出会いと別れはワンセット
「……ここなら暫くは安全だ」
「助かりました……えーと」
「用務員のコンドウだ。
……念の為に、私は正気だと言っておくよ」
「ありがとうございます……でも、どうして助けてくれたんですか?」
「偶然だ……が、ある意味必然だったのかもしれないな……」
ここは校舎隅にある、用務員室だ。
目の前で話をしているのは、身長190くらいある大柄な成人男性で、どうやら用務員をやってる人らしい。
あの時、指導室でピンチに陥ったオレたちを助けだしてくれた恩人だ。
そしてこれが重要な事だが……“正気”らしい。
「どういう意味ですか?」
「……深い意味は無い。
ただ、なんとなくだよ……そう、なんとなくだ……」
「……はぁ」
「……」
助けられたのは良いが……どうにも覇気が無いと言うか……陰鬱な印象がある人だな?
「彼らは大丈夫なんでしょうか?」
「……ロープは回収した。吊られた生徒も何人かは息があったが……助かるかは分からん」
「そんな! 無責任な!!」
「スズハラ……責める相手が違う」
「……でも……」
「いや、ある意味間違ってはない。私も共犯者だからな……」
「!?」
「……なにか知ってるんですか?」
「……ああ、知ってるよ
知っていて……止めなかった……だから私は、立派な共犯者だよ」
「そんな……どうして!」
「スズハラ! 落ち着け!!
―――詳しく話してください」
「……ああ、分かった。アレは二年前の事だが―――」
―――
――
―
「どうしても行くの?」
「止める方法が分かった以上……ヤラないってのは無いだろ?」
「危険よ? 風紀委員が私達を探してるみたいだし……」
「それはココにいても同じだ。
なに、サクッと行って、サクッと終わらせてくるさ!」
「でも……!」
「じゃあなスズハラ!
―――コンドウさん、スズハラを頼みます」
「……ああ、いくら私でも、一人くらいなら匿えるよ」
涙目で引き止めるスズハラを振りきって、用務員室から出る。
―――向かう先は、放送室。
流されてる催眠音波を止める事が、この大騒ぎを止める唯一の方法だからだ……。
そもそも、一連の騒ぎの原因は催眠術らしい。
所謂、集団催眠であり、一年がかりで仕込まれた計画だそうだ……。
催眠術なんてオカルトだと思っていたが……どうやらちゃんとした“技術”らしく。
正規の手順を踏めば、殆どの人が催眠状態になり、誰でもこんな風に“認識”を狂わせることが出来るって話だ。
空恐ろしい話だが、ある意味納得がいった。
オレが正気を保てた理由は、期間だ。
転校してきたばかりな上に、仕上げに行われた今朝の全校集会に欠席したため。
日々の学校生活に仕込まれた催眠術の影響を“ほぼ”受けずに済んでいたようだ……。
ただ、多少の影響はあるらしく。罪悪感が薄かったり、妙に冷静だったり、微妙に思考がオカシイのもそのせいのようだが……問題はないと、思いたい。
こんな無茶で無謀な行動を選んだ理由だとしたら、ちょっとアレだが……。
ま、まあ何れにせよ。手っ取り早く助かる&助けるためにも放送室に行くのは悪手では無いはずだ。
―――用務員さんはアテには出来ない。
罪悪感、同情心、彼の心情を推し量るのは難しいが……積極的に解決する気が無いことだけは確実だ。
それでもまあ、一応は“味方”として考えられるので、スズハラを任せることにした。
多少の不安はあるが……信用はできると思う。
スズハラを見る用務員の目に怪しい感じはなく、むしろ深く同情してるように思えるからだ。
なにより運痴のスズハラを連れて、放送室に向かうのは無謀だ……。
それに……“武器”も借りた。
なんでこんなものを持ってる? と思わないでもないが、念のために……と、どうやら通販で手に入れたらしい。スズハラも驚いていた。
腹案として用務員室で、スズハラとおっさんと一緒に、助けを待ったり、タイムアウトを待つのも悪くはないが……リスクは高い。
先ほど、校内放送が流れ。違反者として、数名の生徒の名が呼ばれた。
不良のアンドウ
風紀委員のシノハラ
3-Bのヤマダ
吹奏楽部のタナカ
2-Aのスズハラ
2-Aのアズミヤ
1-Cのミタライ
―――そう、オレたち二人は手配されてしまった。
数ある有象無象の生徒の一人だった時と違い、名指しで風紀委員や先生に追いかけられる立場になった以上、時間の経過は不利にしかならない。
それらを総合的に考えて、オレは、事件の早期解決を狙い。直接的な手段に出る事を選んだわけだが……。
「ペンは剣より強し! ソレ即ちバットより強い!!」
「墨汁ストライク! ベタフラッシュ!!」
「甲子園は逃したが……内申書は逃せないんだよっ!!」
「バッスターホームランッ!!」
「囲め囲め! ウエダ! そっちに言ったぞ!!」
「唸れ! オレの豪腕ッ!! デッドボールなんて怖くない!! ……だけどサヨナラだけは簡便な!」
「スクープはッ!! 自ら掴むものッ! 創るものッ!! トミーフラッシュ!!」
「トミー! アイダ! ペンの力を魅せてやれ!! 漫研なんぞに遅れるなッ!!」
どうしよう、いきなり挫けそうだ……。
放送室を目指して、来た道を逆走するように校舎に向かい、放送室のある東校舎に行ったは良いものの……。
野球部と漫画研究部と新聞部の三つ巴の争い現場に遭遇してしまった。
どさくさ紛れで横をすり抜けるか?
遠回りになるが、北校舎を経由するか?
それとも二階に上がり、渡り廊下を通るか?
ぐぬぬ、悩ましい……。
「おい」
「……ひょ!?」
物陰に隠れ、成り行きを見ながら悩んでいたら、いきなり肩を叩かれた!
「まて、騒ぐな! ……2年のアズミヤだろ?」
「……誰だ?」
「おいおい、校章をチャント見ろよ? 俺は先輩だぜ?」
「……誰ですか?」
「3―Bのヤマダだ。
―――お前と同じ、違反者さ」
そこにいたのは、浅黒く日焼けしたチャラそうな男の先輩だった。
足手まとい退場。
そして、新たな足手まといの登場です。
―――誰得だよ!?