第83話 蝶と花のクリスマスイブ③
――ラブホテル密集地帯。
当然行ったことのない俺だが、どういったことをする場所なのかは当然知ってる。
恋人たちが、愛を確かめ合う場所だ。
繁華街の片隅に当たり前のように密集する不思議空間。夢にでも出てきそうなお城みたいな建物なんかも多い建物群。
そんな場所に、まさか花と一緒に来てしまうだなんて……。
かくいう俺たちも恋人同士ではあるけれど、大人でも子供でもない高校生には、本来適さない場所だろう。
超久しぶりの冒険が、裏目に出てしまったな。
気まずい空気を感じさせないように隣の花に視線をやる。
「…………」
花は、明らかに意識していた。
キョロキョロと辺りを見回しながら、不安そうにしている。そりゃそうだ。
そこで、俺はあることに気付く。
俺……今“アレ”持ってるじゃん。
そう、健治のクリスマスプレゼントである。
つまり、もう“そういう”つもりで花をこの場所に連れてきた、という見方もできるわけであり、それはとても大変なことなのだ。
俺も男なので、当然そういう気持ちが一切無いというわけではない。というかむしろ滅茶苦茶――というのは花に聞かせられないので俺の心の中だけにしまっておくとして、それでも俺は花が嫌がることをするつもりはないし、学生であるうちはそういうつもりはないから安心してもらって良い。
ていうか……こういうこと考えてる時点でなんかもう凄いことだよなあ、としみじみも思う。
だってあの花だぞ。泣いて俺に引っ付いてきていたようなあの子と、やろうと思えば俺はそういう行為ができるかもしれないわけだ。
男と女という関係で……なんかもうそういうこと自体に驚くよ! 俺は!
でもまあ、今この瞬間はすべてに目を瞑って引き返すべきだろう。
「……なんか……ヘンなとこに来ちゃったね」
“ラブホテル”という単語を口から発すること自体に抵抗があるので、そういう言い方になってしまった。
だってそうだろう。花とあんまりそういう話しないし、そもそも花、わかるのかな。この付近一帯がどういうことをする場所なのかわかってるのかな!?(錯乱)
「へ、ヘンなとこ?」
「え、うん……」
それだけでわかるだろう、察してくれるだろうと思った俺だったが、思ったよりも花は困惑していて、マジで良くわかってないような感じにも見える。
花はしきりにあたりを見回してから、
「ここって……何するところ?」
「え」
純真な瞳で、そんなこと聞いてきたんですけど。え? 花さんマジで? でもお子様系ですくすく育ってる感じが可愛い可愛い可愛いよ。
「……ホントに、知らないの?」
「知らない」
キッパリと言い切る花。でもどこかむずむずしている様子だった。
どういうことをする場所なのかは知らないけど、なんとなく雰囲気はいやらしいな、くらいの感触があるのかもしれない。
「蝶は…………ヘンなとこに行きたいの?」
そんなことを聞いてくるぅ!
そこで、またもや俺はハッ――と気付く。
花……ミニスカサンタコス持ってきてるじゃん――。
皆とのクリスマスパーティーが終わってそのままこのデートをしているわけで、彼女の鞄には、今現在そのようないかがわしいコスチュームが入っている。
俺の煩悩が揺れる。
花のサンタコスが見たい……! なんとしても見たい。別に、エッチなことがしたいわけじゃなくて、ただ花のサンタコスを見せてもらうがためにラブホテルに突入してもバチは当たらないんじゃないか……!?(錯乱)
「蝶、どうしたの……? 聞いてる?」
「あ、ああ……いや」と俺が答えに窮していると、付近の自動ドアが開き、ホテルから一組のカップルが出てくる。
「うおっ」
「ああ、すいません」
入り口付近で止まっていた俺たちにぶつかりそうになるカップルたちが、驚いたように俺と花をジロジロ見てから、去って行く。
俺と花は、お互いに顔を真っ赤になってしまった。
――じ、事後なんだろうなあ。えっろ……とかそんなことを考えていると、開いた自動ドアの向こう側を花がじっと見つめていたから、俺は彼女とホテルの間に立ちはだかった。通せんぼ!
