ミス研初手柄
「今のうちに、キエルンの実を渡しておくわ。飲んでから透明になるまで少し時間がかかるから、気をつけて。」
ミワはニーナとカルロスにキエルンの実を渡し、倉庫室側の木陰にあるベンチに腰を下ろす。ニーナとカルロスは、最近学園内で流行しているポップミュージックについて談義しながら、倉庫の様子をそれとなく伺う。しかし、こうして待っていると、だんだん暇になってくる。副理事長が倉庫室にくるタイミングも、そもそも本当に倉庫室にくるかどうかも、結局分からない。だが他に手掛かりが無い以上、思いついたことをひとつひとつ実行していくしかなかった。
「!来たわよ。準備して。」
副理事長が倉庫室に向かってくる。一人じゃないようだ。誰だろう・・身なりはずいぶん高貴な感じがする。だが、どこか陰険そうな表情をしているようにみえた。
「フィアーのやつめ。おとなしく授業だけに集中しておればいいものを。だいたいダークエルフの分際でこの学園の教職につくこと自体、うぬぼれにも程があるわい。」
「ふん。身の程知らずの寿命は短い。だが、魔法大学をくびになったとなれば、あいつも再就職には苦労するだろう。なんなら私が専属メイドとして飼ってやろうか。たっぷりと面倒見てやるぞ」
・・反吐が出る。前の権兵衛にいたやつらといい、どうしてこう阿呆な連中というのはどこにでもいるのだろう。
「しかし、フィアーも最後にいい貢献をしてくれましたな。フィアーのやってた研究を魔法大学とスコッティ様の共同研究として発表すれば、スコッティ様の評判も一気にあがるというもの。」
「そしておまえは理事長への道に一歩近づくというわけか。どうだ?今夜はルナの店で一杯やらんか?」
「いいですね。じゃあ、とっとと資料を頂戴させいただくとしましょうか。」
二人は一仕事終え、満足そうな足取りで倉庫に入っていく。側でしっかり話を聞いていたものがいたことなど知る由もなかった。
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ミス研の部室内からは相変わらず、各自が持ってきた茶と菓子の香りが漂ってくる。だが、混ざり合った匂いとは言え、決して不快なものではなく、近づく者の食欲をそそる。その茶と菓子を口にしながら、ミス研メンバー全員での緊急会議が始まる。
「要はフィアー先生の研究成果を横取りするために、副理事長とそのスコッティって野郎が、フィアー先生をはめて、解雇に追い込んだってことか?」
「そういうことみたいわね。全く幼稚というか、なんでそんなやつが副理事長になれたんだろうね?」
「そういうやつだからこそだろ。だけど思ってたより、あっけなく真相が分かったな。で、これからどうするよ?」
「とりあえず、フィアー先生にはこのこと伝えとく?」
「先生なら、多分とっくに真相知ってるだろ。それより、どう先生を助けるかを考える方が先決だ。」
「そうね。まずはこんなのどうかしら?」
ランシアが珍しく提案する。カシワはランシアの方を見て一瞬たじろぐ。その顔には副理事長以上の凶悪な笑みが張り付いていた。うう・・あんま、無茶しないでね、ランシア姉さん・・カシワは内心ちょっとびびりながら、ランシアの提案に耳を傾けた。
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「いらっしゃいませー」
ルナの店内は、今夜も多くの客で賑わっていた。店内はだいたい1つのテーブルに4、5人の客が座り、2人ずつ豪華なドレスをまとった女性がテーブルに着く。カシワのいた世界でいうキャバクラのようなかんじだ。只、どの客も羽振りがよく、普通の町民では手が届かないような、高級な酒がどんどん空けられている。キャバクラの中でも普通より少し敷居が高い、いわゆる富裕層が集まる場所だ。その店内の奥の一隅に副理事長とスコッティの姿が会った。
「今日は皆どんどんやってくれ。おい、そのワインもう空じゃないか。ミスティアワインの45年ものを持ってきてくれ。ほら、チップだ。」
接客している女性達から歓声があがる。その言葉とともにスコッティは接客している女性の胸の谷間に小銀貨を入れていく。
