第85話 久しぶりの最強ダブルコンビ
校庭に舞い散る桜の花びらが制服に引っ付く。役目を終えた花びらたちが、俺たちを送り出してくれているのだ。
「うぅっ……ぐひっ、んだよー! お前も泣けや! 何体育館眺めながら物思いにふけってやがんだよ!」
「せっかく感傷的な気分になってたのに、台無しにしたのはお前だぞ健治。第一お前とは大学一緒だろ! バカ野郎、くっつくな! 鼻水付くだろ!」
「もう着ねえんだから別に良いだろうが! てめえの制服なんざティッシュと同価値なんだよ。ぐへへ。おらおら」
涙声で俺の胸倉を掴み、健治は俺のネクタイを引っつかみ、鼻をかんだ。
「うわっ! 汚ちゃな! こいつマジでか!」
「俺の鼻水は某接着剤より頑強だ。洗濯しても無駄だぜ」
「うっせえよカス!」
とりあえず必死に健治の汚物を拭き取ることに専念する俺。しかしその傍らで、ミッチーが卒業証書の筒でぽこぽこちょっかい出してくるからやり返そうか悩んでる。
しばらくして、ミッチーの攻撃の手が止まる。
「……お、フラワーが居んぞ」
ミッチーの視線の先――桜の木の下で、花がきょろきょろしながらも確かにこちらを意識していた。可愛いけど、なんだろう。
とりあえずミッチーにぽこんと一発返してから、花に手を振りながら近づく。
なんとなく途中で振り返ってみると、「えへへ、バタフライが、ふふ」と喜んでいる変態を発見。気持ち悪っ。
「何してるの?」
花は小さな肩をピクリとさせて、視線を泳がせる。
「んー……いや、別に? ……んふふ」
花が何故か気恥ずかしそうに顔を俯ける。なんか、ニヤニヤしてる……。ええ、かわいい……ミッチーとは大違いだな。
でも、周りに友達が居るのにその恥じらいの表情はなんか俺まで恥ずかしくなってくる! もう付き合って結構経つハズなのにこれはどうしてなんだ!
地味に顔が火照り始めたとき、俺の背後から鼻水クソ野郎が顔をひょこりと出す。
「お前ら……一体いつまで初々しいつもりだよ」
「し、知るかそんなこと」
「なあ、もう頼む。俺さ、お前等を見てると胸焼けがヒドい。もうとっとと俺の性夜セットでバコバコヤッてくれ。公衆の面前でおっぱじめろとまでは言わんから」
「お、おまっ! 花の前だってのに……!」
「そんで行為の最中に、『ああ……そういやコレは健治がくれたモノだったんだよなあ。あいつどうしてるかあ』って俺の顔を思い浮かべてゲンナリすれば良いじゃない……ってのはまあ嘘だよ嘘! あっはっは、本当にお前ら弄るのは退屈しねえよなあ~」
ケッケッケと悪役のような笑い声で言うだけ言ってスッキリしたのか去って行く健治。そのまま想い出になって消えてくれ。
俺は、恐る恐る花に目を向けた。
耳まで真っ赤にして泣き出しそうな花が、震えた声で言う。
「飛谷くん、なんて?」
あくまでも聞こえなかったことにするつもりらしいが、流石に意味はわかるので顔に出てしまったようだ。女優業大丈夫かな? これ。
「ああ……えっと、健治がバカだって話だよ。気にしなくて良い――」
「バタフライソード! ンッズバァァァァッ!」
誇張気味のお手製効果音を付けて、ミッチーが架空の剣で俺の背後を突然切り刻んできた。ここに真のバカがいた!
「……ちょうど、ミッチーはガキ過ぎるよなって話をしてたんだよ」
「は? 俺のどこらへんがガキだって言うんだ。身長だってお前等の中で一番デカいんだぞ! 超大人の間違いだろ」
バタフライソードを構えながら、ミッチーが俺の反撃を待っている。なんかニヤニヤして嬉しそうだ。なんだよ、超大人って。人類を超越したお馬鹿さんなのか?
