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蒼き蝶に赤き花  作者: 織星伊吹
第3章 蒼き蝶に赤き花
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第68話 いつまでも一緒に


 すぐに花と目が合う。自分の頬が突然に熱くなったのがわかった。

 何故かというと、花が何か物欲しそうな表情で俺のことを見つめているからである。上目遣いで。いや、俺の勘違いなのかも知れないけど!


「…………」


「…………」


 自分で言っておいてなんだけど、訂正したくなってくる。綺麗なのは勿論なんだけど、もっと……ちゃんと言いたいというか、気持ちをしっかり固めてからというか……返ってくるであろう返事にもキリッと対応したいというか……ごにょごにょ。


「あ、あの、綺麗だね。…………夕焼け」


 結局誤魔化した俺。そのまま太陽にに抱かれて消えてくれ。


「……夕焼けか~」と、花が少しだけ残念そうに顔を俯ける。ああっ……なんて愛おしいのだろうかこの人は! 抱きしめたい! 抱いて世界から二人だけで消え去りたい!


 現実世界では微妙に気まずくなりつつも、俺の脳内はハートでいっぱいだった。

 俺たちは、その後も二人で黙って夕日を見続けていた。

 綺麗な景色。夏休み。高校生活。なんでもない日常。

 幸せに満ちたこの出来事は、一体いつまで続けることができるのだろう。


 花には、目指したい夢がある。でも、俺にはない。

 それが俺にどれほどの影響を与えるのか、いまいちピンと来なかった。

 大好きな花のことと、彼女の将来のこと。その二つを考えると、どうにも胸が苦しくなる。色んな想いがわき上がってくる。


「――あ、あのさ」

「――ね、ねぇ」


 そんなとき、俺たちの言葉は重なった。

 お互い、夕焼けに反射する瞳を見つめ合った。


「……花からどうぞ」


「あ、うん。えっと……わたしね、お芝居の勉強しようって決めたの」


「……そっか」


 言葉が重なったとき、そんな予感がしていたけれど、当たってくれて良かったのかどうか、良くわからない。ただ、少しだけ自分の心の中が寂しくなるのを感じた。


「うん。ずっと叶わない夢だと思ってたし、こんなチャンス、きっともう無いと思うから。わたし、高校卒業したら事務所に紹介された演劇の学校に行くの」


 言葉とは裏腹に、花の表情はあまり晴れやかではなかった。

 きっと言いにくかったんだろう。そんな顔しないでよ、と俺は言えなかった。


「……そ、そっか、すげーじゃん! ……月並みなことしか言えないけど、頑張ってよ。俺、花のこと凄い応援するから!」


 言葉ではそんな綺麗ごとを並べながら、心の中では全く違う気持ちが浮遊している。

 花の夢は叶って欲しい。喜ぶ彼女の顔が俺は一番好きだから。

 花の言う通り、偶然の奇跡が今彼女に舞い降りているのも間違いない。

 それは、今を逃せばきっと掴めないものだ。


 だから、俺は心の底から応援しないといけない。

 たとえ花が遠く離れた存在になるのが目に見えていたのだとしても。


 ――いや、こんなの大袈裟だ。


 花が演技の勉強をしたところで、俺との関係が変わるわけじゃない。

 今の俺は、きっと少しだけ投げ槍になっているだけなんだ。


 きっと大丈夫。

 自らに俺はそう言い聞かせた。まるで赤子をあやすように優しい言葉だと思った。


「大学……蝶と同じところに行きたかったな」


「……何言ってんの。テレビで花を観る日が来るかもしれないのに」


「飛躍し過ぎ!」


 せっかく同じ大学が良いと言ってくれたのに話題を変えてしまう俺は、性格が悪いのだろうか。本当はそういう話で盛り上がりたいのに、自らを傷付けて自虐しているバカ野郎。どうしようもなく小さな男。


