戦争の火種
戦争の火種をまいた?アリシアさんの口から漏れた言葉はにわかには信じがたいものだった。そもそも国と国の戦争なんて王か、あるいはよっぽどの大きな権力を持つ者でない限り、一個人で出来るようなものではない。いや、王だって個人の独断で戦争を引き起こすなんて現実には難しいはずだ。それをアリシアさんが引き起こしたのだろうか?
「事の発端は私が魔獣使いとしてエルドォワ王にこの国で働かせてもらえるようお願いした事でした。王は私の能力をテストすると言って、まずゴブリンやオーガを操るように命じました。その程度でしたら、私に取っては幼い頃から出来ていた事ですので、命令どおり街のはずれにある森に行って、ゴブリンとオーガを1匹ずつ配下にし、王の前で敬礼させてみせました。周りにいた兵士達はそれだけも十分に驚いてくれていたのですが、王は今度はドラゴンを操れるかどうか聞いてきました。私もドラゴンは未経験だったのですが、ここで王の信頼を得る事ができれば、将来安定した職につけると思い、挑戦してみる事にしたのです。」
アリシアさんはそこで一息ついて目を伏せる。俺たちはアリシアさんが話を続けるまで黙って聞く事にした。
「ドラゴンを操るのは想像以上にエネルギーを使う者でした。まずドラゴンの住処まで行くまでがそもそも大変です。王もドラゴンの住処に向かうため、兵士達を数名つけてくれたのですが、そのうち何人かは帰らぬ人となりました。それでも私たちは何とかドラゴンの元にたどりつき、周囲の助けもあって、何とかドラゴンを使役することに成功しました。手なずけたドラゴンの背中に乗って王の元に帰り、ドラゴンを王に向かって頭を下げさせると、今回は王も大変驚いてくれて、私に側近として仕える事を許してくれました。」
きっと想像以上に熾烈な戦いがあったのだろう。ドラゴンなんて俺個人としては関わりたくもない。元々平和主義者の俺には、それだけでアリシアさんが英雄に思えた。
「ですが、そのことが王の心を必要以上に大きくしてしまったようです。これだけの力があれば、国をもっと大きくできるのではないか?そんな風に王は過信されてしまったのでしょう。しばらくは王の側近として、忙しいながらも充実した生活を送れていたんです。給金も相当な額をいただいていました。しかしあるとき、王は隣国のリンガイア王国に、今後はさらなる両国の国民の幸せを願って、配下に入るように命じたのです。それまでは友好国だったリンガイア国は王の突然の申し出に驚き、当然却下の返答を返しました。すると、王は私にドラゴンを使ってリンガイアの城壁の一部を壊すように命じたのです。我々にはこれだけの力があるということを知らしめるつもりだったのでしょう。私には王の命令に逆らう力も知恵も勇気もありませんでした。そして、王の命令通り、ドラゴンを使ってリンガイア国の城壁の一部を破壊し、リンガイア王国との間に戦争が起こるきっかけをつくってしまったのです。これが私の犯した大罪です。」
アリシアさんは大罪の事実を告げ、涙を流した。理由はどうあれ、戦争が起きれば大勢の人々の命や生活が脅かされることになる。その責任をアリシアさんはおそらく誰よりも感じていたのだろう。
「ミスティア連合の連中に利用されるようになったのは、そのことが連中に知れ渡ったからなのですか?」
リッチマンがアリシアさんに尋ねながら、そっとお茶を新しく入れ替えてアリシアさんの前に差し出した。
「知られたのは偶然だったんです。私は城壁を壊してしまった夜、酒場で妹にそのことを相談しました。その話の内容を偶然側に居たミスティア連合の一人に聞かれてしまったんです。連中は最初私に優しく語りかけ、話の詳細を聞き出し、そして態度を豹変させて、その話を世間にばらされたくなかったら従うように要求してきました。」
俺たちはアリシアさんの話を聞き、アリシアさんが落ち着くまで黙って側にいてあげた。下手な慰めの言葉をかけるよりも、その方がいいだろうと判断したのだ。
「私はミスティア連合の件が片付いた後、連中の脅迫下にあったとはいえ、子供達にしたことを償うため牢獄に入りました。しかし、王や王の側近の大臣達は戦争には私の力が不可欠と考えていました。そこで、特例措置として、私の罪は免除され、牢獄から出る事を許されたのです。しかし、その代償として、率先してリンガイア王国に攻め入るように命じられました。お願いします。戦争が起きれば、ミスティア連合の件以上に大勢の人々が多くのものを奪われます。私に皆さんの力を貸してください。戦争を止めたいんです。」
