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蒼き蝶に赤き花  作者: 織星伊吹
第3章 蒼き蝶に赤き花
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第66話 約束の場所


「……言いたいことがあるなら、はっきり言ってよ」


 ついそんなことを言ってしまう。

 すると花は、ぼふっと湯気が立ち上がるみたいに頬を染めて、瞳を微動させた。


「え? ……わ、わたしは……別にっ……」


 こういう反応をされるくらいなら、マンガやアニメみたいに罵倒されたほうが、まだ開き直れる。でも、現実そうもいかないから、もどかしい。

 困った表情の花はとても可愛いのだけど、その後どういう反応を取ったら良いのか、良くわからなくなってしまう。


 俺が一人悶々としていると、


「わ、わぁ……す、すごーい……」


 という花の声。

 彼女の足下にやっていた視線を、ゆっくり上げていく。


「え? ちょ、ちょっと……!? 何勝手に見てるんだよ!」


「ハダカの女の人が……い、いっぱいっ……」


 目を丸くさせた花が、雑誌を広げたままポカンと口を開けて言った。耳から何まで真っ赤っか。


「ダ、ダメだよ! これは……そのっ……花には……まだ早いんだから!」


「あっ」


 花から雑誌を無理矢理奪い取る。潤んだ彼女の瞳がキラリと光った。


「…………」


「…………」


 しばしの沈黙。

 始めに口を開いたのは、花だった。


「……それ見て……楽しいの?」


 瞳を伏せながら、もじもじと。とても喋りにくそうだ。


「…………」


 これ……俺は一体なんて答えればいいんだ……?


「……べ、別に」


「……じゃ、じゃあ……なんで見るの? 見て……どうするの」


「……なっ」


 続けざまにやってくる花の質問に、俺は言葉を失う。

 ――そんなこと、言えるわけないだろ! と心の中で叫んだ。


「……べ、別にいいじゃん! ほっといてよ」


「へんなの」


 俺の慌てた様子を見て、花はくすくすと笑った――と思いきや次の瞬間、花はにやっと笑って、


「…………ねぇねぇ、さっきのもう一回だけ見せて」


「え?」


 俺が隠す雑誌を横取りして、泥棒猫のようにそそくさと部屋の隅へと逃げていく。


「あっ、こら! だ、だから花には……」


「いいじゃんお願い! ちょっと! ちょっと見るだけだからっ!」


 花の後を追いかけるも、今ここで彼女の身体に触れるのはいけない気がして、身体を反らした。雑誌を取り返すはずの手を自然と引っ込めてしまう。


「は、花は女の子だろ! フツー見ないよ!」


「だって……み、見てみたいんだもんっ……」


 雑誌を胸に抱えて、潤んだ瞳で上目遣いをしてくる。

 そんな風にされたら、こっちは何もできなくなってしまうじゃないか! 心臓がばくんばくんと暴れ仕方ないんですけども!?


「……し、知らないからな。その……変なの見たりしても……」


「だ、大丈夫だもんっ……」


 そんな顔赤くしながら言っても説得力無いし、やることでもないでしょう? 恥ずかしがりなんだから素直に辞めれば良いのに。

 花は、変なところで強情だ。


 そして彼女は、その細い指でページをめくってしまった。


「………………」


「………………」


 この無言の時間ね。あー早く終われ!

 花は一言も語らず、雑誌のページを順にめくっていく。

 ああ、もう何この羞恥プレイ。好きな人に俺の性癖がさらけ出されていくこの感じ。開放的でありながら背徳感マックスのこの時間! 色んな意味でたまらないよ!


