第79話 嫉妬し合い午後六時ヤキモキロンリネス
花から可愛らしいお誘いのキス? を逃してしまった俺はいくらかの気まずさを内に秘めながら家までの道のりを歩いていた。
付かず離れずの距離を保ちながら花と並んで歩き続けていたけど、段々彼女の歩行スピードが上がっていることに俺は気が付いた。
「花?」
「あっ」
声をかけつつ俺は歩を止める。
すると、花も気が付いた様子でこちらを振り向いた。
――やっぱり、キス拒んじゃったこと……気にしてる。
そりゃそうだよな。花の一言は、軽く誘うニュアンスだったけど、それはきっと照れ隠しで、相当勇気を出した結果なんだ。
顔真っ赤で可愛かったけど……。
ここは正直に言ったほうがいいのか? 餃子食いすぎたんですって。でも、なんだか自分が情けなくなってくるな……。とか思いつつ、平然を装う俺。
「花、何か用事あるの?」
「……ううん」
「じゃあ……もっとゆっくり帰ろうよ」
「ん、うん。……そうだね」
そのまま綺麗な夕焼け色の空の下を二人で歩いていると、大胆に胸元を露出させたお姉さんとすれ違う。
当然、俺の瞳も一瞬だけだがそこへ吸い込まれる。
もうこれはしかたない。しかたがないんだ……。でも俺はふとしたときにチラっと見えてしまう背徳的なエロが好みだ……! って何言わせんだ!
ふと隣を歩く花にチラっと目をやると、彼女はむっとした顔でじっーと俺のことを睨んでいた。
「……な、何?」
「別に……なんでもないけど」
「でも、不満そうな顔してる」
「…………」
「……遠慮せずどうぞ」
「……さっき……すれ違ったお姉さんのこと、見てた」
耳横の髪を指で絡めながら、頬を膨らませながら言う花。
「あ、あぁ……まあ、なんか……凄く、派手だったから」
塵ほども気にしてなさそうな感じで言う俺。非童貞感を演出しようとするも、失敗している気がしてならない。
「蝶はさ……ああいう、格好……好き?」
「え、いや、俺は……その、花の制服のほうが……す、好きだな」
「制服、好きなの?」
「え、う、うん……」
なんか墓穴ほってね? 制服好きってなんか変態感ハンパないじゃん。
「ふぅん」
今度の花は少し頬を緩めながら軽やかな調子で言った。俺は話題を変えようとする。
「そ、そういえば、花は……伊波匠と仲良いの?」
結局、二人はどんな会話をしたんだろう。花は、彼のことをどう思っているんだろう。
「うーん……まあ、仲良いと言えば良いほうだけど、お芝居の面で見たなら友達というよりは先輩って感じかな」
「文化祭、案内してるんだったら、そう教えてくれても良かったのに……わざわざ隠さなくたって……」
「……それは、その」
花が足を止めて、ゆっくり振り返る。
「蝶を……あんまり心配とか……させたくなくて、その」
「んー……まぁ、見ちゃたんだけどね。花からメッセージが届いたとき、ちょうど二人が一緒に居るところを」
「え、ほんと!? 見てたの!?」
「うん。たしか……ラブラブ、してたかなぁー」
花に視線を移らせると、彼女は顔を真っ赤にして俺の服に掴みかかってくる。
「え? え? してないよ、絶対してないもん! それ絶対人違いだから! もう、ずるいよ! そうやって仕返ししてくるのはダメなのに! 蝶っ!」
俺の服をぐいぐい引っ張りながら、瞳を潤ませる。いじめ過ぎてしまった。ごめん。でもかわいい。
「ていうか……そんなこと言ったら蝶だって! ……柊さんと一緒に文化祭回ってたんでしょ? ……それ一緒だもん」
「え、なんで柊さんのこと知ってんの?」
「わたし達より一歳年上の美大生なんでしょ。蝶が帰った後に少しお話したの。中学生のとき……告白、されたんでしょ?」
顔を俯かせて、しょんぼりしながら言葉を濁らせる花。
「ふわふわしてて……なんか、凄く……かわいい人だよね」
「……あの、花?」
「……背はわたしより小さかったけど、……胸とかおっきくて」
自分の胸に手を当てながらキッと俺に視線を移動させる花。
「蝶は……柊さんのことどう思うの? やっぱり……かわいいとか綺麗とかって思う?」
「え?」
そのとき、ポロリと花の瞳から雫がこぼれ落ちた。
「あ、あれ? 嘘。涙でちゃった。……あの、ち、違うよ! 泣くつもりなんかじゃなくて……その……ほ、ほんとだから!」
花が子供のようにムキになって主張してくる。そんな花を見て、俺の胸はいつのまにか愛おしさでいっぱいになっていた。
「……泣かせちゃってごめん。意地悪しちゃった。でも、大丈夫だよ。俺にとっては花が……一番、かわいいから。花のこと、大好きだから」
花の肩に手を置きながら、俺は正直な想いを伝える。
付き合っていても、こうやって面と向かって真面目に“かわいい”、“好き”と伝えるのはやっぱり照れくさいな。
「……じゃあ、ぎゅうって……してほしい」
「……い、いいよ」
花が潤んだ瞳で俺を上目遣いしてくる。その小さな手のひらは、彼女の胸の中で不安そうに丸まっていた。
俺はゆっくりと花の背中に手を回して、優しく抱き寄せる。
「…………」
「…………」
優しい温かさと柔らかさが指先に触れる。そして、ゆっくりと染み渡るように気持ちよさが全身に浸透する。幸せな気持ちのまま、俺は花の小さな身体を抱く。
瞳を閉じて、幸福を噛みしめる。
ずっと、こうしていたかった。
次第に花の腕が俺の背中に回ってきて、花は俺の胸に顔を埋めた。
「……ふふっ」
今日の花はなんだか積極的だ。そしてくすぐったい。
自然と口角も上がり、にやにやしてしまう。このままじゃ気持ち悪い俺爆誕でこの癒やし空間が台無しになってしまうじゃないか!
「……蝶の身体、あったかーい」
「そうなの?」
「……うん。……ぎゅぅー」
そんなことを口に出しながら、小さな身体に力を込めて俺を抱きしめてくる花。その健気な姿に、キュン死する俺。ふにゅって感じで柔らかい胸やら何やらが押さえ付けられ、理性を保つことが難しくなってくる! ああ難しい! ああもう!
このままではまずい、俺のダイナマイトエレクトリカルが花に衝突する前に離れなければ……!
でも花はいいんだろうか。胸が当たってること、わかってる……よな? まさか、わざとやってるってことなのか……? そういうの、女の子は嫌なんじゃ。
「なんか、おちつく……」
思考する俺の脳内に、花の気の抜けた声が聞こえてくる。
「……なら良かった。セルフサービスだから、いつでもどうぞ」
「もう、バカ」
余裕ぶった大人発言ハンパねーな俺。滲み出る27歳イケメン感パネーわぁ。
でもこんなこと言ってても心臓バクバクだから聞こえてたらマジ恥ずかしい。
そんなとき、付近でシャッター音が鳴る。
当然、俺と花は音がした方向に目を移す。
「あれ? マナーモードにしてたわよね? ……あ。やば」
母さんだったよね。
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