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蒼き蝶に赤き花  作者: 織星伊吹
第3章 蒼き蝶に赤き花
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第86話 隣にいてあげてね


 自宅までの帰り道を歩きながら、俺と花は並んで母さんたちの後ろを歩いていた。


「でね――」


「うふふ、蝶くんママってばやだ――」


「――――それで、二人はいつ手を繋ぐのかしらねー?」


「――――うんうん、気になっちゃう~」


 楽しそうに喋っていた母さんたちが、くるりと俺たちを振り返る。


 は……? いやいやなんの確認? 二人きりのときは普通に繋ぎますけど? 何? 親前で今やれと? そんなアホな。子供か俺たちは。


 そんな緊張した俺の面持ちを感じ取ったのか、親たちがあらあらうふふみたいな顔で会話に戻る。


「――あの子達、もしかしたらキスもまだかも……」


「――えぇ~……昔は良くしてたのにね~。ほっぺにちゅーって。やっぱり思春期なのかしら」


 数えるくらいはしてるから御心配無く! ていうか、なんていう話題で盛り上がってるんだよ!! 当人たちを前にして! 本当に恥ずかしいから辞めてくれよ!


「――――最初は男の子と女の子、どっちが良い?」


「――――え~、そうしたらわたしたちはおばあちゃんってわけ~? やだ~」


「――――それで蝶の部屋の隅っこにはね~」


「――――きゃ~男の子!」


「ふふっ……」


「…………」


 あ、流れの矛先が完全に俺単体になっちゃったよね。……ていうか花までなんで笑ってるんですかぁ!


「あー、そう言えばこの前なんてね……」


「ちょい母さん! そこまでだ」


 母さんが怪しげな表情で何かを思い出したようなので、俺は二人の間に手を入れ込んだ。思春期男子、真夜中の部における最悪な事故が頭を過ぎったからだ。


「えぇ~聞きたいのに……蝶くんの成長秘話。ね、花も聞きたいよね~?」


「わ、わたしは……いいってば! 蝶が可哀想でしょ。もう、お母さん!」


「ふふ、蝶くん! この娘照れてんのよ~。本当は知りたくてしょうがない癖に」


「そ、そんなんじゃないもん! もう、お母さんのばか!」


 ムキになった花が、ぽかりと花母さんの鞄を叩いた。

 この辺は子供の頃からそのまま成長してる感じあるな……。花、今でも両親の前だと結構甘えっ子なのかもしれん。……可愛いな。

 庇ってくれる花の姿になんだか幸せを感じ過ぎて、おしっこ漏らしそう。


「あ! そーだわ」


 母さん、急に手を叩く。


「花ちゃん! お買い物に付き合って」


「え、お買い物? って……きゃー!」


 強引に花の手首を掴んだ母さんがもの凄いスピードで何処かへ消えていった。


「あの人、花を誘拐しやがった……」


「本当、天真爛漫だよね~蝶くんママ」


「いや、単純にヘンな人なんだと思いますよ」


 取り残された俺と花母さんは歩き慣れた道を進んでいく。そもそも花母さんと二人で並んで歩くのって何年ぶりだろう。幼稚園ぶり……? ワリとブランク期間あるし、何を話せば……。


