リカルの笑顔を取り戻せ
ミワ姉とカルロスが魔獣使いを連れ出している頃、俺とリアはリッチマンと一緒にリッチマンの使った姿隠しの魔法で透明になった後、ミスティア連合の資料集めをしていた。
「もし連中を裏で操って稼がせているやつがいるなら、金の管理はおそらく厳重にやってるはずなんだ。誰にいくら貸したか、上納金の期限と金額、裏で操っているやつに渡す金額、他にも金の流れは正確に把握させている。下っ端の連中が額をちょろまかさないようにね。つまり帳簿をつけてるってこと。あった、これだ。こいつは連中をつぶすいい武器になる。ニーナに渡せば、おそらく取引先の業者関連も一網打尽に出来るだろう。これで連中の財源は途絶えた。」
リッチマンが戸棚の奥に整理されていたバインダーノートを見つけた。中にはミスティア連合の収入や支出、誰にいくら納めたかが詳細に記録してある。
「ニーナなら、証拠さえ揃っていれば、取引業者に圧力をかけて、手を引かせられるものね。すごいなぁ、ランシア。私たちの話を聞いた段階で瞬時にここまで計算できちゃうんだもん。」
リアが感心したようにつぶやく。俺もリアの言葉にうなずき、同じように感心した。
「本当。ランシアが味方でよかったよ。ったく、どこが”正々堂々”なんだか。まぁどうでもいいけどさ。さて、ニーナのところに行くか。後、近衛騎士団にもこの帳簿見せといた方がいいよな。」
「それもニーナに任せとけば大丈夫だろう。彼女なら全部うまくやってくれるさ。それより一応姿隠しの魔法を使っているとはいえ、出来るだけ早いうちにここから出た方がいい。」
「そうだな。とっとと行くとするか。」
俺とリア、リッチマンは周りの連中に気づかれる前に退散する事にした。幸い、姿隠しの魔法と、元々ミスティア連合の連中がただのならず者集団だったおかげで、無事外に出る事ができた。もし、勘の鋭いやつや違和感にすぐに気づけるような優秀なやつがいたら、やばかったが、今回ばかりは、敵がチンピラ連中の集まりである事に感謝した。
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「なんでカシラが倒れてるんだ。一緒にいたやつらも皆眠ってやがる。一体どうなってやがる。おい、起きろ。何があった?」
カシラと周囲の連中が皆眠っているという異様な光景を目にした男が、狼狽の声を上げる。周囲の異常に気を取られ、背後から近づいてきた侵入者に気づかない。
「あら、まだ起こされちゃ困るわ。もうしばらく眠っててくださいな。」
ランシアは男の首の後ろに手刀をあて、簡単に眠らせた後、すぐに起きないように眠りの魔法をかける。そのままカシラと呼ばれていた男を縛り上げ、小型化の魔法でカシラの体を小さくし、腰巾着の中にいれて袋口を閉じた。
「さて、こいつは役所にこのまま突き出すとしましょうか。魔獣使いの方もうまく連れ出してくれたみたいね。帳簿も手に入ったようだし、もうここには用はないわね。一応、残った雑魚連中のために、近衛騎士団にこの場所を教えておきましょうか。」
ランシアはそのまま立ち去り、カルロス達と合流する。これだけの騒ぎと証拠があったとなれば、お役所仕事で名高い王都と騎士団も動かざるを得なかった。数日後、近衛騎士団がもう一度踏み込み、残っていたミスティア連合の残党は片っ端から捕らえられた。そして、その日を持って、ミスティア連合は壊滅した・・
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「でも、結局ミスティア連合を裏で操っていたやつの正体はわからなかったわね。」
ニーナがぼやく。一仕事というには、大きすぎる成果をあげたミス研メンバーだが、そんな名誉など気にするものは一人もいない。いつもの通り、大量の菓子を机に散乱させ、午後のひとときを、めいいっぱいくつろいでいた。リカルも今はすっかり元通りになり、今はハンナさんのところで、遅れてしまった勉強を取り戻すべく精一杯頑張っている。体調不良の方も順調に回復しているらしい。後でメンバー全員でリカルのところに御見舞いがてら、訪ねてみるつもりだ。リカルと同じようにミスティア連合に脅迫を受けて喰いものにされていた他の子供達も、全員無事保護されたみたいだ。もちろん、体内に寄生していたモンスターは魔獣使いのアリシアさんがリカルの分も含め、全て取り除いてくれている。それと、焼き鳥の方は結局、あの日は食べる事が出来なかった。でも、俺はぜひ文化祭に出品するべきだと主張し、別段反対する者もいなかったため、今夜もう一度材料を買って、リハーサルとして作ることになっている。
「まぁ、今後は騎士団連中や王都の警備兵たちも調査にあたるだろうし、時期にわかるさ。それより、魔獣使いの、えっと、アリシアさんだっけ?彼女はどうなったんだ?」
俺はリカルだけでなくアリシアさんのことも気になっていた。後から聞いた話だが、アリシアさんは何かしらの”大罪”を犯したらしい。だが、彼女はずっと子供達を危険な目に遭わせ、犯罪行為に加担させていた事に心を痛めていた。俺にはどうしても彼女が、子供達の体内にモンスターを取り付かせるような、ひどいことをしていたとは信じられなかった。
「彼女は何か理由はあるみたいだけど、モンスターを使って、子供達に危害を加えた事自体は事実だからね。今は王都の牢獄に入っているわ。でも、面会は可能みたいだし、今回の事以外でもミスティア連合の行ってきた非道について、正直に話しているし、心から反省しているってことで、刑務官の心証もいいみたい。思ったよりもはやく出所できるかもしれないわね。」
ミワ姉がアリシアさんの事情について説明してくれた。大罪っていったいどんなことをしたんだろう?こちらも後日落ち着いたら、面会に一度行ってみるのもいいかもしれない。いや、ちょっと待て。大罪をおかしたなら、はやく出所できるのはおかしくないか?
