第82話 蝶と花のクリスマスイブ②
皆とのクリスマスパーティーを終えて別れた後、俺と花は予約していたディナーのお店にやってきていた。
そんなにお金もないから高級レストランとはいかないけれど、数週間前から必死に調べて、チキンが美味しくて雰囲気の良い店を探した。
――花と、一緒に楽しいクリスマスを過ごせれば良いな……。
「予約していた蒼希です」
「お待ちしておりました」
店の入り口で予約名を口にすると、素敵な笑顔の店員さんが登場。俺たちはお洒落な店内を歩き、テーブルに案内された。
丸テーブル横の窓ガラスからはクリスマスイルミネーションが瞬いている。これぞクリスマス、恋人たちのクリスマスデートという感じだ。
「わー! 凄くお洒落なお店だ! クリスマスっぽい!」
もこのこのマフラーを外しながら、花が大きな瞳を丸くさせる。
「良かった。花が喜んでくれて嬉しいよ」
「喜ぶよ! 超喜ぶ! だって蝶が何から何まで企画してくれたんだもん。予約とか、そういうの……大変だったでしょ?」
「まあそこは電話しただけだから。どっちかと言うと、この店を探すのが大変だったかな。良いかもって思ったお店、軒並み予約でいっぱいだったしね」
お店を予約するのって始めてだったけど。電話するのって地味に緊張するんだよ。コミュ障か俺は。
「わあ……なんか蝶、大人だ」
「そうだよ。大人ですとも。発言がおこちゃまですよ、花ちゃん」
言いながら、俺は花の座る椅子を引いてあげる。
「え、やだなんか紳士っぽい……」
「どうも、紳士ですよ」
こくりとおどけてお辞儀してみる。花が可笑しそうに笑ってくれて嬉しかった。
二人で席に着くと店員さんがやってきて、予約したコースの説明をしてくれる。その間、花は借りてきた猫みたいにキョロキョロと挙動不審で面白かった。
やがてやってきた前菜のお皿を口に運びながら、花が言った。
「その……今日は……わ、わたしのために色々、やってくれたんだよね」
「え? うん。そうだけど」
当然のように答えると、目の前の花の耳が真っ赤になった。何コレ、面白い。
「どうしたの、花」
「え、えっと……別になんでも……ないんだけど、その、なんか、恥ずかしくて」
「花と楽しい時間を過ごしたかったからさ。今日、凄く楽しみにしてたんだ」
昨日なんて正直寝れなかった。夜中何回も起きてトイレ行ったり麦茶飲んだり無駄なことしまくってたら朝だったよね。でも、本当にそれだけ楽しみだったから。
「も、もう……そんなの、わたしもだよぅ!」
みるみるうちに顔が赤くなっていく花。そんな彼女の姿を見ていると、なんだかこっちまで熱くなってくる。俺たちはお互い頬を染め合った。
「やだ、蝶……わたし、凄い幸せだよ」
「俺も幸せだよ。花」
「うわーん、蝶がまたそういうこと言ってきた! これ以上はダメ! 顔が燃えちゃう!」
「俺は花と恋人になったときから、燃えまくってるよ」
「きゃー! なにそれやめてー!」
酒が入ってるわけでもないのに、場の空気に酔ってしまったのか、お互いに恥ずかしいセリフを連発する俺たち。
そんなとき、メインディッシュのチキン料理を手に持った店員さんが微笑みながら俺たちの中央に立った。
「わたくしどももお客さまの幸せそうなお顔を見られて大変幸せでございます。どうぞ、ごゆっくりお楽しみください」
「…………うっ」
「…………はぃ」
花と一緒に、もう死にたいくらい顔真っ赤になりました。
気を取り直してチキン美味しい美味しいって高校生らしく二人でガッついていると、店内でささやかな拍手が上がった。
どうやら歓声は近場のカップルに向けられたものらしかった。
男性は嬉しそうに頭を下げていて、女性のほうはときおり眦を拭いながら、大事そうにケースを持っていた。
「……プロポーズかな」
「……いいな」
ぽそりとそんなことをぼやいた花の言葉を、俺の耳は正確にキャッチした。