 ……でも、そうしないと。きっと俺は花のことが応援できなくなってしまう。


 花の笑顔が好きだから。葛藤していたであろう想いを伝えてくる表情が、悲しいものではいけないと思うから。


 花のやりたいことを、全力で頑張ってほしいから。


 ――だからこそ、伝えたい思いがある。


「花、話があるんだ」


 * * *


 俺たちは樹木を降りて、小さい頃に椅子代わりに使っていた切り株のある場所まで歩いた。付近には小さな花がたくさん咲いていて、それが風に舞ってふわりと流れていく。


「あ、ねえ、これにも名前が彫ってある!」


「まだ残ってるね」


 切り株にはど真ん中に縦線が入っていた。左右に俺と花の名前が刻まれている。小さい頃に二人だけの特等席だと決め合ったことを思い出した。


「ヘタな字だね」


 切り株の表面を指でなぞりながら、花が頬を緩めた。


「昔みたいに座ってみようか」


 先行してドスンと腰を下ろしてみる。片割れの尻だけで完全に自分のテリトリーを埋めてしまっている気がする。うーん……ケツデカくなったなあ、俺。


「わたし……座れるかなぁ」と首を傾げている花に、「た、多分……ほら、座ってみ!」と隣を勧める。


 花は恥ずかしそうにスカートを抑えながら、とすんと横に座った。


「へへ、やっぱりせまーい」


「……きっとお尻が大きくなったからだよ」


「お、お尻!? ……ま、また失礼なこと言った!」


「あっ、いや、ヘンな意味ではなくて! だってほら、俺だってケツがデカくなってるわけで……花のことだけを指摘してるわけじゃなくて……色々デカくなったよねって意味で――」


