第90話 蒼き蝶に赤き花
「それでさ、幼稚園のころのミッチーの将来の夢には『さいきょうてんさいマン』と『ダイコフ』って二つも書いてあったんだ。強欲でしょアイツ」
ダイコフって何? って当人に聞いたけど、「そんなこと俺が知るかよ」と返されたときは爆笑した。前者はともかく、なんなんだダイコフ。
男子のバカ話を聞いて笑ってくれる花。一緒に居ると、時間の流れがいつもより速く感じるのに、濃厚で贅沢な時を過ごせる気がするんだ。
「あ、そうだ。みんながね、いつか同窓会しようね、だって」
「気が早いなー、今日卒業したばっかなのに」
「きっとすぐだよ。三年生の期間だって、すぐ終わっちゃったし」
「それもそうか……にしても遅いな、母さんたち」
「もしかしたら……隠れてわたしたちのこと見てるかもね!」
楽しそうな顔で言った花だったが、次第にその表情が固まっていく。
――普通にそれじゃね?
「あれ? ばれたかしら」
頭上から声が聞こえる。
振り返ると、タンタンとサンダルが地面を叩く音が聞こえてきた。
「マジかよ母さん」
外構ブロックに隠れていたらしい母さんたちは、堂々と階段を降りて来やがった。
「……あらら? 二人とも顔赤いわよ。一体どうしたの? 何してたの?」
「ニヤニヤしてんじゃないよ! 別に赤くなってもないし!」
「あ、あはははは……」
隣の花はもじもじしながら顔を俺以上に染め上げていた。そりゃそうだよね。甘えっ子モードだったもんね、花ちゃん!
「…………」
「…………」
「何よ二人とも静かねー! 何かさっきまでこの辺りが騒がしかった気がしたんだけどね? 花ママ」
「二人とも、恥ずかしいのよね~?」
いや直球かよ。それはそれで恥ずかしいんだが花母さん!
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「いや、母さん、あの……」
「お母さん、違くって……」
「大丈夫大丈夫。母さんたちもそういうの乗り越えて来てるから。懐かしいなーって微笑ましかったわよ。むしろ」
「もういいから! さっさと写真撮ろうよ!」
「そ、そうだよ、写真!」
俺と花は一緒に声を上げて、母さんたちに抗議した。
その姿を見た両母親は、「そうね」と笑っていた。
* * *
「ちょっとー! もっとくっつきなさいよ!」
「花、蝶くんに抱き着いちゃいなさい~」
ダブル母さんに面白がられ、弄られる俺と花。
「するわけないでしょうが! 親の前で!」
「そ……そうだそうだー!」
花の援護射撃が可愛くてちょっとクラッとした。
ていうか、俺と花が今組になれていること事態が俺は嬉しかった。前の写真撮影のときとは全く違う光景だった。
母さん二人も嬉しさが表情から溢れ出ているのが良くわかる。
「何よつまんないわね~、もっとラブりなさいよ~!」
「何がラブるだよ、聞いたことないわそんな言葉」
「そんなことしなくても、蝶とは仲良しだもん!」
ムキになった花のその言葉に、お互いの両親が目を丸くする。
俺も呆気に取られた顔で花を見つめた。
「ねっ、蝶……ってあれ、……え? 違うの?」
「えっ……いや、違くない。違くないけど」
――親の前で、そんな風に言える俺たちに戻れたんだなって。
「…………本当に……良かったわよ」
カメラを構えている母さんの声が、震えていた。
やがて、ぶわあああと泣き出す。
「心配、かけさせて……本当に、もう」
母さんも、花母さんも、二人とも揃って涙を流した。
その理由が、俺にはなんとなくわかる気がした。
俺と花の口調、表情、空気感――それらに、幼いときの懐かしさみたいなものがあるからだろう。
俺たちが仲良くいることが、こんなにも他の誰かを幸せにしていたなんて。
「…………うぅ」
対面の両母親に釣られて、花まで瞳を濡らす。
実は俺も少しだけ目が潤んでいたけれど、涙は流さないように我慢した。
代わりに――。
「花…………手、繋ごうか」
「え?」
返事を聞かずに、花の手のひらをギュッと強く握った。
「えっ!? あらやだ! 蝶がスキンシップしてるわよ、花ママ!」
「あらら~激写しましょう激写」
「もう、何よ激写って……お母さん」
泣いていた花がもう片方の手で涙を拭いながら、愛らしい笑みを浮かべた。
「蝶~! 花ちゃんのこと大好きー?」
浮かれに浮かれた母さんは泣き笑いながらこちらに手を振ってくる。事情を知らない人から見たら完全に危ない人だな。
「うるさいな、さっさと撮れってば!」
「……蝶……やっぱり……恥ずかしいっ」
「花、我慢だよ! ここで辞めたらなんかあの人等に負けた気がするから!」
「うん……」
照れくさそうに頬を染めながら、花は俺の指に細い指を絡めてくる。
俺だって恥ずかしい。でも、今までの写真がそうだったみたいに、
母さんたちが教えてくれたみたいに。きっと数年後にこの写真が新しい想い出になって、二人で微笑むことができるようになるんだよ、きっと。
「じゃあ撮るよ~、二人ともにっこりね~!」
泣きすぎてそれどころではなくなった母さんからカメラ担当が花母さんにチェンジ。結果、俺たちはまるで幼稚園児のような扱いを受けた。
「もう……お母さんってば」
「はは、母さんたちからしたら、俺たちはずっと子供なんだろうね」
「……そうかも」
「上手くいかなかったこともあったけど、それも全部ひっくるめて俺たちだから、きっとこれで良かったんだよな」
「わたしたちだけの想い出が、増えていくんだね」
「うん。だから、今度の写真は、うんと笑顔で写ってやろうよ」
「ふふ、別に作らなくっても大丈夫だよ。蝶と一緒にいるの、すごく楽しいから」
「同じく」
「――ハイ、チーズ!」
シャッターが切られる。
「あら凄く良い写真。二人とも、可愛い笑顔だわ」
「ホントね~身体は大きいのに、表情は小っちゃな子供みたい」
カメラのモニターを確認しながら話を弾ませる母さんたちを横目に、俺は身体を花の正面に向ける。
「花。俺、この世でたった一人の……君の幼なじみになれて幸せだ」
「わたしもだよ。蝶、大好きだよ」
「花、大好き」
「蝶、大好き」
――9回目、高校卒業の写真では、俺たちは笑顔で手を繋いでいた。
距離が離れ続けていくだけだったこれまでの写真……俺たちは、9回目でようやく戻れたんだ。
幼なじみ――の蝶と花に。
これからは、もっと深い関係に――自然と恋人らしくなっていければ良いな。
イロイロあったけど、俺と花が二人で居れば、きっと大丈夫だ。
困難は二人で乗り越えて、不安ごとはお互いに相談して、一緒に生きていこう。
数年後もずっと変わらずに仲良しで居られたら嬉しいよ。
隣に花が居ないことなんて考えられないくらい、君のことが大好きだから。
君の愛らしい表情が。思いやりのある性格が。小動物みたいな仕草が。一緒に過ごした想い出が。そのすべてが――――。
ドラマチックでもロマンチックでもない、俺と幼なじみの――小さな恋物語は、こうして幕を閉じる。
だけど終わらないモノもある。
それは、この世界の何よりも……俺が――。
――いつまでも幼なじみの赤希花に恋をしてるってことだ。
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