 ふと花母さんに視線をやると、相手もこちらをじっと見つめていた。


「……背、大きくなったね」


「あ、そうすか?」


 自分と俺の頭に手を当てて差を図りながら、花母さんは目を丸くしていた。その仕草の一つひとつが少しずつ花に似ている気がする。やっぱり、親子だなあ。


「ていうか~何ちゃっかり敬語になってるの~?」


「え? あー……」


 確かに子供の頃は敬語なんて使わなかった。中学~高校はあまり喋ってこなかったし。

 なんか……やっぱり少し話しにくい。あんなに喋り易かった人だったのに。


「も~やめてよ敬語なんて! 花だって蝶くんママとは普通に話してるでしょ?」


「そ、そうなんすか? あ……だね」


「ぷっ……面白い感じで大きくなってるね、蝶くん」


「んー……そうなのかな……?」


 首を傾げざるを得ない俺を横目に、くすくす笑う花母さん。

 そして、俺の目を見て切り出す。


「……花の話、知ってるでしょ?」


「……芸能界の?」


「本当にびっくりしたのよ~あの子の口から女優になりたい、だなんて。自分の口からそういうこと言うの始めてだったから」


「反対は……しなかった?」


 俺があんなに悩んだのだから、親としては、もっと複雑なものがあるだろう。


「……しなかった」


 花母さんは、にっこり笑ってそう言った。

 しかし、一見涼しげなその表情にはいくつもの表情があるように見えた。


「嬉しかったのかな、子供っぽかったあの子が……ちょっとだけ大人に思えてね? ……応援、したくなったのかな~?」


 素敵な笑顔で微笑む花母さん。この人のことだから、最終的にはにっこり笑ってくれたのだろう。


「小さな子供の夢って大抵敵わないものでしょ? ……だから少しだけ羨ましいなぁ~なんて思ったりもして」


 花母さんがくすりと笑って夕色の空を見上げた。


「蝶くんの子供のときの夢ってなんだっけ?」


「……マルマイン」


 幼稚園児の謎夢。ちゃんと書くのが恥ずかしかったのかな。仲良い男子の友達みんなマルマインって書いてたんだが……。今頃自爆できてるヤツ居るのかなあ……。


「え? 丸山?」


「いや、そこはスルーで」


「……? まあ、それでね。あの子の決意を見て、小さいときの花のことを色々思い返してたんだけど、やっぱり出てくるのよ~」


「……何が?」


「蝶くん」


 にっこりと細めた瞳と一緒に、彼女は俺を指差した。


「あの子の隣には、いっつも蝶くんが居たなって」


「まぁ……そりゃ」


 なんだか照れくさい気分だけど、幼少期に限り、何をするにも毎日一緒に居たのは間違いない。そんな俺たちが今じゃ彼氏彼女の関係って、自分自身今だに信じられない。


「だからね、蝶くんが……その、また昔みたいにずっと隣に居てくれるなら――花のことを傍で守ってくれるんだったら……大丈夫かなって。何かね、そう思ったの」


 耳に入り込んできたその言葉が、俺の胸の中にじんと染み込む。子供のころから繋がっていたからこその信頼が、俺たちの間には芽生えているようだった。


「あの、そういえば……いつから、俺と花が……その」


「付き合ってるのを知ったかって? 昨日! 花から」


「え、遅っ! あれ、でも……それじゃあ」


 今さっき俺が聞いた言葉は? 昨日聞いたってことか? それは……ヘンな気が。


「ふふ、不思議そうな顔してるね~……。そ、二人が付き合ってるのを知るよりも前に芸能界の話は花から聞いてた。わたしね、あなたたち二人が恋人であろうがなかろうが、どっちでも良いの。二人が前みたいに仲良くしてくれてるだけで嬉しいの……きっと、蝶くんママも気持ちは一緒だよ」


 優しい声で花母さんが柔らかな笑みを浮かべる。子供の頃から見慣れていた安心する顔だ。ウチの母さんも、似た表情を良くするかもしれない。


「……後は、結婚よね……うん。確か約束してたはず」


「……ん?」


「いや~? 何でも?」


 バッチリ聞こえてますけど。どっちでも良いってのはなんだったんだ? まあ、でもどこのウマの骨かわからないヤツより安心感はあるのかもしれない。


 夕色の空をゆっくり流れる雲のように、俺たちは肩を並べて歩いた。


「でも、やっぱりちょっと心配かも。だって芸能界だよ芸能界! 花、大丈夫かな~、あんな恥ずかしがり屋の子が」


「……文化祭のときは凄かったよ。正直驚いた」


「ほんと~? でもそうね、泣き虫な癖に意外と頑固なところもあるから……意外と適性あったりして。ひっそり勉強してるみたいだしね。……ふふ、話を聞いたときにね、恥ずかしがり屋で泣き虫なあなたが人前で演技なんてできるの? って言ったら、泣き目で出来る! って言い張ったんだよ」


「はは、らしいらしい」


「まあ、蝶くんいるから大丈夫か。あの子の人生は。たとえ……今後何があっても」


「ちょっと大袈裟すぎなんじゃ」


「……そうかな。わたしは、あんまりそうは思わないけど。人と人との繋がりって、何よりも大切なモノだから。花にとって、蝶くんはとても特別な人だと思うよ」


「もしそうだったら……嬉しいですけどね」


 後頭部を掻きながら照れを隠す俺を、花母さんが真摯な視線で見つめてくる。


「蝶くん。もし、花の夢が上手くいかなかったとしても……隣にいてあげてね。あの子、強がるけど寂しがり屋で凄く弱い子だから。知ってるとは思うけど」


「……うん」


 子供のころに比べれば、花は精神的に大分成熟していると俺は思う。きっと、花母さんは俺の知らないの花を沢山知ってるんだろう。

 そこは任された。俺は胸に固い誓いを立てた。


「……ふう。これでとりあえずわたしは完全に安心だよ」


「やっぱ心配だよね、そりゃ」


「本当にあなたたちはたくさん心配させてくれるんだから…………っていうか、この際聞きたかったんだけど、あなたたちって何で急に仲悪くなったの? 何が原因なの?」


 おっと……痛い質問が来たぞ。

 母さんから幾度となく聞かれてきたことだ。高校生になってからは問い詰めてきたりはしなかったけど。


「ああ、それは……別にケンカしたとかそんなんじゃなくて」


「じゃあどうして? 花に聞いても、この話題になるとあの子途端に黙っちゃうんだもん」


 ああ……やっぱそっちも同じ状況か。うん、わかる。わかるよ花。説明できないよな、なんか。説明することで事実証明になってしまうというか、後ろめたい気分になるんだ。


「うーん……じゃあ、とりあえず秘密ってことで!」


「も~! 二人してなんなのよ~! もう蝶くんママに言い付けちゃうから~」


 頬を膨らませて、ずかずかと先を行ってしまう花母さん。


「何を言い付ける気!?」


 俺の声に、花母さんはくるりと身体をこちらに向けた。怪しげな微笑。


「…………蝶くんが、猛烈に花とイチャイチャしたいって」


「切実にやめてほしい! 気まずさハンパなくなるからそれ!」


 俺が慌ただしいツッコミを入れると、花母さんはにっこりと俺の頭に手を置いた。


「花のこと、これからも宜しくね」


「え、うん……」


「はい、じゃあ二人がいるあのスーパーまでレッツラゴ~!」


「特に話し合ったわけでもないのに、あのスーパーに居るって核心してるのが地味に凄いよね。まあ俺もここしか想像できなかったけど」


「あったりまえでしょ~今週のクーポン、今日までなんだから!」


 昔良く家族ぐるみで買い物に訪れたスーパーを見つけて、俺たちは走りだした。

個人的な意見ですが、幼なじみモノの物語で重要な要素の一つとして、家族ぐるみ、というものがあると思ってます。なので最近流行ってる幼なじみモノにその要素が見えないのは寂しくもあり、時代か……というカンジもありますね。

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