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蒼き蝶に赤き花  作者: 織星伊吹
第3章 蒼き蝶に赤き花
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第74話 バタフライ・ジェラシー


「ふふっ。でも、蒼希くんがそう言ってくれるなら……案内、してください」


 柊さんは悪戯に微笑んで、俺の服の袖を軽く引っ張る。

 そんな些細な行動に俺はついドキリとしてしまう。


 少しの罪悪感。でも、男子高校生なら女子にこんなことされれば誰だってこうなるだろ。前に告白された人でもあるんだし……。


 うん、大丈夫だ。男として、多分正常だと思う。


「…………」


「蒼希くん? どうかしましたか?」


「あ、いや……大丈夫です。じゃあ、行きましょうか」


「ん?」


 柊さんが頬をにこりとさせながら、無邪気に首を傾げる。

 肩に垂らした栗色の巻き髪。主張しすぎずも綺麗な色の唇。甘い、バニラの香り。

 大学生になった彼女はとても大人っぽい顔つきで、気が付くと見惚れてしまっている自分がいる。


 今のこの感情を花に覗かれたりしたら、怒られてしまいそうだ。

 だけど――俺の彼女は花だから。心の底から好きなのは花だけだから。


 それだけは、嘘偽りの無い絶対的な俺の中で最も強い感情だった。


 * * *


 その後、俺と柊さんは当てもなく辺りを歩いていた。

 途中、出会った知り合いに妙な冷やかしを受けたりもしたが、俺と彼女はそんなんじゃないとキッパリ言い切った。


「すいません、なんか」


「ううん、別に気にしてないです。それよりも何か食べたいです! 何が美味しいんです? もしまずかったら、蒼希くん罰ゲームですからね?」


「え? それリスク負うの俺だけじゃないですか」


「そうですよ。わたしと一緒に歩くっていうご褒美をゲットしてるわけですから」


「わーい。ならしょうがないかなー、嬉しいなー」


「感情のこもってない声! 傷つきました!」


「そっちもテキトー言ってるの伝わってきますけどね」


 にこにこ笑顔の柊さんを横目に、俺は呆れたように呟いた。すると彼女はぐいと俺に近づいてきて、キャンバスを凝視する芸術家のような顔で言った。


「油性ペンで顔にアーティスティックな作品を描いてあげますよ」


「そんなとこであなたの美術家的なキャラ属性はいらない」


「ふふ、蒼希くんって面白い。君、芸人?」


「やたら芸人推してくるな柊さん」


 そんな下らない話を続けながら、俺たちはとあるクラスが開いてる飲食店に入った。

 愛らしい手作りエプロン姿の女生徒に注文し、軽めの昼食を取りながら柊さんとの思い出話に浸っていると、教室内が何やら騒がしいことに気が付いた。


 皆、慌てたように教室から飛び出していく。廊下からは甲高い女子の声も響いてくる。


「……何かあったんですかね。殺人事件?」


「まずそこに行き着く思考が柊さんが変人たる由縁ですかね」


「あら失礼しちゃうんですけど。変人って言ったほうが変人なんですけど」


「なんでそこで張り合うの? ホント柊さんって変わってる」


 特に表情の変わらない柊さんに俺は呆れた笑みを返しながら、席を立った。


「ちょっと様子見てみましょうか。何か面白いものが見れるかもしれませんよ」


「おじさんの裸踊りを期待します」


「それホントに見たい?」


「あんまり」


「余計なこと言わないほうがあなたの為になることを教えておきます」


「だって……言いたかったんだもん」


 自由人過ぎる……と心の中で思いながら二人で廊下に出ると、もの凄い人だかりが出来ていた。その様子を見た柊さんが、驚愕の表情で言う。


「まさか……誰か油田を掘り当てた?」


「柊さん、シリアス顔で言ってもダメですよ」


「……あ、お化け屋敷ですって」


 ……いや、スルーするんかい。いや、別にいいけど。

 妙な靄が心に残りつつも、俺は柊さんに続く。


「混んでるみたいですね」


「叫び声聞こえますよ~、怖そうです」


 怯えつつも楽しそうな顔の柊さん。

 お化け屋敷の出入り口を複数人の生徒が取り囲んでいる。確かにウチの高校のお化け屋敷は文化祭でも一、二を争う人気スポットだ。でも、だからって騒ぎすぎなんじゃないか。


 そんなとき、突然沸いた歓声が聞こえてくる。


「蒼希くん、何が見えるの? ……わたし、全然見えない~」


 隣で必死に背伸びをする柊さんの横で、俺はポカンと口を開けた。