「なぁ、ミワ姉。アリシアさんが犯した”大罪”については懲役刑の中には含まれていないのか?」
「それなんだけどね。大罪っていっても犯罪の類いじゃないらしいの。私も詳しく聞いた訳じゃないんだけど、どうも謎なのよね。」
ミワ姉も詳細までは知らないらしい。他のメンバーも同様のようだ。といっても真実を突き止めるのは王都の役人たちの仕事であって、俺らの仕事ではない。
「ふーん。まぁ俺はリカルやハンナさんが元通りの生活を送れるようになってくれたなら、正直他はどうでもいいけどね。只、アリシアさんのことはやっぱり気になるかな。」
するとニーナが思いついたように俺をからかってくる。
「アリシアさん、すっごい美人だもんね。やっぱり助けて仲良くなりたいわよね〜 出来れば手取り足取り慰めちゃったりして。でもリアがいるのに浮気はよくないわよ。」
「ちょっ。俺はそんなつもりじゃ。リアが誤解するだろ。なぁリア、俺本当にそんなつもりじゃないからな。」
だが、リアは幾分すねている。違うって。ニーナめ。なんで余計なトラブルを起こすんだ?
「私は別に気にしてないもん。そ、ゼンッゼン、全く、これっぽっちも気にしてないから、カシワの好きなようにしたら?あ、そのいちごのショートケーキ私のだからね。カシワ、お茶入れて。」
リアが冷たく俺に目を向けて、コップを手渡す。俺はため息をつきながら、コップを受け取ると仕方なしにお茶をいれる。どうしよう?俺は将来尻に敷かれるタイプなのかもしれない・・
「カシワ、ため息なんてつかないの。嫉妬するリアも可愛いじゃない。憎いね〜旦那。」
ミワ姉までが俺をからかってくる。だめだ、女性陣が勢揃いで攻撃してきたら、逃げた方がいい。ここで下手に逆らったり、論破でもしようものなら、後から何倍もの仕返しがくる。元々女性は理不尽な生き物だ・・まぁ、それでも好きになるんだけどさ。俺はリアのこと、間違いなく大好きだしな。
「さ、夫婦漫才はそれくらいにしておいて、そろそろリカル君のところに行こっか。僕もハンナさんやリカル君に会ってみたいしね。」
ニーナとミワ姉のダブル攻撃を受けていた俺にリッチマンが助け舟をだしてくれた。リアはまだちょっと拗ねている。俺はそんなリアの頭を軽くなでると、リアは頭を俺の肩にのせてきた。
「リア、俺たちもそろそろ行こっか。」
俺はリアの手を取り、皆と一緒にリカルとハンナさんの待っている教会へと足を運んだ。
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「この度は大変お世話になりました。感謝の言葉もありません。私に出来る事などたかが知れてますが、なにか今後お役に立てる事がありましたら、遠慮なく申し付けてください。」
俺たちが教会を訪れるとハンナさんは深々と頭をさげた。そんなにかしこまられると、かえって、緊張してしまう。
「頭をあげてください、ハンナさん。俺らは只の学生です。それに困ったときはお互い様っていうじゃないですか。もちろん、今回の事で恩に着せようなんてこれっぽっちも思ってません。俺たちはリカルやハンナさんがいつも通りの日常生活を取り戻してくれる事が、一番嬉しいんです。」
カルロスがそんな俺の発言を聞いて、頭を軽くこづく。
「たまにはいい事言うじゃねぇか。カシワのいうとおりだ。子供は子供らしく元気に遊んでるのが一番だぜ。せっかくの大事な時期をつまらねぇ小遣い稼ぎなんかに使う事はねぇよ。でも勉強はちゃんとしねぇといけねぇけどな。」
俺たちはハンナさんにもう一度挨拶をした後、リカルの部屋に行き、扉をノックした。
「おう、クソガキ。元気してっか?遊びにきてやったぞ。」
ドアが開き、リカルが嬉しそうな顔をしながらも、相変わらず生意気な態度で出迎えてくれた。
「みんな・・何しにきたんだよ。せっかく、勉強集中してたのに、邪魔すんなよな・・でも、その、なんだ・・まぁ一応礼を言っとくぜ。ありがとな。」
「へぇ?君がリカル君?なかなか可愛い顔してるじゃない。お姉さんが遊んであげよっか?」
ランシアがリカルを気に入ったらしく、リカルの鼻をつまんでグリグリさせている。もしかして、ランシアってショタコンなのか?