「な、何それ……け、ケツとか言わないの。お下品だよ! それに……別にそんなに……大っきくなってないもんっ……わたし。た、多分……」


「……ふふ、ごめんって。じゃあ言い換えるよ。小さくなったね、この切り株」


「それなら許す。でも……確かにぎゅーぎゅーだねっ」


 さっきの木登りも。こうして椅子に座ることも何十年ぶりなんだろう。

 妙な感動で心がじーんとしてきますね。


 さっきまでの鬱々していた気持ちが嘘のように、俺は心動かされていた。

 こんな小さなことで。花と一緒に切り株座って、ただお喋りしていただけなのに。


 花のこと、やっぱり好きだなあ……。

 恥ずかしげもなく、俺はそう思った。


 ちょっと前までは、お互い名前も呼べなかったのに。二人っきりの会話が続くことなんて、絶対に無かったのに。


 花のことが好きだ。

 だから、俺は言わなくちゃいけない。


 気持ちだけじゃ。形だけじゃダメだから。

 言葉にして、しっかり伝えないといけないことがある。


 それを言うために――俺はここに来たんだから。


「話って……何?」


 花が、隣の俺に寄りかかりながら、首を傾けてくる。ふわりと風に流される茶色の髪の毛が、俺の肌をくすぐった。


 気が付けば日は暮れていた。少しばかり暗くなり始めている。うっすらと月も出ていた。


 俺は、まっすぐ花のことを見つめた。


「俺、花のこと好きだよ」


「な、何……い、いきなりっ。…………でも、嬉しい」


 言葉を詰まらせつつ、花はにやけながら頬を赤く染めた。

 女の子は“好き”と口で言ってあげると嬉しがるって何処かの本で読んだけど、案外本当らしい。こんなに顔に出るんだもん。


「生まれてから今日まで、好きになった女の子って花だけなんだ」


「……ちょっと、あの…………恥ずかしいんだけどっ」


「嘘じゃないよ」


 目を反らそうとする彼女の手をぎゅっと握る。すると、花の動きも固まった。

 再び、俺の瞳を見つめてくれる。


 なんで花のことが好きなのか、じっくりと考えたことがあった。

 好きの理由。だけど、そんなもの考えたところで見つからなかった。

 作っておきたかっただけなのかもしれない。中学生になって恋愛を覚え始めた周囲のみんながする真似事みたいなことがしたかったんだ、きっと。


 でも、別にそんなものなくてもいいんだって気が付いた。

 好きだからっていう理屈も何も通用しない最強の想いが俺にはあったから。

 わからないなら、わからないままだ。好きなんだから、それで良い。


 昔から大好きで、今でもずっと好き。小さいときからずっと側にいてくれた君が好き。

 たとえ喧嘩したりしても、根底にあるこの気持ちはきっと変わらない。

 変わらぬ想いで――きっと俺たちは大きくなっていけるから。


 卒業したら、俺たちは会える日が少なくなってしまうかもしれない。

 もしかしたら、俺が考えているよりもずっと会えなくなるかも。


 だから。俺は君の一番でありたい。

 いつの間にか恋愛対象に変わってしまっていた、君の側にずっと居たいから。

 ずっと君の隣の大切な存在でありたいから。


 花との顔の距離が近くなる。綺麗な茶の瞳を見つめて。



「……俺の、恋人になってください」



 言えた。はっきりと目を見て伝えられた。

 なんでもないこの一言に、一体どれだけの気持ちが詰まってるだろうか。

 それは、俺にしかわからない。世界の誰もがそれを知らない。


 花の表情が動かなかった。


 次第に、目元と口元が緩む。


「もう……おっそーい」


 目元を柔らかくさせながら、にっこりと笑う。


「ずっと……待ってたんだよ」


 花は微笑み、ぴったりと身体をくっつけてきた。


「俺と、付き合ってくれる?」


「うん……蝶の彼女になる。……だから、わたしの彼氏になってね」


 身体を寄せ合ったまま、花は自然に腕を組んでくる。

 俺の肩に顎を乗せて、ぐりぐりと首元に仔犬のようにすりついてくる。

 女の子の――良い香りがした。


「あ、見て」


 そのとき、目の前に広がるたくさんの花の上空で、一匹の蝶がひらひらと飛んでいた。それは、月明かりを浴びて少しだけ青色に染まっているようにも見えた。


「青色の蝶。……ねぇ、ここで小さいときにさ……その……結婚の約束したのって……覚えてる?」


「覚えてるよ」


 丁度同じことを話そうと思っていたから、驚いていたし、俺は凄く嬉しかった。

 結婚の約束を花とここでするなんて思わなかったから。


「あのときのこと、なんか思いだしちゃうな」


「ちゅーするんだよね。蝶と花が……」


「……うん。そうだねっ」


 俺たちの注目を浴びながら青色の蝶々は、数ある花の中でも綺麗な赤色の花に留まった。


「…………」


「…………」


 周囲の時間が止まった気さえした。

 俺と花の空間、それと目の前の現象だけが動いているような。


 胸の鼓動が鮮明になっていく。接触している花の身体の熱をしっかりと感じる。今だけは、この時間だけは絶対に離れたくないと、俺は思った。


 そして、青色の蝶は羽根を開いたり閉じたりを繰り返し――、

 赤色の花にキスをした。


 それは、小さい頃に二人で約束をしたあのときの光景と同じで。

 初めて、俺と花が無邪気な子供のキスをした、あの瞬間。