「今日は新人が入ったんですよ。お二方、初々しい女性はお好みですか?よかったら連れてきてもよろしいでしょうか?」
店主のルナが、二人に声をかける。金をおとしてくれる太客だと見て、サービスしてくれるのだろう。新人を可愛がるのは久しぶりだ、勝手なことを思い、副理事長達は機嫌を良くする。
「初めまして。ララと申します。宜しくお願いします。」
「おお、こっちに座ってくれ。こりゃすごい美人じゃないか。白ワインでいいか?」
「ありがとうございます。頂きます。」
頭を下げて、テーブル席につくララと名乗る女性。実はランシアだ。変装の魔法なんて高度なものを使わなくても、薄暗い店内の中、髪を専用ヘアメイクにセットしてもらい、元々整っていた顔立ちにつけまつげやルージュの口紅、チークパウダーをつけて、青のロングドレスとコサージュで着飾ったランシアは、ルナの店でも間違いなくナンバーワンの器量を持っていた。知ってる人がよほど注意深く観察しない限り、ランシアだと気づかないだろう。
「ララはこの店入ったばかりなのか?まだ色々覚えることが多く大変だろう。先輩の姉さん達にいじめられたら、構わないから私に言いなさい。」
優しい言葉をかけながら、ランシアの太ももの間にチップを渡そうとしてくる。ランシアは笑顔を向けながらも巧みに手をかわし、その手からチップだけをいただく。
「ありがとうございます、先生。助かりますわ。今日はまた随分ご機嫌が宜しいようですが、何かいいことがあったんですの?」
ランシアに触りそびれたことに一瞬残念そうな顔をしながらも、気を取り直し、目の前のグラスを飲み干す。
「おお、実はな今度の闇魔法学会で大々的な発表をすることになってな。我々の長年の努力がようやく実を結ぶときがきたというわけだ。今後はこの店の常連客になるから宜しくな。ララちゃんも運がいい。今のうちに我々と仲良くなれば、すぐに店のトップになれるぞ。」
何が長年の努力よ。フィアー先生の研究を盗んだだけのただの泥棒じゃない。ランシアは心の中で毒づきながらも、そんなことはおくびにも顔にださず、満面の笑顔でいかにも感心したというように接客を続ける。
「まぁ、それはすごいですわ。未来の発展に貢献している方ってかんじで素敵。ねぇ、よかったら聞かせてくださらない?どんな研究なんですの?」
「なんだお前、闇魔法のことに興味があるのか?」
「いえ、私は魔法なんて全然さっぱりですわ。お願い、おじさま、いえ、お兄様。おバカな私にも先生方がどんなすごいことをなさったのか、わかるように教えてくださいな。私、もっともっと先生方のこと、よく知りたいの。」
そういって、ランシアは副理事長の手にそっと触れる。
「しょうがないな。じゃあララにもわかるように説明してやるか。すごいぞ。空間の中に歪みをもうけて、対象をワープさせる魔法だ。この魔法が公に使われるようになれば、今の転移魔法の半分以下の金額で交通できるようになるし、他にも用途は山積みだ。ララもそのうち、世話になると思うぞ。」
フィアー先生の研究していた内容については既に調査済みだったが、今初めて聞いたというように驚きの表情を浮かべる。
「まぁすごい。その魔法を研究された方って、とても優秀ですのね。」
「ハハ、馬鹿だなぁ、ララは。その研究をしていたのが私たちなんだよ。」
「いえいえ、副理事長さん達ほどではありませんわ。どこで誰が聞き耳をたてているかも分からないのに、ペラペラといらないことをしゃべって自爆するお間抜けさんには、馬鹿さ加減では到底かないませんもの。」
「なんだと、お前、誰に向かって口を聞いている?おい、この娘をつまみだせ。不愉快だ。」
ルナが近づいてきて頭をさげる。だが、口調は丁寧だが、明らかに副理事長達二人を無言で威圧する。
「当方の従業員が失礼をいたしまして、誠に申し訳ありません。ですが残念ですが、つまみだされるのはあなたたちの方ですわ。ここは皆が頑張って働いた疲れを癒す憩いの場ですの。ですから、下衆な方がいられると、他のお客様に余計な不安をいただかせてしまいます。さ、どうぞ御引き取りください。お代はしっかり請求させていただきますけどね。」
「貴様ら。おい、このスコッティ様がその気になれば、こんな店潰すぐらいわけないぞ。」