「やっぱ良いんだ、ああいうの」
「だってほら、二人とも凄く幸せそう。これから結婚式とかして、一緒に暮らしたりするのかなとか思うと、やっぱり憧れちゃうよ。一生を添い遂げるパートナーになるんだもん」
夢見る乙女状態の花が、うっとりしていた。
然るべきときが来たとき、絶対にこういう感じでやろうと決意した俺だった。
――と言っても俺も花もまだ高校生だ。自立できているわけでもなんでもない。そういうのはまだ早いだろう。
って、かつて結婚の約束をした俺が言うのもあれだけど……。
当然俺はいずれ花と結婚する気満々だ。俺が将来結婚するのだとしたら、その相手は花しかあり得ない。
花は……そこら辺をどう思っているのだろう。
もちろん恋人なのだから、俺のことを男性として好きで居てくれているのは伝わってくるけれど、「え~、結婚はまた別だよ」とかある日突然言われたら寝込むぞ俺は。
いや、俺が重すぎるのかな? わからん……。
うん。とりあえず、……まだその手の話をここでするのは違うかなと思った。
チキン料理後のデザートを食べ終えたとき、俺は鞄から包みを取り出した。
「大人のプロポーズの後だと……あれかもしれないけど」
「え、嬉しい! プレゼント?」
「あのプレゼント交換じゃ花に当たらないと思ったからさ」
「うふふ。でも実はわたしも同じこと考えてました! はい、どうぞっ」
花が同じように鞄から包みを俺に渡してきた。
「マジ!? え、やった! まさか花からももらえるとは思ってなかった」
「あーヒドい。蝶がわたしを思ってくれているように、わたしだって蝶のこと大好きなんだよ?」
「……ふふ。今、自分で言ってて照れたでしょ。耳がまた赤くなってる」
「い、言わないで……恥ずかしいから」
俺たちはお互いにプレゼントの包みを解いて、中身を取りだした。花からのプレゼントは、真新しいレザーのサイフだった。
「え、何コレ高そう! どうしたのこれ!」
「えへへ……奮発しちゃいました。実は秘密で短期バイトしてたの。それで――って! 蝶もこれ、人気のルームウェアじゃん! 蝶こそどうしたの」
「同じく短期集中バイトしてました」
因みに二人で働いてたバイト、めちゃ近所だった。もはや運命通り越してる感ある。
俺たちはお互いに偶然的な幸せに思いを噛みしめながら、昼間にやったパーティーのことだったり、学校のことだったりたわいない幸せな会話をしながら、クリスマスディナーを楽しんだ。
* * *
ディナー後にお店を出て、駅広場のイルミネーションツリーを見に来た俺たちは、寒空の下で二人がけのベンチに座っていた。
「イルミネーション綺麗だね」
「うん、綺麗」
肩を寄せ合いながら、俺たちは色とりどりの電飾を見つめる。
「わたし、いくつになってもクリスマスって好きなんだー。クリスマスソングとサンタさんが溢れる町並みを歩いているだけで幸せになるし、チキンが食べたくなる。そうやってクリスマスムードが勝手に盛りあがるの」
「あ、でもそれは俺も同じだな。なんだろう……感覚似てるのかも。小さいころクリスマスパーティーとか一緒にしてたからかな」
「そうかも。蝶パパとウチのお父さんがサンタさんやってくれたの覚えてる? わたしたち、偽物のサンタさんだ! ってモノとか投げたりして戦ったよね」
「アハハ、懐かしいな。あったねそんなこと……ああいうの楽しかったよな。いつもウチでケンタッキーパーティーしてたっけ」
「あ~それで一つ思い出しちゃったよ! 蝶がチキンを早食いしてね、その食べ終わった骨をわたしに渡してくるの。花はこれを食べろって、もう食べられないじゃん! ってわたしも泣いたりしてたなあ。ふふ、懐かしい」
「そ、それは……冗談のつもりだったのに花がすぐ泣くから。母さんに良く叱られてたな……そういえば」
「それは蝶が悪いからじゃん! 今だから言うけど、小っちゃいときの蝶は結構意地悪だったよ! いろんなことでわたし泣かされてたもん!」
