リカルの傷
リッチマンとランシアがドアからではなく、窓から飛んでった後、俺たちは酒屋に向かうことにした。リッチマンが帰ってきたときのために留守番をミワ姉とニーナに頼む。
「さてと、麦酒でいいか?他にもなんか買っとくか。お、この地元の芋から作られた焼酎なんかいいんじゃねぇのか。」
カルロスが店内に張り出されていた広告を見て、芋焼酎のところに向かう。試飲コーナーが設けられていたため、カルロスは一口飲んでみることにした。独特の甘みがあるのに、スッキリとした喉越しで、旨かった。
「お、なかなかいけるんじゃねぇのか、これ。」
「赤ワインとかも買っとこうよ。私、好きなんだよね。カシワはお酒飲まないんだっけ?」
リアはワインコーナーを俺と一緒に見回っている。ワインの額ってなんでこんなに幅広いんだろう。中には1本で車一台買えるようなのもあるらしいが、味にそこまでの違いがあるのだろうか。
「一応未成年だからね。俺の居た日本じゃ酒は20歳からって決められてるんだ。」
「ここは日本じゃないんだから別にいいと思うけどね。あれ?ねぇ、カシワ、あれ見て。」
リアが指差す方角に目を向ける。市場であった少年、リカルが目つきの鋭いガラの悪そうな連中と並んで、バーボンのコーナーを見回っていた。なんで、こんなところにリカルがいるんだ?確か、ハンナさんのところに帰って、家事や宿題をしているはずじゃなかったのか?
「おう、リカル。お前今日の分の上納金持ってこれなかったんだからよ、とことん付き合ってもらうぜ。いいよな。」
「でも、ハンナさんの言いつけだけは守らないと・・」
リカルが断ろうとすると、チンピラ連中はリカルの頭に腕をまわし、拳でこめかみのあたりをぐりぐりさせる。
「あ、おまえ、俺の言うこと聞けねぇのか?なぁ、こいつ俺のこと、なめてるらしいぜ。」
「こりゃ、お仕置き決定だな、おい。リカル君は僕たちより偉いんでしゅかねぇ」
チンピラ連中はニヤニヤ笑いながら、リカルにからんでいる。リカルは絡み付いた腕をほどこ
うとするが、逃げられないでもがいてた。
「違うよ。そんなこと言ってないでしょ。わかった。言う通りにするから、もう許してよ。」
だが、連中はリカルの要求をつっぱね、さらにエスカレートしていく。
「だめだな。お前がそういう態度なら、おまえの大好きなハンナさんのところのガキ、連れてこいよ。お前の代わりに可愛がってやるからよ。」
「な、あいつらは関係ないだろ。それに、言う通りにすれば、あいつらに手をださないって約束だったじゃないか。」
「言う通りにできてないお前が悪いんだろ。お前の場合、お前本人を痛めつけるより、おまえのとこのガキを目の前で可愛がる方が、お仕置きとして効果的みたいだしな。」
リカルは顔を真っ赤にしてチンピラ連中を睨みつける。
「ふ、ふざけるな。あいつらに手を出すくらいなら・・」
「手を出すんならなんだ?ママにでも言いつけるってか?まったく一人じゃ何も出来ないガキが、偉そうなこといってんじゃねぇよ。」
リカルが涙目になりそうになった頃、リカルにからんでた連中の一人の肩にふいに太くて逞しい腕がかかる。
「そのとおりだな。おまえらみたいに一人じゃ何も出来ないガキにはお仕置きが必要だよな。」
その言葉とともにチンピラの一人は腕をねじ曲げられ、そのまま地面に崩れ落ちた。カルロスが助けに入ったようだ。カルロスはそのまま崩れ落ちたチンピラの顔の上に足をのせる。
「なんだ、てめぇ。俺らがミスティア連合のもんだってわかってやってんのか?」
「ミスティア連合ってあの田舎組織の集まりか?どおりで世間を知らねぇ連中が集まってると思ったぜ。」
「なんだと、こら。上等だ。おい、皆こいつ遊んでほしいらしいぜ。」