「ちょっ、何すんだよ。離せって。まったく、こんないたいけな少年に手を出すなんて、それこそ犯罪だぜ?」
「あ、非行少年のくせに生意気ぃ〜。そういう悪い子には、こうしてやる〜」
ランシアがリカルとじゃれあっていると、ハンナさんがバームクーヘンと紅茶を持ってきた。
「あらあら、リカル、良かったわね。一気にお友達がたくさんできて。皆さん、リカルと仲良くしてあげてくださいね。それじゃ、ごゆっくり。」
「ちょっ、ハンナ先生。これは、仲良くじゃなくて、からかわれてるっていうんだ。言葉は正しく使おうって。お姉さんもいい加減に離せっての」
リカルのやつ、すっかり元気になってくれたみたいだ。安心した。見ると小さい女の子が二人と男の子が一人、俺たちの元に寄ってくる。確か、リディアにミヤにポールだっけ?リカルが酒場で倒れたときに口にしていた子供たちだろう。
「ねぇねぇお兄ちゃん達、リカル兄ちゃんのお友達?」
俺は、子供達の頭の上にそっと手をおき、優しくなでた。
「そうだよ。君はリディアちゃんかな?それとミヤちゃんにポール君だよね。」
「すっご〜い。私たちまだ名前なのってないのに、なんでわかったの?魔法使いなの?」
「実はリカルから聞いてたんだ。俺にはとっても可愛い妹と弟がいるってね。君たちはリカルのこと好き?」
「うん。もちろん。なんか最近ちょっとリカル兄ちゃん、口を聞いてくれなかったんだけど、このまえからまた、遊んでくれるようになったんだ。もしかして、これもお兄ちゃんたちの魔法なの?」
子供達がらんらんと目を輝かせて聞いてくる。リカルがこの子たちを守るためにミスティア連合の言いなりになっていたというのが、今ならよくわかった。無事に解決できて本当によかったと思う。
「そうだよ。ここにいるお兄ちゃんたちとお姉ちゃんたちは、リカルと皆がまた仲良くなれるようにって魔法をかけたんだ。この魔法はとても強力だからね。もう心配いらないよ。リカル兄ちゃん、ちゃんと口を聞いてくれるし、遊んでくれるでしょ?」
「すご〜い。ありがとう。お兄ちゃん、お姉ちゃん。ねぇリカル兄ちゃん、ここにいる皆と一緒にトランプしようよ。」
リカルはリディアちゃんの提案にうなずき、机の引き出しからトランプを取り出す。ハンナ先生の持ってきてくれたバームクーヘンを食べながら、トランプに興じているとリカルがふいに俺の方に向き直った。
「あのさ、こういう事、うまく言えないんだけど。本当にありがとな。また、こんな風にリディアたちと遊べるなんて夢みたいだ。俺、もっと勉強するよ。それで大きくなったらお兄ちゃんたちみたいに困っている人を助けられる強い男になる。これは男と男の約束だ。」
そういってリカルは小指をたてて、俺の前に突き出した。俺はうなずいて、リカルの小指に自分の小指を絡ませ、数回上下にふって絡ませた指を離す。リカルはニカっと笑うと、俺の前にカードを突き出した。
「俺の勝ちー。まったくお兄ちゃん、弱いねぇ。もう一回やるか。」
このクソガキ・・だが、残っていたバームクーヘンを口にすると、ほんのりした甘みが口に広がる。まぁいいか、楽しいしな。リカルとのトランプ勝負はその後、リディアたちが眠るまで数時間、続いた。