 恥ずかしすぎて花の顔は直視できなかったけど、一瞬チラリと覗いた感じだと、めっちゃ恥ずかしがってますやん。ほっぺた真っ赤の赤ちゃんみたいになっていた。


 視界の端で、花の手が止まった。

 前髪で表情を隠したまま、横顔のまま訊ねてくる。


「………やっぱり胸とか……その、大きいのが良いの?」


「……んー、いや……別に……」


 後頭部を掻きむしりながら、俺は適当な返事を返した。

 花の程よい大きさの胸に、一瞬だけ目が泳ぐ。


 潤んだ瞳の花と目が合った。

 ああ、ヤバい。もう冷や汗テラヤバスだよお母さん。


「あぁ~……う、嘘つきだ! そのっ、あれ。……いま、……え、えろい顔したっ!」


「なっ……! そんな顔してないって! ていうかもう終了! 早く返せ!」


 必死に指を指してくる花はとにかく健気で、可愛らしかった。そんなに自分で

ダメージ受けながら頑張らなくたっていいのに。


「でも、この人かわいいね。蝶、こういう人……好きでしょ?」


「あ、あの……マジこれ以上は勘弁してください」


 みだらな格好をした女性のページを花が俺に見せつけてくる。一体なんなんだこの状況は。


「ふふ、ごめんね。ちょっと意地悪しすぎたかも。はい、ありがとっ」


「……いや、俺もなんか色々悪かった」


 満足したらしい花から雑誌を受け取る。

 すると、突然花は顔をぐいっと近づけてきて、にこりと笑った。


「なんか、男の子って面白いね」


 突然頭をぽんぽんとされる。

 急のことで、俺は驚いてすぐ身体を引いてしまう。


「な、何……すんだよ」


「……あんなに子供だった蝶が、もう大人の男の人になっちゃったんだなぁ……って思って」


「…………」


 そのときの花の横顔は、どこかしおらしくて、遠くを見るような目だったけど、頬はにっと上がっていて、喜んでいるようにも見えた。


「花だって……大人になってるよ」


「本当? わたし、子供っぽくないかな?」


 頬を押さえて、照れながらさっと髪の毛を耳にかけた。

 一丁前に身形に気を遣う女の子の仕草。

 その行動こそ、花が大人になった証拠だ。


 なんか感傷的な気分になっていてすっかり忘れていたが、俺は今好きな女の子の前でエロ雑誌持ったまま立ち尽くしているのである。

 これはどういう状況だ。さっさと片付けないと。


 でも、花が目の前にいるまま元の隠し場所に戻すことも叶わず、俺が挙動不審になっていると、花にくすりと笑われてしまう。


 若干、俺の耳が熱くなる。


「……いつも、どこかに隠してるの?」


「な、なんのことだし……」


「えへへ、面白い。顔あかーい」


「そっちだって、さっきまで真っ赤だったぞ!」


 からかわれて俺の頬はさらに熱くなった。

 そんな俺を、花はくすくすと笑った。


 * * *


 雑誌はとりあえずベッド下に投げ込み、残りの雑誌の山を二人で掃除をしながら談笑していると、いきなり部屋の扉が開いた。


「蝶~? ここにいたのね! 雪ちゃんも花ちゃんもみんないるじゃない!」


 母さんがきょとんとした顔で、ズカズカと部屋に入り込んでくる。


「あ、母さん帰って――」

「蝶ママ、お邪魔してま――」


「あら、雪ちゃん寝てるの? ……ふーん! …………それで? あなたたちは二人でナニをしてたの?」


 俺たちの言葉を早急に切り捨て、この女は己が得たい情報のために全力だった。

 恐ろしいことに真顔である。


 俺は花にアイコンタクトをするため、目を合わせようとする。

 しかし、花は頬を赤らめて俺から顔を反らしてしまった。


「……え、花?」


「…………」


 花は黙ったまま顔を俯けて、次第に耳を赤く染めていく。


「ち、蝶……あんたまさか……」


 母さんが顔を付けるくらいの距離まで近寄ってきて、俺に訊ねる。


「――ヤッちゃったの?」


「ば、ばかやろっ!」


「…………へ?」


 聞こえなかったのか、俺たちの反応を不思議そうに覗いてくる花。


「アッハッハッ! 二人ともかわいい~」


 母さんの高笑いと共に、俺の体温は急上昇していく。

 好きな女の子が隣にいるこの状況下で、そんなことを言われれば顔だって赤くなる。

 その後も永遠にからかってきそうな母親を俺は無理矢理部屋から追い出した。



 それからしばらくして雪ちゃんが起床したので、俺たちは三人でリビングに向かう。花とおばさんは初対面だったことから、母さんが紹介させて! と出しゃばり始め、二人の間にするや否や――、


「将来蝶のお嫁さんになる子なの!」


 簡潔すぎる自己紹介である。

 そのおかげで俺たち二人は赤面することになるんだよ! だからやめて!