「うふふ、三井くん面白いよね」
「ふっふっふ。そうだろうそうだろう。フラワーは流石に良くわかってる」
花の可愛いスマイルに気分を良くしたらしいミッチーが腕を組む。
そんなとき、藤川が息を切らしながら走ってきた。
「おーい! 飛谷が早く来いってさ。さもなくばお前の恥ずかしい秘密を全国民に公開するとか言ってるよ」
「あぁ、そうだぜ。早い所フライキャニオン氏の家で桃鉄をやろうぜ。そんで続けて卒業パーティーのダブルコンボのハッピーセットだぜ!」
「あー、そうだな」
夕方からはクラスで卒業パーティーなるものをやるらしく、俺たち四人はそれまで健治の家で時間を潰す予定だった。
それは良いとして、俺は花のことが気になっていた。
「……で、花は本当に何してるの?」
「あ、いや……その、予定があるなら……」
「……ん? 何か誘うつもりだったとか?」
どうにも話がかみ合わない。まるで俺と何か予定があるかのような言い方だ。
「ううん、なんでもないよ。みんなと遊ぶ予定なんでしょ? 行ってきなよ」
「花」
俺は花の形の良い頭にぽこんとバタフライソードでダメージを与える。
「いいから。言ってみて」
「…………うぅ」
花が、また恥ずかしそうに顔を俯けた。
なんだろう。一緒に帰ろう? とかかな。卒業式デートしよ? かな。だから一人きりなんだろうし。いやだわこの子可愛らしすぎませんか? 俺の彼女なんですよすいませんねああ幸せ。
俺の頭がアホになってきたところで、調子づく俺。好戦的な蒼希ってわけですよ。
「もしかして、デートに誘ってくれる……とか?」
「え? ううん、それは違うけど」
バタフライソードでズバッと切り捨てられたわ。もう死のう。
でも、だったら尚更何だ? 何をそんなに恥ずかしそうに……。
不思議に思っていると、背後から聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
「――蝶!」
……張りのあるこの声は。
「まさか、今日の日を忘れた訳じゃないわよね」
「……げ。母さん」
一瞬俺の頭にあることが過ぎった。母親と一緒に帰宅。
いや流石にそれは無いよ。小学生までだろ。(中学でもしたけど)高校卒業するんだぞ俺。それは全力で否定するぞ。
「ふふ、逃がさないわよこのバタフライ」
「いやアンタまでその呼び方はやめろ!」
「だって学校ではそう呼ばれてるんでしょ? 面白いあだ名ね。バタフライ」
「違う、その名は特定の一人からだけで……そいつ以外に呼ばれるのは俺だって嫌なんだ……ってそんなことはどうでも良いわ!」
ミッチー以外にバタフライと呼ばれることがこんなにも気持ちの悪いことだとは思わなかった。ヘンな恋心芽生えそう。やだ。
腕を組んで仁王立ちする母さんが、パッと瞳を丸める。
「あ、なーんだ。花ちゃんもいるじゃ~ん! 準備万端ね」
「…………なるほど」
花がそわそわしていた理由がなんとなくわかってきた。
嬉しそうな母さんの横には、ニコニコした花のお母さんもいらっしゃる。
この親二人は、俺と花が気まずかった中学~高校時代、「二人はきっと喧嘩をしたんだわ! 私たちが関係を修復しないと!」という話を繰り広げた前科がある。当人たちからすると放っておけ以外のなにものでもないヤツだ。
でもまあ……その後は腫れ物に触れるような感じだったり、かと思いきや突然攻め込んで来たりと、親としても不安の芽は存外に大きかったようで、たくさん心配をかけたりもした申し訳なさもあるっちゃある。家同志が仲良いと……尚更だよな。
母さんの突飛な行動がなかったら、花はウチにご飯を作りに来てはくれなかっただろうし、その点は深く感謝している。
花と付き合うようになってから、母さんも楽しそうな顔をすることが多くて、子供としては嬉しくもあるし。二割くらい余計な感情が入ってそうではあるけど。
「バタフライくん、おひさ~! さ、一緒に帰りましょ~?」
何で浸透してるんだよバタフライ。ふざけんなミッチー!(不可抗力)
常にテンションブチ上がってるキメキメ母さんとふんわりしてるけど何かと凄い強そうな花のお母さんのダブルコンビは実に怖いものがある。
「お、お母さん! 蝶には予定があるの……!」
花が花母の手を引きながら、説得する。
「え~予定? あらあら。まさか……デート?」
「ち、違うよ!」
誤解されて顔を赤くする花。もう可愛いしか言えないぜマジで頼む!(何が)
「これからクラスの集まりがあるんだよ! ……ね? そうだよね」
パチパチと綺麗な瞳が俺に向く。最高のアイコンタクトで目が潰れる。
「あ、ああ……そうなんだよな」
「それって夕方からのやつでしょ? ……あたしゃ知ってんだが? まあ仮に時間の変更があったのだとしても、そんなもん全部ぶっ潰すつもりでいるけどね」
「うぅ……蝶ぅ……蝶ママ、すごい強いよぅ……」
花が泣き目で俺に縋り付いてくる。保護欲が?き立てられますねこれは……しかし必死過ぎるだろこのおばさん怖すぎ……。
思ってたよりも早く意外な困難が俺と花の前に転がり込んできたようだ。
「い、いや……待て。クラスの集まりは確かに夕方だけど、それまでの時間で本当に予定があるんだよ」
「なんの?」
「大事な男友達との約束が――って……あれ?」
さっきまで一緒に居た野郎共が揃いも揃って消えていた。
急いでスマホを確認する。メッセージが一通来ていた。
『んじゃまた夕方! ママ達と一緒に仲良く帰れや!』
『パーティー終わったらそのまま夜のバタフライソード合戦といこうぜ!』
『後で、赤希と何喋ったのか聞かせてくれよ!』
ヘンな気を回しやがって! それに夜のバタフライソード合戦はやらねえぞ! そんなことやってたら補導されるわ! 俺の心が穢れてるから一瞬ヘンな意味にも聞こえちまったぞミッチー! でもお前はいつでも純真だよな、わかってるぜ!
「ということで、久しぶりに四人で一緒に帰りましょうー! フゥー!」
「おおっ~!」
さっさと歩き出す二人。俺と花はお互いの顔を見合ってから、しぶしぶと歩き出した。
「ご、ごめんね……止められなくて」
「いや、誰もあの二人は止められないよ……アイツらにも見捨てられたことだし、観念して……一緒に帰ろうか」
お互いの母親と一緒にこうして四人で帰路に就くのは、中学以来だった。
あのときは本当に複雑な感情だったなあ……親同士が喋りまくってるだけで俺と花の間には会話とか一切無かったから……思い出すだけで胸が痛くなる。
「ふふ、本当にしょうがないよね」
「うん。まったくもうって感じだよな」
仕方ないよね、と俺たちは笑い合った。
いやいや付いていくみたいな空気を出しては居るが、むしろ胸の中は何故だかぽかぽかしていた。
親混じりで帰宅するなんて、高校生だったら嫌がるのが当然だと思うけど、子供のときみたいにこうして四人で帰路に就くことが、今の俺の心をこんなにも温かくさせてくれるだなんて、思わなかった。
前を歩いてる母さんたちも、きっと似たような気持ちなんだろうな。
バタフライソード! ンッズバァァァァッ! 中学生までだったら許される。