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蒼き蝶に赤き花  作者: 織星伊吹
第3章 蒼き蝶に赤き花
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第76話 ぼくの将来の夢は、伊波匠になることです。


「あぁ? 今度はなんだ? 次から次へとわけわかんねーなぁ」


 金髪オールバックのウィンが、苛立った様子で後頭部をかきむしりながら伊波匠を睨み付ける。一方の伊波匠は毅然としていた。


「ここは舞台劇を見るところなんですよ。役者さんへの差し入れなら、舞台が終わった後にしてください」


「は?」


 口をぽかんと開ける金髪オールバックに対して、伊波匠はニコニコとした柔らかな表情のまま、対応を続ける。


「テメェ……バカにしてんのか?」


 苦笑していた金髪オールバックが、徐々に真顔になっていく。そろそろブチ切れそうだった。


「……わかりませんかね。あなたにはこの舞台を観る資格が無いって言ってるんだ。……僕、これでも凄く怒ってるんですよ」


 伊波匠の瞳が、冷たい色彩へと変わる。その表情には金髪オールバックにも負けず劣らずな迫力があった。


「……ムカつく目だ」


「それはどうも」


 伊波匠がニヒルな笑みを浮かべたそのとき、金髪オールバックが拳を飛ばす。

 ――パシン、と気持ちの良い衝撃が響き渡った。


「プロボクサー志望なもので……役ですけどね」


 目を丸くした金髪オールバックが、掴まれた手を振り払い、面白くなさそうにぼやく。


「お前……熊沢が言ってたヤツだな。確か……蒼希、か」


「だったら、なんですか?」


 表情一つ変えずに返答する伊波匠。


「この女に手を出そうとした途端に現れたからな。お前はなんだよ、この女に惚れてんのか? 彼氏かなんかか?」


「ふふ、彼氏なんかじゃありませんよ。……でも、彼女のことは好きだ。心の底から応援してる、だから邪魔はさせたくない」


 俺の目の前で、伊波匠が格好いいことを言った。

 彼氏である自分を差し置いて、まるでテレビドラマのセリフのようにキザなことを。


 そもそも、彼は花から招待されてここにやって来たのだろうか。

 だとしたら、俺はとてもショックだった。


 目の前で巻き起こる想像以上の出来事に、俺はただ立ちつくすことしかできない。思考は延々と同じところでループするし、身体の芯が固まってしまって、なんだか足先までジーンとする。


