祭りの準備
朝か・・まだ、眠い。もう少しだけ・・あ、仕込みしなきゃ。
カシワはベッドから起き上がり、身支度を整えると、喫茶満腹亭で出しているヒラメの昆布締めと、レバーを牛乳につけ込む作業を始める。続いてコーヒー豆の選別作業を行っていると、グラ爺が起きだしてきた。
「おはよう。早いね。お、もうやってくれとるのか。」
「おはようございます。夕べは仕事できなくて、すみませんでした。」
グラ爺はハーブの選別を行いつつ、満腹亭の朝の定番メニューであるフレンチトーストとクロックムッシュの用意を始める。
「かまわんよ。列車が運休になってたんじゃ仕方ないさ。それよりミワから聞いたんだが、サークル入ったんだって?」
「ええ、私の元いた世界について研究しているらしく、運が良ければ元の世界に戻れるなんらかの手掛かりが見つかるかもしれないと思いまして。」
お、このコーヒー豆はちょっとやばいな。振り分けとかなきゃ。
「ほう。もし元の世界に戻るつてがわかったら、やっぱりすぐ戻るつもりかね?」
グラ爺が少し寂しそうな顔をする。ここに居てほしいと思ってくれてるなら、大変有り難いことだし、すぐに帰るのは逆に申し訳なくも思う。
「そうですね・・一旦は戻ります。只、戻って、元の世界で通っていた学校を卒業し、用事を済ませたら、またこちらの世界に戻ってきたいなとも
考えています。今となっては元いた世界も、こちらの世界も両方大事ですから。」
まぁ実際には、仮に帰れる手段があったとしても、また再びこちらのミスティアの世界に戻ってくるなんて、さらに難しいだろう。そんなに都合良く異世界間を往来できる手段なんて、あるはずない。仮にあったとしても、相当難しい技術となるんだろう。だがそれでも、グラ爺に言った通り、俺にとっては両方の世界が大事だし、虫がいいと言われようとも、出来れば両方の世界に住みたい。
「おはよう、二人とも早いわね。もう仕込み済ませてくれてるの?」
ミワ姉も起きてきたみたいだ。ほうきを持って店の外にでる。店内の掃除は既に済ませてあるので、玄関前に落ちてる葉っぱを集め、ゴミ袋に入れていく。
「ちょっと何よあれ・・」
どうしたんだ?また何かトラブルか?まさかゴブリンの襲撃とか?もし店にまで迷惑かけるようなら、さすがに無視するわけにもいかない。
「どうしたんだミワ姉?大丈夫か?」
必死の形相で駆けつけた俺を見て、ミワ姉はキョトンとした顔を向ける。
「大丈夫ってなんのこと?それよりみてよ、あっちの空。」
空?とりあえずミワ姉の指差す方向を見る。そこには、ピンクの飛行機雲と虹を組み合わせた造形文字で町のイベント告知が書いてあった。
「エルドォワ街生誕60周年記念。魔法大学文化祭とエルドォワ祭りの合同開催!!」
なんて言うか鮮やかで、消えてしまうのがもったいなく感じる。気がつけば街の人も皆、一斉に空を見上げ、感嘆の声をあげていた。この世界には飛行機は無いが、飛空挺はある。飛空挺の後部にある燃料排出口から、火属性魔法ガストで煙を作り、その煙に対して、金属製魔法カラーで色をつけているのだろう。これも立派な混合魔法だ。
「今年は、王族の方も祭り見物に来られるっていうし、うちの店も気合い入れなきゃいけないわね。オムライス以外にもなんかこう目玉になるアイディア商品が出せればいいんだけど。」
飛行機雲に見とれながらも、しっかり商売のことを考えるあたりはさすがミワ姉だ。目玉商品か・・旨くて安いもの。祭りで売るんだから祭り見物しながら、出来れば歩きながらでも食べられる物の方が客に喜ばれるかもしれない。ぱっとは思いつかないけど、後でミス研の連中にも相談してみるか。
「ミワ姉、そろそろ講義行った方がいいんじゃないか?今日は槍の実技訓練と数学の偏微分のテストだろ?」
「そうね。カシワも今日闇属性レポートの提出日じゃなかったけ?ちゃんと出来た?」
「それが、昨日の夜寝る前にレポートのこと思い出してさ。かなり焦ったけど、なんとか間に合った。フィアー先生、美人だけど、けっこうえげつないからなぁ。一回レポート遅れると減点10だし。きつかったよ。」
「あはは。じゃ、そろそろ行ってくるね。カシワは2時限目からだよね。悪いけど残りの掃除やっといてくれる?」
「へいへい。いってらっしゃい。」
「いってきます。」
ミワ姉を見送った後、最後にもう一度床のワックスがけを済まして、講義の支度をする。グラ爺に挨拶をすませ、ペガサス列車に乗り込むと比較的空いている後部座席の方に移動する。途中駅でニーナが乗ってきたので声をかける。
「あ、ニーナさん。おはよう。夕べあの後リア大丈夫でした?」
「おはよう、カシワ。さん付けはいらないって。リア、あんたらが帰った後、また泣き出しちゃったのよ。といっても嬉し泣きなんだけどね。皆すごく優しいって。それになんか頬を赤くしてたみたいだけど、あんたのことも気にかけてたみたいよ。」