「……伊波……匠」


 テレビの中でしか見ることのない筈の人が、お化け屋敷の出口から出てきたところだった。


「伊波匠? 誰ですかソレ」


 柊さんマジか華の大学生なのにマジか。最近テレビ見ない人は多いと言うけど、マジか。


「今をときめく売れっ子俳優じゃないですか。名前だけでも聞いたことは?」


「無いです。わたしテレビあんまり見ないもん」


「さっきは大人の恋愛ドラマとか良く見るって言ってたのに!」


「うぇ、バレた」


「なんですぐバレるような嘘つくの! とにかく……人気の芸能人ですよ!」


「ふぅん……そうなんだ」


「普通女子なら喜ぶもんかと思うんですけど」


 寧ろ俺のほうがテンパってるまである。初めての生芸能人だし。


 視界の中の伊波匠は、眩しすぎる笑顔を振りまきながら、握手を求めてくる女の子たちに応えていた。


 ――ていうか、やっぱ格好良いな。テレビで見るよりもずっと……男の俺から見てもそう思うし。

 でも、なんでこの学校に来たんだろう。ウチの文化祭は予算を大分回してくれるから、サプライズで人気歌手を呼ぶみたいなことは過去にやってたって聞いたことがあるけど。


 …………それとも。


「蒼希くん、蒼希くん! 何ぽけっとしてるんですか」


「……え? って、あっ……伊波匠が居なくなってる!」


 気が付くと、伊波匠は忽然と姿を消していた。その場に残ったのは、未だ醒めない夢の中で狂喜乱舞する女生徒たちだけ。


 まるで伊波匠を探すみたいにきょろきょろと忙しない俺を横目に、柊さんが口を開いた。


「蒼希くんは……男の子なのに伊波匠さんに会いたいんですか?」


「へ? 俺が……会いたい?」


 確かに彼女の言う通りだった。別にそれほどまでファンってわけじゃない。それなのに、どうして俺はこんなにも彼の姿を探しているんだ?


 いや、本当は理由なんてわかってる。


 あのときのことが、やっぱりまだ……。


「なんかさっきから落ち着きないですよ? 焦った顔してるし……有名人だから?それとも……もしかしてホモさん?」


 柊さんは和やかな笑みで凄いことを聞いてきた。


「仮にも一度告白した男によくもまあそんなこと聞いてきますね」


「だってわたしってばもう大人ですから。うっふんでセクシーな感じの」


 柊さんが自分なりのセクシーポーズを取る。うーん……なんとも言えない。ということで、特に感想も告げないまま俺は彼女に提案する。


「柊さん……伊波匠、ちょっと探してみようよ」


「どうしてですか?」


「いいから」


「えぇ?」


 ――伊波匠は、花に会いに来たんじゃないか?


 彼を一目見たときから心の中で肥大化しつつある思いを馳せる。

 花は彼と面識がある。お互いに連絡先も交換しているし、何より花は伊波匠のことを君付けで呼んでいた。


 きっと、そこそこ親しいのだと思う。出会いの切っ掛けは花がスカウトされた事務所でだと言っていた。


 ってことは――花が芸能界デビューするときは伊波匠と同じ芸能プロダクションに所属するということだ。初めて聞いたときは有名人と知り合いとかスゲえとしか思わなかったけど、冷静になって考えてみるとそういうことだよな。


 きっと、俺は……不安なんだ。花が、伊波匠に会うことが。


 灼いているんだろうか。まさか芸能人に嫉妬してんのか俺は。そんなバカな。

 伊波匠とはただの友人関係かもしれないのに。

 こんなの、良く見聞きする恋人同士の些細ないざこざの一つだろ? アイドル好きな彼氏に頬を膨らませる彼女みたいな。あれ、そう聞くと結構可愛い気がした。


 でも、俺の中での疑念はどんどん大きくなっていくばかりで、自分が途端に嫌な奴になったような気がした。


 ――花は、伊波匠が来てること、知ってるのかな。


 俺は何気なくスマホを取り出すと、メッセージが届いていた。


『ごめん。時間無くなっちゃった、飛谷くん達と一緒に回ってて。後で行くね!』


 委員会の仕事が忙しいのだろうか。

 せっかく……、花と一緒に学内デートできると思ったのにな。


 スマホをポケットにしまうと、柊さんが前方を指差した。


「ぁ、蒼希くん! あの人じゃないかな?」


 俺たちの視線の先には――伊波匠。


 そして、その隣には、一緒に歩いている花が居た。



嫉妬は英語でジェラシー。同じ意味なのに、音が変わると大分イメージが変わりますよね。そして今回のサブタイ、なんか響きがお洒落で気に入ってます。

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