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蒼き蝶に赤き花  作者: 織星伊吹
第2章 北海道物語
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第30話 幼なじみとお風呂の想い出

「あ、あれ……?」


 エントランスに集合していた室長連中の中で、花がひょっこり顔を出す。


「また会いましたね」


「藤川くんじゃなかったの?」


「なんか俺だったらしい」


「もう、なにそれ」


 くすりと笑って、俺は花の隣に立った。

 他の室長も続々集合してくる。先生が声を上げると、俺たちは列になって歩いた。

 これから食堂と露天風呂の下見に行くらしい。


「何してるの? 早くいこうよ」


 花に声をかけられたことが嬉しくて、ついにやっとしてしまう。

 不思議そうな表情をした花が、笑いながら俺の表情を覗き込んでくる。


「えー何? 今笑ったでしょ」


「なんでもないよ、行こう」


 俺は花の隣を歩く。偉い教授が医師を引き連れて回る医療ドラマのような集団に、二人で紛れ込む。


 生徒全員が一度に全員入れそうな大食堂の確認を終えると、次は露天風呂にやってきた。火照った顔の宿泊客が数人暖簾を潜って出てくる。

 入り口付近には畳の休憩所が広がっており、壁付けされたテレビや自動販売機、小さな売店がある。


「お風呂、大きいかな~」


「大きいんじゃないかな、露天風呂だし」


 花がそわそわしたように暖簾の向こう側を気にする。


 今回はあくまで下見なので中までは入らないが、『お風呂』という単語だけで卑猥な妄想をしてしまうくらいには、俺は健康的な男子高生である。


「んん~……早く、入りたいなぁ」


 彼女のその一言で、俺の頭は花色ボンバー。

 露天風呂の入浴時間をそれぞれ確認すると、各自解散となった。

 ふんふんと鼻を鳴らしながら、まだ赤い暖簾に目をやる花。


「そんな好きだったっけ、風呂」


「好き! ゆっくりできるの好きなの!」


 花が風呂好きなのを知りつつも、聞いてみる。

 花は満点の笑みで、そんなことを言う彼女が、とにかくかわいかった。


「……蝶は、頭から洗う派?」


「うん」


「そうだよね、だって昔っから――」


 そこまで言って、花は顔を真っ赤にした。

 ぷるぷると唇を震わせて、俺から顔を反らす。妙な気まずさが、俺たちの間に流れる。


「な、なんでもないっ」


「…………花は? どこから洗うの」


「え、わ、わたしは……」


「教えてよ。俺、言ったんだから」


 恥ずかしそうにあたふたとする花に、俺は強気に詰め寄る。


「あ、頭……です」


「じゃ、一緒だ」


 頬をほんのり赤く染める花に、俺はくすりと微笑んだ。

 そう答えるのもわかっていたけど、なんだか秘密の会話みたい。たじたじになる花を見ていると、彼女よりお兄さんになった気がして、俺は嬉しかった。


「な、なんか……悔しいんですけど」


「ふふん」


 俺は勝ち誇った表情を見せつける。

 すると、花はきょろきょろと辺りを見渡してから、瞳をじーっとこちらに向けて、


「そういえば、蝶、お風呂嫌いだったよね」


「なっ――」


「嫌い……だったじゃん」


「そんなこと……」


「……わ、わたしが、お風呂一緒に入らないと……入りたがらなかったじゃんっ」


「…………」


「なんかわんこみたいだったなあ。……ふふん」


 今度は花が勝ち誇った表情を俺に向ける。

 何も言い返せない俺。こう一方的に言われると、つい言い返したくなる。

 すると――幼少期の記憶が蘇った。



「ちょうー! ちょうママがおふろだってー! 入ろ!」


「お店やさんごっこは? まだとちゅうだよ」


「おふろ出たらまたやろうよ、はやくー!」


「引っぱらないで、いたいよ」


「ちょうくさいんだもん! かけっこばっかりしてるからだよ」


 幼き日の花は、鼻をぎゅっと摘まんで苦しそうな表情をする。

 部屋で遊ぶにしても、結局俺ははしゃぐため、汗っかきだった。短く刈り上げられていた黒髪は、いつも汗できらきらと光っていた。


 風呂場のときだけ花はよく張り切っていた。俺はそんな彼女に手を引かれながら、風呂場へと連行される。遊びの途中で入るのが嫌だった俺は、よく風呂に玩具を持ち運んだりしていた。