居酒屋でのトラブルの後、ああいう場合は女どうしで話した方がかえってリアも落ち着くんじゃないかってことで、野郎連中は先に帰った。まぁ何にせよ元気になってくれたんなら、それが一番だ。
「へぇ。ま、元気になってくれたみたいでよかったです。そういえばリアって光属性と聖属性の魔法が得意なんでしたっけ。サキュバスだと闇属性とかの方が得意そうなんですけどね。あ、もちろん種族差別じゃないですよ。」
普通サキュバスは闇属性魔法に精通しており、特に魅惑の魔法を得意としている。だが種族といっても人それぞれで、棍棒の苦手なオーガもいるし、木属性より火属性魔法の方が得意なエルフだって数は少ないがいる。
「わかってるって。リアは自分が小悪魔族であることで少なからず辛い思いをしてきたからね。だからいつか世間を見返してやろうって頑張って、光と聖属性魔法の勉強してきたみたい。小悪魔族でもこんな魔法を使えるんだぞってアピールしたかったんだろうね。」
「自分で決めた目標に向けて努力できるってのはすごいですよ。ニーナさ・・ニーナはなんか将来なりたいものとか、もう決めてるんですか?」
「うーん・・一応、商人の道に進むことだけは決めてるんだけど、具体的にどんな商品扱う業者になるとかまでは、まだ全然決めてないのよね。カシワは?あ、カシワは異世界に帰るのが目標なんだっけ?」
「ええ最終的には。でも、それはすぐには実行不可能だって分かってるし、自分の力でどうしようもないことは無理しない。実現可能なことから努力するというのが信条なんで、とりあえず進路としては卒業後も大学に残って魔法研究所にでも入ろうかなって思ってます。」
「けっこう現実主義者なのね。冒険者にはならないの?」
「それも選択肢の一つとして考えてます。只、やるとしても、あんまりリスクの大きい依頼を受けるのは勘弁ですね。命大事にですよ。」
話しているうちに大学に着いたので、ニーナと分かれ、フィアー先生のいる闇属性魔法の講義室に向かう。フィアー先生はダークエルフ族で小顔に漆黒のロングヘアーときめ細やかな小麦色の肌を持つ美女だ。最も、年は300歳をゆうに超えているが、見た目は25、6歳ぐらいに見える。先生目当てに講義を受けにくる男子学生は後を絶えないが、だいたい3、4回目ぐらいでドロップアウトする。元々闇属性魔法の素養のあるものは他の属性の素養のある物に比べ、比較的少ないうえ、講義内容も相当厳しい。実験レポートなども他の科目に比べ多いし、実技訓練もハードなため、最後までついていける学生は少ない。逆に言えば、先生の講義で優秀な成績を納めた物は、それだけで実力を評価してもらえるのだが、闇属性魔法は一般的な就職にはあまり向かないため、結局他の科目を頑張って就職に結びつける必要があるのだ。
「レポートはそこのboxの中に入れておいてくれ。それでは、講義を始める。魔法対全書385頁を開け。」
フィアー先生の講義が終わった後、ミワ姉と噴水広場前で待ち合わせ、構内にある食堂に向かう。
「エルドォワ祭りで出す料理なんだけど、こんなのはどうかな?コーヒーをゼリー状にして冷やしてミルクをかけるの。名付けてコーヒーゼリー。けっこううけると思わない?」
ミワ姉もけっこう考えてるんだな。元の世界じゃ、コーヒーゼリーはどこのスーパーやコンビニでも買えるが、この世界にはない。何の前知識も無くコーヒーゼリーを考えられるって、なかなかすごいよな。
「いいんじゃない?実は俺の元いた世界にもコーヒーゼリーって実際にあるんだよね。100円・・要するにパン一個ぐらいの値段で買えて、旨いし人気もあるよ。多分客も喜ぶんじゃないかな。」
「へぇ。カシワの住んでた世界って何でもあるのね。それだけいろいろな技術があるのに魔法がないなんてなんだか不思議。みんな消費魔力無しの魔法を使ってるみたい。」
「魔法は無いけど科学技術が発達してるし、国ごとに多種多様な文明が栄えてるからね。あ、国ごとに文明があるのはミスティアも同じか。」
食券売り場の前に並んで、ミワ姉と話しながら、何を食おうか考える。今日のランチセットはAセットがクリームシチューでBセットが鳥肉とかぼちゃを炒めたものか。クリームシチューにするか。ミワ姉も同じくAセットの食券を買い、席に座る。
「一度カシワのいた世界にも行ってみたいなぁ。ところで今日講義終わったら私もミス研に行ってみてもいい?」
「もちろん。部員数少ないし入部してくれるんなら、皆歓迎するよ。場所分かる?どっかで待ち合わせて一緒に行こっか。」
「私もビラもらったから平気。じゃ、後で部室行くね。あ、このシチュー、ジャガイモが柔らかくて美味しい。」
食べたら眠くなってきた。どの世界でも午後のこの時間の睡魔は強烈だよなぁ。帰る時間1時間遅らしていいから、昼休みの後、昼寝の時間っていうの作ってほしい。そんなことを考えながら、次の講義室に向かっていった。