ちょっと待て。アリシアさんの思いは分かるが、俺らは只の学生だぞ?そりゃ俺だって戦争なんて起きてほしくはない。だが、いくら優秀な人材が集まっているミス研メンバーとはいえ、優秀ってのはあくまで学生レベルでの話だ。国と国の争いごとに口をだせるような力なんて持ち合わせてるわけがない。さすがに即座に返答できずにいると、先ほどまでピエロを務めていた大道芸人ジェンキンスさんが帰ってきた。
「アリシア・・俺が帰ってから話すってことだったが、もうほとんど話してしまったようだな。もう聞いているとは思うが俺はジェンキンス。知っての通り、大道芸で飯を食っている。アリシアとは古くからの幼馴染でな、アリシアから今回のことで相談受けてたんだ。お前らミス研のこともアリシアから聞いてはいたんだが、街で芸を披露しているとお前らのことが目に入ってな。助手に頼んでアリシアに連絡し、お前らにも今回の件を相談してみる事にしたんだ。なぁ俺からも頼む。力を貸しちゃくれねぇか?」
だが、いくらなんでも事が大きすぎる。学生レベルで解決できるような話じゃない。ミワ姉が渋々といった様子でやんわりと断りを申し出る。
「アリシアさん、ジェンキンスさん。お話はわかりました。アリシアさんの言う通り私たちも戦争なんて起きてほしくはないと思っています。出来ればお力になりたい。ですが、今回の件は私たちの力の範囲を超えてます。申し訳ないのですが、正直言って対応は難しいかと思います。」
しかしミワ姉の断りに対して、ジェンキンスさんは首を横にふる。
「そんなことはない。あんたらミスティア連合の連中をいとも簡単に壊滅させて、子供達やアリシアを救ってくれたじゃないか。今回の件はそれが少し規模が大きくなったってだけだ。頼む他にあてが無いんだ。こんな事冒険者ギルドに依頼しても取り扱ってはくれないだろうしな。」
そりゃギルドも扱ってくれないだろう。断じて”少し”規模が大きくなった程度ではない。でも、彼らには他に頼るものはいないんだよな。今までも一所懸命対応を考えて、結局いい案が思い浮かばなくて、ダメ元で俺らのような学生に藁にもすがる思いで頼んだのだろう。俺は皆に提案してみる。
「なぁ、国どおしの戦争を扱うのは無理かもしれないけどさ、アリシアさんとジェンキンスを何らかの形で助ける事はできないかな?」
ニーナが俺の言葉を聞いて当然の反論をする。
「助けるってどうやってよ?カシワ、同情するのはわかるけど、下手な安請け合いして希望を持たせてしまうのはかえって悪い結果を招くわよ?」
ニーナの言う事は極めて正しい。だが、正論が正しい結果を招くとは限らない。
「もちろん、わかってるさ。だが、今がすでにアリシアさんたちにとって最悪の結果になってるんじゃないか?だったらこれ以上は悪くなりようはないだろ。確かに俺らは只のひよっこ連中の集まりかもしれないけどさ。でも何か策を考える事ぐらいは自由だろ?」
リアも俺に同意して口添えをしてくれる。
「そうね。カシワのいうとおり、国どおしの争いごとなんて大規模なものは扱えなくても、私たちだって出来る事はきっとあるんじゃないかしら。と言っても具体的に何が出来るかって言われると全然思い浮かばないんだけどさ。でも、アリシアさんたちの力になってあげようよ。」
「そうね、私もリアに賛成。この人たちをこのまま放っておくのは、ちょっと後味悪いわよ。」
「俺は反対だ。いくらなんでも規模が大きすぎる。確かにミス研の活動に制限範囲は無いが、これはちょっと無茶だぜ。」
ミワ姉が賛成を、カルロスが反対の意思をそれぞれ表明する。こういう場合どちらが正しいという事はおそらくないのだろう。皆それぞれちゃんと考えたうえでの発言だ。だが、ここまで沈黙を続けていたランシアが皆の思いを簡単にぶち破る。
「まったく、この事件を解決するなんて、これ以上無いくらい簡単じゃないの。皆揃いも揃って、おバカさんね。これだから凡人は・・」
何?なんで国通しの争いごとを解決するのが簡単なんだ?いくらランシアでも、ちょっと無茶すぎるだろ。だが、ランシアは皆が呆然としている様子をまるで意に介さず、話を続ける。
「まぁ聞きなさい。まずはカルロス、あなた祭りで開催される武術大会にでなさいな。あなたなら優勝・・はさすがに無理だろうけど、いい線まではいけるでしょ。そしたら、バカ王にお目通りがかなうわ。全てはそれからよ。後、アリシア。呼び捨てでもいいわよね?力になってあげるんだから。あなたには別途準備してもらう事があるわ。ちゃんと指示通りに動くのよ?それから残りの皆は今から伝える事を実行してくれる?ジェンキンス、あなたにももちろん手伝ってもらうわよ?」
ランシアは皆があっけにとられてる中、一人優雅にお茶を入れて味わっていた。