは下位に分類される魔道書群です。地下一階は中位魔道書が収蔵される『境界の間』。地下二階は上位魔道書が収蔵される『深淵の間』。そして地下三階、最下層の『啓示の間』に収蔵されているのが、固有魔法を授けてくれる天位魔道書です」
「天位……そういえば、メイリアの契約魔道書にもあったよな? たしか白の魔道書『閃光』だっけ?」
「ええ。わたしの固有魔法『ヒールライト』は、『閃光』の魔道書によってもたらされたものです」
「ん? 固有ってことは、治癒魔法を使える魔道士ってほとんどいないのか?」
「わたしの知る限りほかにはいません。……もっとも、固有魔法だからといって強力で有用とは限りませんけど」
僕としては、ちょっと意外だった。
治癒魔法というのは、基礎的で使い手の多い魔法だと勝手に思っていたのだが――
「それはそうと、魔道書との契約が必要なんだよな。それって具体的にどうすればいいんだ?」
「契約可能な魔道書は光を放っているように見えるはずですが――」
言われて僕は、あらためて壁の魔道書をひと通り見渡した。
しかし――
「うーん、光ってるのは一個もないみたいだ」
「おかしいですね。リュートの潜在魔力を考えれば、下位の魔道書と契約できないはずはないのですけど……」
「って言われてもなぁ、見えないものは見えないよ」
「ことリュートに関しては、なにもかもが例外かつ規格外なのかもしれません。このまま下に進んでみましょう」
螺旋階段をくだって、地下一階の『境界の間』に移動する。
ここも上の階と同じように、壁一面に魔道書がならんでいる。
前述のとおり、魔道書は一様に半透明の石版である。が、その色は四系統に区別される。赤・青・緑・黄――それぞれ火属性・水属性・風属性・土属性に対応しているのだろう。
「そういえばメイリアは、火・水・風・土の四属性の魔道書と契約してるんだな。それって普通なのか?」
「ええ、人間族は四属性すべてに適性がありますから」
「ってことは、ほかの種族はそうじゃない?」
「たとえばウンディーネ族は水属性の適正しかありませんが、そのぶん特化していて強力な魔法が使えます。同じように、サラマンデル族は火、エルフ族は風、ドワーフ族は土といったぐあいに、種族ごとに得意な属性があるのです」
ふむふむ、おおむねイメージどおりって感じだ。
それはさておき、
「うーん、ここでも光ってる魔道書はないみたいだ」
「中位魔道書とも契約できない? こんなことがあるのでしょうか……?」
僕たちは地下三階の『深淵の間』へと歩を進めた。
「ここに収蔵されているのは上位魔道書。契約をかわすには魔道士としての相応の実力が必要ですが――」
壁面に目をむけつつ、フロアをゆっくりと歩いていく。
光っている魔道書は……やはりない。皆無だ。
「どうですか、リュート?」
僕は首を横に振る。
「こ、上位魔道書でも駄目となると、残るは天位魔道書のみですが……」
そんな飛び級が本当にありえるのか。メイリアの顔には懐疑の色がうかんでいた。
ともあれ、引き返す理由はなく、進むしかない。
螺旋階段を下りた先は魔道大図書館の最下層、『啓示の間』だ。
「あれ? なんかこのフロアだけ妙に古びてないか?」
床も壁も真新しかった上の階層とは異なり、ところどころが欠けたり剥げたりしていて年季を感じさせる。
いや、単に古いというよりこの雰囲気は――そう、遺跡だ。
上の階層とは、少なくとも数百年の時間の隔たりがあるのではないだろうか。
「この『啓示の間』だけは、わたしたち人が造ったものではありません。かつて女神フリアエが創ったとされています」
「なるほど。魔道大図書館はその上に建てられたってわけか」
このフロアも同じく、壁一面に魔道書がならぶ。
ただし、上の階層とは異なり、赤・青・緑・黄の四色以外の魔道書もチラホラと見受けられる。
天位魔道書から習得できる魔法は、四属性以外のものもあるということか。
たとえばメイリアの『ヒールライト』のように。
「それにしても……やっぱり光ってる魔道書はないなぁ」
ここにきてようやく、僕の中に不安が芽生えた。
「も、もしかして、僕には契約できる魔道書が存在しないんじゃ……?」
「そ、そんなことはないはずです! リュートが類まれな魔力強者であることは間違いないのですから……」
「いやでも、普通は星の数で表される潜在魔力がEX表記って、いま考えてみるとちょっと怪しくないか……?」
「そ、それは……。たしかにそうかもしれませんけど……」
けど、の先がつづかない。
空気と足取りが重くなっていく。
『啓示の間』の最奥部が近づく。しかしいまだに光は見つからない。
いよいよ僕が諦めかけた、まさにそのときだった。
「ぁ――あった」
足をとめてつぶやく。
「ど、どれです? どの魔道書ですかっ?」
僕は腕をあげて壁の一点を指差した。
『啓示の間』の最奥部。時の流れに忘れ去られたかのような、ひときわ寂れた一画。
その壁に立てかけられた一つの魔道書が、光を放っている。
ただし、目もくらむような輝きではない。
なぜならそれは、黒い光だったからだ。
「あ、あれは……黒の魔道書っ!? ほ、本当なのですかリュート! 本当にあの魔道書が――!?」
カタカタッ。光を放つ黒の魔道書が、生命を吹きこまれたかのように動きだす。
(――やっときた)
そして、声が聞こえた。
頭に直接ひびくような声。
これは――まさかあの魔道書が僕へと語りかけているのか?
(――契約を)
頭の中で、なにかがカチリと噛み合ったような感覚。
説明されずとも、なすべきことがわかった。
「――契約を」
僕は右の手のひらを黒の魔道書へとむけ、心の中でひと言念じた。
――来い、と。
黒の魔道書が宙に浮く。
そして次の瞬間、魔道書は一直線に飛翔し、僕の胸へと飛びこんだ!
ピィィィイインンッ……!
硬質の反響音を残して、魔道書は僕と完全に一体化した。
「っ……! これが、魔道書との契約――!」
胸元に手をあてながら、つぶやく。
異物感はない。だが、黒の魔道書が僕の中にあるのは間違いなかった。
「し、信じられません。まさか黒の魔道書の契約者となるだなんて……!」
驚愕の表情でメイリア。
「これ、そんなにすごい魔道書なのか?」
「すごいもなにも……。王都の歴史上、その魔道書の契約者となった者は存在しません。あまりに古く、わずかな記録すら残っておらず、本当に魔道書であるかどうかさえ疑う人もいるくらいなのですが――」
あらためて僕を見つめ、言う。
「黒の魔道書は、リュートが現れるのをずっと待っていたのですね」
「そう、なのかな」
ともかくこれで、晴れて僕も魔法が使えるようになったわけだ。
「リュート、あらためてステータスを確認してみてください」
僕はそのとおりにする。
ステータスは以下のように更新されていた。
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〈契約魔道書〉
黒の魔道書『無銘』(レベル1・無属性・天位)
〈習得魔法〉
『フレア・ブースト』(レベル1・固有・補助)
『フレア・ゴースト』(レベル1・固有・特殊)
『フレア・ハイスト』(レベル1・固有・補助)
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