「それはごめんって。あのときは子供だったからさ。……ところで今の俺は? 意地悪なの?」
「そ、それは……その、優しいけど……」
「もう一回言ってみて」
「やだ! もう! そういうところ、やっぱりちょっと意地悪だよ!」
「それは……その、花が可愛いからだよ。つい、イジメたくなっちゃう、から」
「ま、また……そういうの! うぅ……」
「……今日のクリスマスムードは、花的に何点?」
「100点満点!」
「そういうところで素直なのが、本当に……花は可愛いというか」
ぼやきながら俺の耳が密かに赤く染まったとき、花はかじかんだ手を温めるために指先をさわさわしていた。
「うぅ、結構寒いねぇ」
「俺の手、温かいよ。ほら」
「え、ホントだ。」
俺の手をきゅっと優しく包んでくる花。花の手は冷たかったけれど、俺の体温も混じって徐々に二人の手が温かくなっていく。
「えへへ、蝶の手、温かくて気持ち良いね。こねこねしても良い?」
「こねこね……好きにしなよ」
「やったあ~」
それから花はしばらく俺の手をこねる。でも寒いことに変わりはないらしく、やたらと足をぶるぶるさせていた。
「そんな短いスカートで来るからだよ。もっと温かい格好してこないと」
「あーヒドい! 必死に悩んだコーデなのに」
「見てるだけで寒そうだよ」
「可愛くない……?」
「え? それは……可愛いよ。めちゃくちゃ……凄い好き」
「ふふ……じゃあ我慢してるかいがあったね。そのためのお洒落だもん。それに――」
突然花が、こねこねしていた俺の手を引っ張った。
途端に、俺の手のひらが尋常じゃない柔肌と柔肌の谷間に滑り込む。
「太ももは結構温かいもん」
……え? 何コレ、何が起きたの?
俺の手は、花のミニスカートから伸びる白い太ももの間に滑り込んでいた。
俺はポカンとした表情で花を見つめる。
花は、俺と目が合うと恥ずかしそうにプイと顔を反らした。
「…………」
「…………」
ま、まずった。花的には軽い冗談っぽい感じの返しを期待してたのかもしれない。
すぐに俺は魅惑の太ももから手を引き抜き、後頭部を掻きながら、
「あ、その……温かかった……です」
「……っ! そ、そうでしょ。温かいんだもん、わたしの太もも」
若干ヘンな空気になりつつも、なんとか軌道回復する俺と花。
いやていうかもう柔らかすぎてもうダメというかなんというか俺も男なんでなんというかもうそういう身体の接触は良くないというか正直もうああもうっ……!
「そろそろ帰ろうか。あんまりジッとしてると風邪引いちゃうし」
「……ええー。もう少しクリスマスムードを楽しみたいな」
「じゃあもうちょっと居ようか。どこか行きたいところとかある?」
「んーじゃあねえ、冒険したい! 小っちゃいとき良くやってたやつ」
花が無邪気な笑みで白い歯を見せる。まさか花からそんなことを言ってくるとは思わなかった。
俺が呆けていると、ベンチから立ち上がった花が俺の腕にぎゅっと抱きついてきた。
「ね、行こ」
上目遣いはズルいんだよなあ……。
――冒険。
小さいころ、良くやっていた俺と花の遊びだ。自分たちの知らない場所へ歩いて行く遊び。(主にやろうと提案するほうはいつも俺だったが)子供の頃は知らない通りに出たり、人気の無いところに行くことだけで楽しかったけど、スマホのある現代じゃ迷子になりようもないから、あまり冒険っぽくはないかもしれないけど。
「よし、久しぶりに冒険しようか」
「やったー!」
そして、駅前広場から繁華街やらを練り歩き、あまり自分たちの歩かない方向にわざわざずらしたりなんなりをして辿り着いた先は――、
なんと――――ラブホテル密集地帯だった。
冒険、良くやったんです。子供の頃……楽しかったなああの頃……。
さて、クリスマス掌編は③で終わりかな? 一応来週更新予定です!