「それは無理だと思いますわ。後ろをご覧なさいな。」
そこには魔法大学の理事長とフィアー先生、フィアー先生の研究室で同じ研究をしていた助手と警備兵が数人、それにミス研のメンバーが勢ぞろいしていた。フィアー先生がため息をつきながら、二人を見下す。
「全く私に愛人にならないかって何度もせまったあげく、断ったら断ったで私の研究を盗んで手柄にするなんてね。まったく話にもならないわ。」
だが副理事長達は、勢揃いしていた面々に驚きを見せたものの、すぐに落ち着いたように応答する。
「なにを言ってるんだ。フィアー君。解雇されて誰かに八つ当たりしたくなる気持ちも分からんでもないが、根も葉もないことを言われては迷惑だよ。さ、今日のことは水に流してやるから、もう帰りたまえ。」
「それでは闇魔法で空間に歪みを持たせるとき、ある道具を使うんですが、それが何か分かりますか?」
「ふん、研究機密をこんな場で言える訳がなかろう。それに道具の準備には時間がかかるんだ。」
「では、今ここで、小さな歪みでいいんで、空間に歪みを持たせられます?」
「馬鹿が。空間に歪みを持たせるのは多大な魔力を使うんだ。だから、じっくり事前に準備してだな・・」
「要するにできないんですね?」
「何が言いたい?わけのわからんことを言ってないで、とっとと帰りなさい。」
フィアー先生は副理事長の飲み干した後のワイングラスを手に取る。グラスの中に一部の空間の歪みが生じていた。そこに一枚の銅貨を入れる。銅貨は副理事長の頭上に転移し、音を立てて頭の上に落ちる。
「これが空間に歪みを持たせる魔法よ。魔力なんてほとんど使わないの。誰にでも手軽にできるからこそ画期的っていうのよ。今後の参考にしなさいな、副理事長さん。スコッティさん。」
副理事長とスコッティの顔に焦りがでる。だがまだ反論は続けるようだ。
「ふ、ふん。それが何だというのだ?そんな安い手品で何を証明したつもりなんだ?まったくバカバカしい。」
「私が証明したのは、あなたがこの転移魔法について何も知らないって言う事実よ。空間に歪みを持たせるときに使う道具のことなんだけどね、実は道具なんて何も使わないの。ただ魔力の操作にコツがいるだけ。でも魔力量をそんなに使う訳でもない。転移の研究をしている人にとっては常識なんだけどね。何故あなたたちは、そんな基本的なことも知らなかったのかしら?」
フィアー先生がたたみかける。反論がでないようだ。そして、副理事長たちは最大のミスをおかした。いくら論破したからといって、証拠などは何もない。だが暴力に訴える暴挙に移ったのだ。文字通り自爆である。
スコッティがフィアー先生に殴り掛かった手を、ランシアが軽くあしらう。ついでに足を引っかけ、横に転がす。地面に打ち付けられたスコッティの上に、反動で倒れたテーブルの上にのっていた酒瓶が降り掛かる。スコッティは身にまとった高価であろう衣装を酒でびしょびしょにして、仰向けに倒れた。副理事長の方は呆然とし、何もできないでいた。最後に一緒にいた警備兵がとどめの言葉をつげる。
「お二人には、研究盗用及び傷害罪が適用されます。正式な判決は裁判後になりますが、ここにいる全員が証人です。どうしますか?今すぐ自首なさいますか?それとも私たちによる逮捕という形で王都の犯罪取り調べ室の方へご案内しましょうか?」
二人はすぐに観念はせず、その場で自首はしなかった。だが、警備兵に連れられ取り調べ室に連れて行かれると、1日で根をあげ全て白状することとなった。翌朝フィアー先生の解雇通知は取り消され、今はいつも通りフィアー先生の講義を受けている。今回のお礼ということでレポートや授業での模擬戦を甘くしてくれるという恩恵は無いようだ。だが、フィアー先生と俺たちの距離は今回の事件で確実に縮まった。
「本当にありがとう。みんな。私この大学に残れるのね。研究が続けられるなんて夢見たい。お礼にあなたたちを闇魔法の最高の使い手にしてあげるわ。ビシビシ行くから覚悟してね。」
講義そのものは以前より厳しくなった気がする・・なんか少しだけ理不尽を感じながらも、真剣に授業を進めてくれるフィアー先生の講義を、今日も一所懸命集中して聞いている。