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蒼き蝶に赤き花  作者: 織星伊吹
第3章 蒼き蝶に赤き花
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第71話 再会の秋


「遂に明日は文化祭だね」


 軽快なステップを踏みながら、ご機嫌な表情の花が振り返ってきた。


「そうだね、楽しみ?」


「楽しみだよ! なあに、蝶は違うってこと?」


 ぷくっと頬を膨らませて、顔をぐいと近づけてくる。


「た、楽しいっ……です」


 いきなりのことで動揺したせいか、俺の返答はもはや現在進行形だった。


「ふふっ、なんでもう一人で楽しんでるの! ずるいっ! ……えいっ」


「いひゃい」


 頬を優しく抓られる。

 ――あぁ、幸せ過ぎる……心がとろけてしまうっ……!


 紅葉が深まる秋に季節が変わっても、俺たちの関係は別段変わっていなかった。

 休日は二人で映画を観に行ったり、カラオケに行ったり、二人きりのデートも回数を重ねる毎に、緊張よりも純粋な楽しさのほうが強くなってきた。


 ……キスは、正直あれ以来できていないんだけど。でも、俺たちはゆっくりで良いんだ。焦らないで、自分たちのペースで歩んでいければと思っている。


「でも、花は委員会の仕事があるんでしょ?」


「うん、そうなの。だからずっと一緒には回れないんだ……ごめんね?」


 花が両手を合わせて申し訳なさそうにギュッと目を瞑る。

 もう狙ってるんじゃないかと思うくらいには愛らしい攻撃である。……抱きしめたい! そんな感じで毎日がジェットコースターなのである。


「当日は大変だよね。毎年ウチの文化祭凄いし」


「今日だって蝶が手伝ってくれなかったらヤバかったよ。ホントにありがとね」


 ウチの学校の文化祭はこの辺じゃダントツの知名度だ。以前テレビの取材を受けたこともあるらしく、学校側も大分力を入れているというわけだ。

 しかし、それに伴い準備にも多大な時間が必要となってしまったらしい。


 ――俺たちは、そんな文化祭を明日に控えていた。


「ううん、全然平気だよ。俺、花の彼氏だもん」


「……んっ。そ、そーいうの……なんか照れちゃうね……」


 花は恥ずかしそうに顔を俯けながら笑った。

 それから、やたらともじもじを始める。


「……ねぇ、蝶」


 ちょっと甘めの声。

 なんとなく、その奥に望んでいるものがわかってしまう。


「ん?」


「手……つ、つなご」


 珍しく、花からお誘いが来た。

 緊張してる感じが、手を差し出す動作からひしひしと感じる。大体手を繋ぐときは俺からが多いから、新鮮でとても嬉しかった。


「お、珍しい」


「だ、だって……なんか今日は繋いでくれなさそうだったんだもんっ」


「花からは言わないもんね」


「なっ、むう……そ、それじゃあ……やめるもん!」


 ふんっ、と唇を突き出して早歩きを始める花。


「嘘だよ、嬉しい! 超嬉しいよ! はい、手繋ごう」


「…………」


 手のひらを差し出すと、彼女はじーっと俺の手を見つめ、そっと手を滑り込ませてきた。……なんか動物っぽいな。


「こ、今度は……蝶が言ってね……」


「え? 何が」


「も、もういいよ! 別に……いいもん」


「はは、変なの」


 ぎゅっと強く握られ、肌を通して花の体温がゆっくり伝わってくる。

 こうしていると、心身共に幸せな気持ちになれる気がする。


 * * *


 この学校は文化祭の開催日初日から一般参加が可能なため、委員会は朝から大忙しいらしく、花とは一緒に登校することができなかった。


 その上、お昼まではやっぱり仕事があるらしく一緒に回れないと言われてしまった。

 ……というわけで、俺は健治とミッチーとパンフレットを開きながら学校内を回っていた。


「蝶ここだ! 二年二組のメイド喫茶はレベルが高けぇらしい! 行くぞ、みんな俺の専用メイドにしてやるぜ 待ってろFカップ美小女!」


「……いいや、待ってくれよ。それよりもココに注目してくれ。押し花大会があるじゃねえか。これは行かないわけにはいかないだろう」


「押し花の大会って何すんだ……」


 ふうむと顎に手を置くミッチーに呆れながら、流石に出し物のジャンルが豊富だなと関心する。


 ウチの文化祭では出し物をダブらせることが出来ない。クラス、委員、部活でそれぞれ出し物をやるのはもちろんだが、委員会からの許可さえ降りれば好きな者同士でグループを作ったり、個人出店も可能だ。