 花と自分の関係に悩み、迷ってばかりで結局なんの答えも見いだせないままの俺と、迷いなく貫き通す伊波匠の強い言葉。当然、彼の言葉が通った。


 たった今、花を中心とした争いが起こっているのに、俺は部外者でしかない。俺の言葉には、なんの力もない。


 それに、さきほどの伊波匠が言った、“好き”というのは、どういうことだ。


 動揺してしまって、上手く考えられない。舞台上にいる花が、今どんな表情でいるのか検討もつかない。むしろ、今目を合わせるなんて死んでも嫌だった。


「愛の告白かよ」


「違う。純粋なファンとしてだ」


 石のように固まってしまった俺など関係なく、時間は進んでいく。


 今だ。今からでも良い。口を挟むんだ。

 大丈夫だ。さっき俺の名前が出てるんだ。少し恥ずかしいけど、花の彼氏であることを宣言して、金髪オールバックには穏便に退場してもらおう。そうだ。それで良いんだ。


「……っ」


 ――でも、……声が、でなかった。


「とにかく早く出てって下さい。……まあ、少し前に警察に連絡は済ませてるんですけどね」


「は? 警察? お前、バカじゃねーの? ふざけんなよ」


 何やら心当たりがあるらしく、男は焦った様子で辺りを見渡しながら、早急に逃げ去っていった。本当に、あっと言う間の出来事だった。

 辺りがシーンとした後、やがて盛大な拍手が巻き起こる。


「す、すげぇー!」

「格好良いー、本当のドラマみたいだった~!」

「てゆーか本物の伊波匠!? 一緒に写メ撮って下さい~!」


「本当に邪魔しちゃって申し訳ありませんでした。ああ、警察なんて呼んでませんから安心してください」


 先ほどまでの挑発的な表情とは打って変わって、親しみやすい表情で芸能人らしからぬ腰の低さでぺこぺこと頭を下げてから、俺と視線を合わせる。


 驚くべきことに、彼はそのまま俺に近寄ってきた。


「君、大丈夫?」


「……ああ」


 完璧だった。みんなのヒーロー。美人にだけ優しい絵に描いたようなクソイケメンなら良かったのに。でも、違うんだ。テレビで聞きかじった通り、恐ろしく性格が良い。


 それに比べて俺は――。



 俺の無事を確認すると、次はミッチーのほうへ歩み寄っていく伊波匠。


「君は大丈夫? ……ってそんなわけないよね。思い切り殴られてたし……今から保健室行こう、おぶって行くから。案内してよ」


「……あ、ああ。悪いな…………クラフトマン」


「へ? なんて? くらふと……? え?」


「あ、わたしも行きます! ミッチーさん、クラフトマンさん!」


 伊波匠と柊さんに肩を持たれながら、ミッチーは立ち上がった。


 どうしても比べてしまう。最高に格好いい彼と、最低のウジウジ虫の自分を。

 気にするな、と何度も心の中で抗った。だけど結局嫉妬してしまう。


「……蝶」


 ステージの上で、花の声が聞こえた。

 俺はステージに背中を向けたまま、振り返ることができなかった。本当はちゃんと話がしたいのに。

 でも逆のことをしてしまう。なんでなんだろう。


 固まっていた足が動き出す。俺は、花から逃げようとしていた。


「蝶……あのね」


「…………」


 この場に居たくなかった。とても惨めな存在に思えてしかたなかった。

 頭の整理が付かないまま、俺は自分のことがどんどん嫌いになっていく。


「蝶……待って!」


「……お、おいバタフライ!」


「蒼希くん!?」


 気にかけてもらって嬉しい持ち。今は放っておいてくれという気持ち。いじけたへそ曲がりな気持ち。そのすべてをぐしゃぐしゃにした感情のまま、俺は体育館を飛び出した。



 * * *



 文化祭の翌日で代休となる今日、俺はベッドで寝転んだままぼうっと天井を見上げていた。

 流石に勉強でもするか、と机に向かうと、否応なしに視界に入り込むカーテン。その奥には窓がある。


 ――今頃花は何をしてるのかな。


 俺は自分からカーテンを閉めていた。昔は話をすることもできなかった花への部屋に続く唯一の可能性だったせいか、夜以外ははいつでも開けていたのに。


 参考書のページをめくりながら、大きな欠伸をする。まったく集中できなかった。

 そういえば、柊さんにちゃんと挨拶したかったな。また突然の別れになってしまった。でもあの人とはまたいつか会えそうな気がしなくもない。


「ああ~、ダメだなこれ。外出よう!」


 階段を降りると、玄関を掃除している母さんと鉢合わせる。


「あ、蝶! たまには花ちゃん連れて来てよ~! 母さん寂しい~」


「自分で会いに行けよ、家隣なんだから」


「家が隣の彼女なんて羨ましいわね~……ていうか、夕飯前にどこ行くのー?」


 ニヤついている。何か良からぬことを考えているのだろうと予想する。


「散歩!」


「うふ、行ってら~」


 母親の愉快な表情を見ていると少し気が楽になった気がした。

 家を出て、花の家を見上げたまま通り過ぎる。外に居たりしたらどうしようと思ったが、その心配は無用だったらしい。少し寂しいけれど、ほっとする。


 車の少ない通りをただひたすら歩き、誰も居ない空地に入る。

 なんだか、昔の自分に戻った気がする。ついこの間まではあんなにもイチャイチャ……じゃなくて甘い雰囲気だったのに。


 花は……これからも手の届かない人になっちゃうのかな。


「……あ、ハチが潰れて死んでる」


 暗っ……! お前何一人で誰と喋っちゃってんの!? 気分転換するために外出したんだろうが! ふん、陰キャの蒼希ですよまったく。


 花が伊波匠と浮気みたいなことをする娘じゃないってことは俺が一番わかってるのに。でも、なんでこんなにも苛立ちとか、不安を感じてしまうんだろう。


 やっぱり、俺は自分自身に腹が立ってるんだ。超絶スーパーイケメン俳優人3の伊波匠なんかと張り合ってどうすんだよマジで。アホか。


 ……でも、やっぱり変わりたいよな。そんなこと、気にしなくなれるように。

 花のためにも。俺自身の為にも。


 ――よし! 俺は叫ぶ。

 だから一瞬だけ許してください近所の皆様!


 胸に思い切り空気をためて、それを一気に吐き出す。


「お前イケメン過ぎだろふざけんなよマジで! その顔面と地位と性格全部俺に寄越せ! うぉぉぉぉっー!」



 正直快感でしかなかった。ヘンな性癖に目覚めそうなくらい。……つうか全部じゃねえか! それ!


 ああ、将来の夢伊波匠にしようかな。はは、気が触れてやがる。今の俺は狂喜に満ちてるぜ。まぁ幼稚園の頃の俺の夢マルマインだったけどさ。


「……蝶?」


「…………え?」


 目を疑った。

 空地の入口に、私服姿の花が立っていた。



超絶スーパーイケメン俳優人3になりたい…………切実に。

やっぱあれですかね、バージョン上がっていくことやることなすことイケメンに感じるんですかね。おっと、ラノベでやったらわりかし面白そうなネタなような気がしてきたぞ。ギャグになるけど。

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