「こ、ここは……色々なコスプレサービスのある店で……」
「コスプレ……」
「……そういえば、花も今なんか持ってたよね」
なんかとか言い方が卑怯過ぎる俺。そういえばとの相乗効果で興味のない感じを装えているかは微妙だが、とりあえずガッついているイメージは持たれないだろう!
「なんかって……飛谷くんのくれたサンタさんの服のこと?」
「そ、そう……。えっと、花……その、興味とか、あるの?」
遠回しに誘ってるー!! 俺誘ってる――! やべえ! でも絶対エロいことはしない自身があるからそこは安心してくれていいよ花本当だよ!
「蝶は……着て欲しいの?」
「えっと……それは――――」
答えに窮していると、
「……ぷっ」
花が、笑った。
「あはははははははははっ!」
お腹を抱えて大笑いする花。俺は呆気に取られたままぽつねんとする。
「……花?」
「ごめんね蝶、流石に知ってるよ。……“ここ”が……その、どういう場所なのかってことは」
けらけら楽しそうに笑いながら、花がくすりと微笑み。
「ふふふ、さっきの意地悪のお返しだよ」、と花が悪戯な笑みで笑う。
「はあ……なんだよ。本当に知らないと思ったじゃんか。花のことだから、あり得なくは無いな、とか無駄なリアリティを感じちゃったよ」
「そこまでお子様じゃないよ、もう」
「でもさっきのカップルとぶつかったとき顔が真っ赤だったり、色々と隠せていない感じはしたな。女優志望としてどうなの、そこら辺は」
「む!! でも、恥ずかしいのは恥ずかしいもん!」
また耳を赤くして頬を膨らませる花。
「でも、蝶がわたしのことをどう思っているのかは、少しだけわかったかも」
「え!? それどういうこと!? 俺なんかヤバいことした!? 嫌いになる?」
「そうじゃないよ。でもちょっとだけ嬉しかったかな、というのは伝えとくね」
「ええ……さっぱりわからない……なんだよそれ」
「いいの! はい、今宵の冒険はここまでです! お家まで帰りましょう!」
悪戯な笑みで満足そうに、花がそう言った。
ラブホテル密集地帯から踵を返す道中、花が上目遣いで声をかけてくる。
「……因みに、入りたかった?」
「……な、なんてこと聞いてくるんだ!」
「わたしにミニスカサンタコスを着させようとしたくせにっ」
「そ、それは――別にヘンなことしようって気じゃなくて、ただ似合うと思ったからで、マジでヘンな気持ちじゃないから! これだけは本当だから!」
「ふふ、わかったわかったから」
花が嬉しそうにぴょんぴょん跳びはねながら元気に進んでいく。
すると、街灯に照らされて空気中にふわふわ浮かぶものが見えた。
「わあ……蝶、見て、雪だよ」
「ホワイトクリスマスかー。ロマンティックだね」
俺は鞄から折りたたみ傘を取り出す。
「あ、蝶ってば用意良いー!! いーれて!!」
先を歩いていた花が、にこにこ笑顔で俺の元まで駆けてくる。
「あ――でもそのまえに――、」
傘を開こうとした俺の胸に、花が勢いよく飛びついてきた。
パッ――と音を鳴らした傘が、手から滑り落ちる。
「……わたしね、今はまだ……これで胸いっぱいなの。とっても幸せだから」
俺の脳内随所に設置されている花可愛いメーターがもの凄い勢いで限度をオーバーし、どんどんぶっ壊れていく。
可愛すぎて、俺があわあわしながら開いた口から出た言葉は――、
「…………お、俺もだよ」
「……ふふっ、そうだと、嬉しいな」
花は俺の傘を拾って、にっこり笑顔のままこちらを振り返る。
「お着替え大会は……お家に帰ってから、ね」
「……マジで?」
「さーて……どうでしょうかー?」
「えええ! 今日は花が意地悪だ!」
「ふふ、そんな日もあるの!」
恋人になった花との初めてのクリスマスイブは、とても大切な想い出になりそうだ。
というわけでクリスマス掌編でした。久しぶりだったので感を取り戻すのが難しかったです。
数年後、蝶と花はどんな風になっているのかな、と想像しながら書きました。
さて……残すは完結まで一本道かなと思いますので、お待ち頂ける方は気長にお待ちください!