「……あれ、そういやミッチーなんかやるんじゃなかったっけ」


「……あ! マズい、“ミッチーの英語教室”の時間じゃねえか」


 何強調してんだよ。てか自分の名前入れて恥ずかしくないんだろうか。楽しみにしてたアニメの時間帯に気付いた子供みたいな顔しやがって。


「つーかなんでお前が英語教師なのか普通に謎なんだが」


 健治が呆れたように言い放つ。

 そんなことはミッチーの耳に入っていないらしく、目の前のチラシを凝視したまま、ふるふると震えている。


「くっ……英語教室に行かなければ。……だが、俺たちの押し花がっ……」


 どんだけ押し花大会行きたいんだよ。てか俺たちまで付き合うことになってる!

 それからミッチーは気が付いたような表情になって、俺のほうを向いた。


「あ、つかよおバタフライ! ……どうせ後で俺の英語教室に来るんだろう? ふん、そうしたら最前列の席に座ってもいいんだぜ。別に俺はどっちでもいいんだがな!」


「いや、別にいいや」


 さっと断ると、彼は寂しそうな背中で俺たちと別れることになった。

 頑張れ、ミッチーの英語教室!

 まさかとは思うが、その生徒さんとやらにみんなミッチー英語のあだ名を与えるんじゃないだろうな……。


 少し不安になった俺だった。


 * * *


「来た、来たぞ! 蝶そっちだ」


「うわっ、マジか!」


 激しい効果音と共に、目の前のディスプレイが暗転。真っ赤な文字でゲームオーバーと表示されてしまう。


「なんだよ~、下手くそだなあ」


「最近勉強ばっかでゲーム久々なんだよ」


 プログラムを作るのが趣味というグループ集団が作成した簡単なチーム対戦型のゲームカフェに、俺は健治とやって来て居た。


「ま、いいや……次いこうぜ。とりあえず女の子がいるところに」


「健治は女の子がいればなんでもいいんだろ」


「おう!」


 健治が勢い良く教室から飛び出る。すると――誰かと肩がぶつかった。


「痛っ……ってあれ、健治じゃん!」


「え? ん……おぉ! お前里中か!」


 どうやら友達らしい。


「なんだよ、ココお前の高校だったのかよ!」


「小学生以来だから、六年ぶりか。全然変わってねーな」


「なんだ、だったら一緒に回らね? 菊地とか田所も来てんだぜ?」


「マジ? そっかー……でも」


 健治が遠慮しがちな目で俺に視線を向けてくる。珍しいこともあるもんだ。


「いや、いいよ。行きなよ、久しぶりの友達なんだろ」


「そっか? 一人で寂しくねーか、死なねえか?」


「うさぎじゃないんだから。どっかテキトーにブラブラしてるよ」


「おぉ、悪りーな! じゃあちょっとだけ行ってくるわ」


 そうして健治は友達と一緒に教室を出て行った。


「…………」


 ――う、うわぁぁ……。

 マジかよ、なんだこの寂しい状況下。健治は出ていくし、一緒に対戦してた相手の二人組も気付けば居なくなっていて、ゲームカフェの客は俺だけになっていた。


 結局、一人ぼっちになった俺はゲームカフェの店番の人と二人で新作RPGを遊び、それなりに満足してから店を出ることになったのである。


 廊下は、子供からOBらしき人まで、見慣れない人たちで溢れていた。

 健治を連れて行った人たちも学校の友達だったみたいだし、そういう久しぶりの再会ってのはきっと良いものだよな。

 ……もしかすると俺の小中の友達が居たりするかもしれない。


 ――花は仕事終わったのかな? 