「え、あの……ち、蝶ママっ!」


「だって小さいときに約束してたじゃーん。覚えてないの?」


「そ、それはっ……」


 そのとき花がチラリとこちらを見つめてくる。一瞬だけ目が合うも、次の瞬間雪ちゃんが飛びかかってきた。策士である。ある意味ナイスタイミング。


「チョーは雪と結婚するもんっ! お姉ちゃんにはあげないっ」


 言い張る雪ちゃん。途端に和やかな雰囲気が漂い、そのときは皆で笑った。

 一息置いてから、「あっ!」と母さんが何やら思いだしたように声を上げる。


「花ちゃん、晩ご飯食べていきなさい! なんと今日はグラタンよー! 花ちゃん好きだったよねー?」


「本当!? わたし蝶ママの作るグラタンが一番好き!」


 ……というわけで、花がウチで晩ご飯を食べていくことになった。



 お母様方二人で晩ご飯を作るというので、その間散歩でもしてきたら? と提案してきた。花は手伝うと言い張っていたけど、母さんに何か耳打ちされてからは納得したらしく、俺たちは二人揃って外出することになった。


 一緒に行きたいとぐずっていた雪ちゃんには、おばさんが魔法の駄菓子をプレゼント。結果嘘のようにケロっとした顔で、俺たちを玄関から見送ってくれた。お菓子最強説。子供に無敵の効果を発揮するのだ。


 オレンジ色の綺麗な夕日が輝く空の下、二人っきりの外出だった。


「空……綺麗だね」


 夕色のグラデーションを眺めながら、花がにこっと笑う。


「そうだね」


 幼少期、花と二人で遊んだ帰り道は、丁度こんな夕焼け空を見ながら帰っていたことを思い出す。


 小さい頃から歩き慣れた遊歩道を歩く。

 ここで良くチョークで落書きとかしてたっけ。まだ微かにその跡が残っているようだったけど、何が書いてあるかまではわからなかった。でも、ここで二人で遊んでいたって記憶はいつまでも残ってる。


 この辺一帯は想い出の宝庫だ。

 一歩歩く度、何かを掘り出している気分になる。閉じ込めていたタイムカプセルが飛び出してくるみたいに。


「――ねぇ、……聞いてる?」


「え? ゴメン、何?」


 花がさらりと髪を垂らしながら、顔を傾けていた。


「もう! ぼっーとして、どこ行くの?」


「…………あ、ああ」


 俺はぼうっとしたまま思考のまま、花を見つめていた。


「な、何? 人のこと……じっと見て」


 夕日の色が反射して、花の白い頬が光っている。流麗なフェイスライン。大きくて、茶色の瞳。柔らかそうな唇。


 ちょっとだけ大人になった、幼馴染――赤希花だ。


「……行きたいところがあるんだ」


「え? ……う、うん」


 花は不思議そうな顔で頷いてから、俺に付いてきた。

 その間俺たちの間にこれといった会話は無かったけど、全然苦じゃなかった。少し前まではあれ程苦しかったのに。まるでそうすることが今必要なことなのだと、お互いにわかっているような気がした。


「……着いたよ」


「この場所……」


 夕色の光が、緑広がる空き地を金色に変えていた。

 穏やかな夏風が草花を優しく揺らして、久しぶりの俺たちを歓迎してくれている。


 そこは、俺と花が二人で良く遊んだ場所だった。


 俺と花の――約束の場所だ。



二人だけの特別な場所って素敵ですよね。何でも無い場所でも、想い出さえあればそこは宝物に変わるってそう思うんです。(珍しくボケなかった作者)

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