居酒屋トラブル
そういえば、さっきからリアの姿が見当たらない。居酒屋権兵衛に入ったときは一緒だったし、ニーナと一緒に今後のミス研の勧誘活動について話してたと思うが、トイレにでもいったのだろうか?
「やめてください。嫌です!!」
なんだ揉め事か?オーガとヒューマンの2人組が、女性に絡んでる。ってあれリアじゃないか。どうしたんだ?
「だから、こっちきて酌しろっていってんだろ。どうせお前みたいな小悪魔族まともに相手してくれるやつなんて、いないんだろ。俺がたっぷり可愛がってやるって。」
「いやぁ、さすがは若旦那。優しいですねぇ。げへへ・・遊び終わったら、あっしにもまわしてくださいな。」
「おうよ。よかったな、サキュバスの姉ちゃん。遊び相手が出来て。こうなったら朝まで仲良くしようぜ。たっぷりとな。」
・・古今東西、異世界限らず、どこの世界でも馬鹿はいるもんだ。カルロスとリッチマンもトラブルに気づいたようで、今にも殴りかかりそうになっている。だが、店で殴り合いのトラブルはまずい。他のお客さんや店の従業員にも迷惑がかかる。仕方ない、ちょっと行ってくるか。
「私が何をしたって言うんですか?離してください。助けて、誰か・・」
オーガがリアの胸を掴もうとしているところを後ろからそっと近づき、そのオーガの腕を逆につかんで、アースの魔法を唱える。
「誰だ、てめぇ。何しやが・・」
話し終わる前に腕が土になっていくのを呆然と見るオーガとヒューマン。
「馬鹿旦那さん。腕を元に戻してほしかったら、その娘に今すぐ謝罪してください。それとも、ご所望でしたら、今度は心臓を土にして差し上げましょうか?」
オーガの顔が憤怒の形相になり、もう片方の腕で殴りかかってくる。今度はカルロスがその腕をつかむ。片割れのヒューマンが何かの魔法を唱えようとしてきたが、言葉を発することが出来ない。リッチマンが沈黙の魔法をかけたようだ。分が悪いことを悟る頭だけはあったのか、オーガがリアに謝罪する。
「すまねぇ。ちょっと酔いがまわってはめを外しすぎたみてぇだ。おい、もういいだろ。早く腕元に戻してくれよ。」
「お断りします。誠意のかけらも感じませんね。それではお望み通り心臓を・・」
「わかった、悪かった。このとおりだ。すまなかった。」
「今度あの娘につまらないことしたら、次は無いですよ?」
「ああ、分かってる。肝に銘じとくよ。いや、肝に銘じます。」
ため息をつきながら、アース解除の呪文を唱える。這う這うの体で逃げ出していった馬鹿二人組を見て、店内から拍手が起こる。店員からもさっきのコップのお代をチャラにしてもらえた。結果オーライだな。リアの方は大丈夫だろうか?また涙ぐんでいる。まぁ今回は無理も無いか。
「あの、皆ありがとう。やっぱり小悪魔族って邪悪な種族なのかな。迷惑かけてばかりでごめんね。足を引っ張ってばかり・・」
「バーカ、ここに種族がどうの気にするやつなんざ、一人もいねぇよ。それにいつお前が俺らの足を引っ張ったよ。逆にいつも勉強の面倒見てもらったりして、助けられてるじゃねぇか。」
いいこというじゃん、カルロス。見直したぜ。
「そうですよ。カルロスがリアの足を引っ張ることはあっても、リアがカルロスの足を引っ張ることなんてないじゃないですか。ここにいる全員いつでもリアの味方です。元気出してください。」
リッチマン。リアを励ますのは分かるが、逆にカルロスが傷ついてるぞ。
「そうよ。あんな馬鹿どものことで、リアが悩むことないって。もう会計もすませといたし、夜風にあたりながら、のんびりと散歩して帰ろうよ。多分もう電車も動いているだろうし。あ、それと、さっきのトラブル解決したお礼ってことで、料金2割引きしてもらっちゃった。なんかトラブル様々ってかんじよね」
さすがニーナだ。こういう商魂の逞しさは俺も見習わなくちゃな。
「皆の言う通りだ。俺もリアのこと好きだよ。だから、気にすんなって。じゃ、そろそろ行きますか。皆さん今日はありがとうございました。明日から宜しくお願いします。お疲れ様でした。」
「お疲れー」
「また明日」
挨拶をすませ、ペガサス列車に乗り込む。満腹亭につくと、ミワ姉が掃除をしていた。
「すみません。遅くなりました。すぐ手伝います。」
荷物を脇に置き、モップを持ってきて、床磨きを始める。
「おかえり。電車、大丈夫だった?びっくりしたわよ。ゴブリンの活動がここまで活発になるのってなんだか怖いわね。」
ミワ姉が食器類を熱消毒処理機に入れながら話しかけてくる。
「なんか、最近ちょっと物騒だよな。魔法の勉強も大事だけど、武術訓練ももうちょっと気合いいれたほうがいいかもな。そうだ。今日サークル入ってきたよ。あ、もちろん勉強と店の手伝いはおろそかにしたりしないから安心して。」
「へぇ。どんなサークル?」
「ミステリー研究会。それがなんか俺が元いた世界について研究してるらしいんだ。といっても、すぐに帰れる手段が見つかるってわけじゃないけどね。それに皆いいやつらで楽しいよ。ミワ姉もよかったら入りなよ。」
「ふーん。あんたが薦めるんなら、のぞいてみてもいいかもね。さてと、ご飯はもう食べてきたんだっけ?お風呂にする?それとも、私にする?」
「いや、そういう漫才はいいから。とりあえず風呂入って今日はもう寝るよ。おやすみ」
「おやすみ」
モップをかたして、最後にもう一度布巾がけを済ませると、タオルを持って風呂場に向かう。湯船につかりながら、ぼんやりと元の世界に帰ったときのことを考えてみた。皆どう思うだろうか?普通に考えれば家出したとか思われるだろう・・異世界行ってましたなんて言っても信じてもらえないだろうし、下手すりゃ病院連れてかれるんじゃないか?ま、さすがにそれは考え過ぎか。もちろん元の世界には帰りたいが、こっちの世界もそんなに悪くない。戦争や争いごとがあるのは元の世界も同じことだし、リアのような人種差別に悩まされてる人や、逆に居酒屋権兵衛にいたオーガとヒューマンのような、つまらないことしでかす馬鹿がいるのも、やっぱり同じことだ。それでもグラ爺やミワ姉、それにミス研の連中のような、いいやつらがけっこういっぱいいて、なんだかんだ勉強や仕事を頑張って皆生きている。いやぁ、人生って奥深いなぁと爺臭いことをしんみりと考えてるうちに眠気が押し寄せてきた。
「明日からまた忙しくなりそうだな。でも、楽しいからいいや。あ、闇属性魔法のレポート提出、明日だっけ。完全に忘れてた・・」
レポートを済ませ、カシワがようやくベッドで眠れたのは、それから3時間後だった・・