 ふと顔を上げてみると、花もまったくタイミングだった。


「……あっ」


 他人のキスシーンを目撃したところを見られてしまった、というような恥ずかしそうにする仕草で、うぶで愛おしい反応を見せてくれる花。

 俺はもう花から目が離せない。


 赤く染まった頬はもう見慣れたけれど、そんな表情は初めてだったから。

 今まで感じてきた雰囲気と全然違って。ドキドキした。


 好き、好き……君が大好き。俺は、心の中で何度もそう呟いた。


「…………」


「…………」


 花が、恥ずかしそうにしながら少しずつ顔を近付けてきた。

 俺も同じように顔を近付ける。すると、花の顔がその場で止まった。


「……あ、のっ」


「目つむって……」


 花に囁くように呟いて、俺は少しだけ顔を傾ける。ゆっくりと距離をつめていく。花がびゅっと瞼を閉じたのを確認し、俺も同じようにする。



 そのまま、唇をゆっくり重ね合わせた。



 無邪気な子供のキスとは違う、愛情のいっぱい詰まったちょっとだけ大人のキス。


 それはもう。

 どんなことよりもずっと幸せな時間だった。


 頭の中がとろりと解けてしまうような感覚。

 花の温かくて柔らかい唇が、俺の唇に優しく当たるのが心地好くて、ずっとずっとそうしていたくなる。

 首筋がつったような感覚のまま、頭も麻痺していく。


 身体を微妙に動かそうとすると、必死に花がついてこようとした。それがとても可愛くて。嬉しくて。俺はしばらく唇を離すことができなかった。


 好きな人とのキスが、こんなに気持ちいいものだったなんて思わなかった。

 それは、桃色の湯気が勢いよく沸騰していくような――身体全体から愛が溢れ出す感じだった。


 ずっと恋をしていたんだ。

 でも、もういつの間にか愛になってた。だから、こんなに幸せなんだろうか。


 俺は……ずっと――――こうしたかったんだ。


「…………」


「…………」


 唇をゆっくり離すと、俺たちはそそーっとお互いの顔を見ないままそっぽを向いた。恥ずかしさは最大級だった。顔なんて見られるわけが無い。


 この極上の照れを紛らわすために、俺は膝の上にあった花の手のひらを軽く握る。すると、花が小さく唇を動かした。


「……っぴ」


「な、何?」


「は、歯が……その、当たったのっ……へ、へたっぴ!」


「え! う、嘘っ……ごめん!」


 赤く染めた表情で。だけども嬉しそうに花はニコニコしていて。

 俺も自然と笑みが零れた。


「えへへ……」


「ふふ、なんだよ」


「だ、だって……なんか……蝶……ふふっ」


「な、なんだよ! 恥ずかしいだろ!」


 小さな顔を両手で覆って、彼女は笑っていた。それから俺はすぐに自分の顔が真っ赤なのだということに気が着いた。でも、それはお互い様だ。花だってトマトみたいになってる。

 俺のことを横目で見ながら、花は手をパタパタさせて自らに風を送っていた。


「うう、なんか恥ずかしいよ……あ、あんまりこっち見ないで!」


 べちんと肩を叩かれる。でもそれでさえ嬉しい。もうだめだドMでもなんでも良いよ。抜けられないこの幸せからは。このまま溺れ死にたい。


「そう言われると……余計に恥ずかしいんだけど」


「……む、昔はこういう感じじゃなかったのになぁ」


 花が小声で何か呟いた。


「ん?」


「や! なんでもっ、ないです!」


 俺たちはそのまましばらく黙ってしまい、お互いの顔を上げることができなかった。

 きっと、今まで生きてきた中で一番恥ずかしかったと思う。

 二度と忘れられない、大好きな人との愛情がたくさん詰まった、ちょっとだけエッチな気分になってしまうような、そんなキス。嬉し恥ずかしな青春キス。

 唇の感触が全然取れない。一緒に触れた彼女の身体の柔らかさも。

 そのすべてが、すべてが、ただただ幸せだった。


「……ねぇ」


「えっ? ……あ、はいっ」


「くす、何それ」


 花が、手を重ねてくる。


「……ねぇ、わたしのこと好き?」


「……すっ、好きだよ」


「えへへ……わたし、今すごく幸せなの」


「そんなの、俺だってそうだよ」


「でもね、きっとわたしのほうが蝶の三倍くらいは幸せ」


「じゃあ俺はその五倍は幸せだね!」


「「終わらない!」」


 二人で声が揃った。

 二人で笑い合っていると、花がぎゅっと俺の手のひらを握った。

 その柔らかい幼馴染の手を握り返しながら、俺は口を開いた。


「卒業したら、きっと今みたいに頻繁には会えなくなっちゃうよね。花、きっと忙しくなっちゃうだろうから」


「……そ、そんなことないよ! わたしが蝶に会いに行くもんっ」


「ホント~?」


「ホントっ!」


「じゃあやっぱり俺は花よりもずっと幸せ者だ」


 ずっと心に想っていた気持ちを、今日打ち明けることができた。

 彼女は笑って受け入れてくれた。


 こうして、俺は大好きな幼なじみと恋人になった。


 好きな人から大切な人に。ずっと近くで守るべき人になったんだ。


変われる強さ――変わらぬ想い――。テイルズオブエ――――

……そんな大好きな言葉を想いながら、執筆していました。

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