 花は服を脱ぐのがいつも遅かった。俺はいつも持ってきた玩具で遊びながら、もたもたする彼女を浴室で待っているのだ。


「花はやくー」


「ま、待ってぇ」


 頭をティーシャツに引っかけながらもなんとかすっぽんぽんになった花が、先に頭を濡らしていた俺に質問する。


「今日はちょうの日だよね?」


「ちがうよ。きのうはおれが歌った! だから今日は花の日だ!」


「あれれ、そーだっけ」


 花がシャンプーヘッドを俺に被せて、手のひらを擦り合わせる。泡立ったもこもこが俺の小さな頭の上で盛り上がる。


「ゴシゴシゴシゴシ~、わるいのわるいのとんでいけ~! 今日も一日たくさん遊んだよ~、汚れはにがさん、まいにちぴかぴか! つめをたてたらダメよ、ゆびのおなかでしっかりもみもみ! じゃないとしょうらいハゲになっちゃうわよ~。人生めつぼうへのぷれりゅーど~」


 反響する一室で、母さん作詞の過激なオリジナルソングを俺たちは毎日歌った。

 お互いの頭と身体を洗い終えたら二人で湯船につかりタオルでクラゲを作って遊んだり、どちらが長く潜っていられるか潜水対決をしたり、お湯をバシャバシャかけ合ったりする。ちなみにやりすぎると花は泣く。

 その日その日で思いついた遊びを、俺たち無邪気に楽しんだ。



 そんな風だったな。俺はくすりと思いだし笑いを浮かべ、できる限り大人びた表情で、気にしてない風を装って、


「子供のときのことを持ち出すなんて……子供だな」


「なっ……む、むかつく~!」


「それに、花だってよく風呂場で泣いてた気がするんだけどな」


「な、泣いてなんかないです!」


「いや、泣いてた。俺、母さんによく怒鳴られてたからね」


「そ、それは……蝶が、イジワルするからじゃん」


 納得のいっていない表情で、花が愛らしく頬を膨らませる。


「そんなにイジワルだったかなあ……」


「ん、イジワルだった」


「……そっか」


 それは、俺が花のことを好きだったからだろう。もちろん男女間の好きとは違う感情だったのだろうけど。


 昔から俺は跳んだり跳ねたりが好きだった。でも、花は苦手だった。

 小さいときはそれはもう彼女のことを泣かせた。尋常じゃないくらいに。

 好きな物が似ているわけでもなかったのに、なんでこんなに花と一緒にいるのが好きなんだろう。今も昔も。


 今まで二人で過ごした全部の時間が、俺が花を好きになるための軌跡なんだ。


「…………えいっ」


 花が俺の脇腹を突く。そして腰に手をやって、「何してるの?」


「悪い。昔を思いだしてだけ」


「そ、そう」


 花が照れたような顔で頬を押さえる。


「……暑い」


「風呂の前だしね、そろそろ行こう」


 俺もシャツを引っ張って空気を入れながら答える。

 エントランスに到着すると、エレベーターを待った。


 隣の花をチラ見する。目が合って、もどかしくもやっぱり反らしてしまう。

 花の隣はいつもいい匂いがして、懐かしい感じがする。

 やがて、エレベーターが到着した。俺たちは中に入って、それぞれの階数のボタンを押す。


「今夜の晩ご飯、なんだろうね」


「……蟹がいいかな」


「……わたし食べたことないなあ。ちょっと食べにくそうだよね」


「ああ、なんか下手くそっぽい。簡単にイメージできる」


「失礼なこと言った!」


 花がむっとした顔で俺に向き直る。ぐっと身体が近づいて、俺は反射的に身体を離した。


 こんな狭い部屋で、花と二人っきり。家とは少し違う不思議な感じに、少し頬を緩ませると、


 ――突然、エレベーターが止まった。

幼なじみお風呂イベントなんて夢ですよ、いいですかみなさん。夢なんです。

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