 ――それとも、しかたないからミッチーに会いに行くか。


 階段を上がりながらそんなことを考えていると、広めの踊り場に一際目立つ美しい絵が描かれた看板が飾られていた。


「……美術展示会?」


 なんだか妙に惹かれるものがあって、俺は気付けば展示場までのルートを進み、普段なら絶対に足を踏み入れない特別教室の扉を開けていた。


 人は殆ど居なかった。それと反比例するみたいに壁にはいくつもの作品が飾ってある。素人の俺が見たところで良くはわからないけど、本当の画家が描いた風に上手な作品が多かった。

 そういえば、昔から美術部は色々な賞を取ったりしていたんだった、と思い出す。


 作品から作品に目を移しながら歩いていると、隣に女性が居ることに気が付いた


「……っすん」


 え、嘘……この人泣いてらっしゃる。

 そうか、美術とか好きな人は泣いて感動したりするんだ。

 心の中でそう思い、早々に退出しようとすると後ろから小さな声がした。


「ぁ、あれ? ティッシュ……落としちゃったのかな」


「……あの、もしよかったらこれどうぞ」


 偶然ハンカチを持っていたので、それを彼女に差し出した。


「え、あ! ごめんなさい……別にいいです。大丈夫です」


「一回も使ってないですし、使用後は捨ててもらって構いません」


「……え、じゃあなんで持ってるんですか?」


「はい?」


 そのとき、初めて彼女の顔を正面から見た。

 その言葉遣いにも、顔にも、俺は妙に懐かしさを感じた。


「「……あ」」


 俺と彼女は同時に口を開いた。

 そして、驚いた表情で対面の彼女はいきなり指を指してきた。


「う、嘘……蒼希くん……ですか?」


「痛っ!」


 彼女の人差し指が見事に俺の瞼付近にぶっ刺さる。


「あぁ~! ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!? 血とか出てないですか? 病院持ってきますか?」


「いや……どーやって病院持って来るんですか。……俺はなんとか大丈夫です」


 寸前で躱したからまだマシだったが、超痛ぇ。

 片目を押さえながら、とりあえず俺は彼女と顔を合わせた。


 泣きぼくろに、長い下睫毛。優しそうで特徴的なたれ目を見て、彼女だと思った。


「久しぶりですね、ひいらぎさん」


「そそそ、そうですよね! び、びびびっくりしちゃいました! 気がどうにかなってしまいそうですです!」


 大きく見開いた瞳で、怪物でも見るように凝視してくる。

 とりあえずびっくりし過ぎだと思った。でも相変わらずだな、この人も。


「最初全然わかりませんでしたよ、雰囲気が違うんですもん」


「雰囲気? ……そ、そーですか? ……んー、一体何が違うんですか?」


 彼女は少し明るめの栗色ロングヘアーを肩でくるくると巻いていた。ふわふわのニットセーターは落ち着いた色合いで、今の季節にとても良く合っている。全体的に、何処と無く垢抜けた印象だ。

 昔はもっと目立たない感じの女の子だった印象があったのにな、と思う。


「え、何って、その……髪とか? 服とか? なんか色々違うんですよ」


「ふふっ、なんか蒼希くんっぽいです」


 柊さんは、口元を隠しながらクスクスと笑った。


「なんですかそれ。……でも、なんでこんなところに?」


「蒼希くんこそ、どーしてこんな学校に?」


「こんなって失礼ですね! 俺ココの生徒ですよ! ほら、制服」


 自らのブレザーを引っ張りながら主張する。


「……あぁ~、なるほど! これで事件解決ですね」


 事件だった。柊さんは昔の漫画みたいな拳で手の平を叩く様な動作をする。


「……なんにも変わってないですね、中学以来なのに」


「え? さっき雰囲気変わったって言いましたよ? 蒼希くん」


「……あぁ~うん……そうでしたね、言った。ですね……うん」


 柊楓ひいらぎかえで

 彼女は俺と同じ中学で、一つ年上の先輩だ。


 俺は――彼女に告白されたことがある。



「柊」って苗字と、「楓」って名前が最高に美し可愛いなと当時から思っていて、

それを合体させたら最強になってしまいました。自分の才能が怖い(え)

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