「おお、遊んでくれよ。ちょっと最近体がなまってたからよ。運動しねぇとな。」
チンピラ連中の一人が酒瓶を持ってカルロスの頭を殴りつける。カルロスはそれをよけようともせず、真正面から受けた。まったく応えてないようすを見て、殴りつけた方が逆に狼狽する。カルロスは殴りつけてきた男の頭を鷲摑みにし、片手だけで放り投げた。ふっとんでいった男が別の連中の一人にぶつかり、二人ともそのまま地面に崩れ落ちる。残った最後の一人がその様子を見て逃げ出そうとし、何か思いついたように、リカルの方へ駆けていく。リカルをつかまえ、ヘッドロックした状態でリカルののど笛に担当を突きつけた。
「てめぇら、大人しくしねぇと、こいつの・・」
男がしゃべりかけたとき、辺り一面がいきなり、眩しい光につつまれた。リアが光属性魔法ライトを唱えたようだ。男は視界を奪われ、半狂乱になる。俺も同じく視界を奪われたが、男がはでにわめきちらしてたおかげで、男の居場所を把握することが出来た。気づかれないようにそっと近づいた後、男の持っていた短刀をつかみ、土属性アースの魔法となえる。男は短刀が土になったのをみて唖然とする。その隙にリアがリカルを助け出し、カルロスがとどめの一撃を男の脳天に加えることで決着がついた。
「あっけないもんだな。とりあえずお店の方に謝っとかないと。しかし、カルロスやっぱ強いな。」
「いや、俺はお前の魔法の方がおっかねぇよ。手に掴んだ者を土にするなんざ反則級だぜ?」
「リアの魔法も抜群のタイミングだったしな。サンキュー、リア。助かったよ。」
「えへへー。見直した?もっと褒めてもいいのよ?」
店内の騒ぎを聞きつけ、従業員が警備兵をつれやってくる。
「ああ、エルドォワ酒の25年ものが粉々になってしまった・・手に入れるの苦労するのになぁ。」
どうやら、あのチンピラ、そうとう高い酒を武器にしてカルロスに殴り掛かったらしい。罰当たりなやつめ。俺はお店の方に向き直り頭を下げた。
「すみません。お騒がせしました。あの・・割れたお酒、そんなに高いものだったんですか?」
「ええ。それにただ高いだけじゃなくて、元々供給量が少なくて、手に入りづらいんですよ。いや、別にあなた方を責める訳じゃないんです。私だって子供に卑劣なまねをするようなやつは許せません。でも、出来れば外でやってほしかった・・」
どうやら、今回一番被害を被ったのは、このお店だったようだ。申し訳ない。せめてもの誠意として、今度からこの店をミス研の贔屓にさせてもらうことを、お店の方に約束した。リカルの方はしばらく呆けていたが、やがて正気を取り戻した。
「な、なんだよ。誰も助けてくれなんて、言ってねぇだろ。余計なことしやがって。」
「ったく、まだこりてねぇのかよ・・お前がリカルか。ま、それだけ大口たたけるんなら大丈夫そうだな・・って、おい、お前、あの騒ぎで怪我したのか?巻き込まないように注意してたんだが。」
見るとリカルの腹部から赤い染みが広がっている。あきらかに血だ。連中の刃物かなんかで怪我したのか?いや、おかしい。カルロスのいうとおり、俺らは皆リカルには被害が及ばないように気をつけながら、チンピラ連中を片付けたはずだ。
「違うよ。この怪我は・・だめだ、逆らったら、また・・」
リカルがそのままうつ伏せになって倒れる。リアがすかさず駆け寄り、リカルを抱きかかえた。
「ねぇ、大丈夫?しっかりして!」
だが、リカルから返事が無い。かなり汗がでているようだ。リアがリカルの額に手をあてる。
「大変。すごい熱。どうしよう?このままにしておくわけにはいかないわ。」
「とりあえず、休ませよう。すみません、ベッドか長椅子貸してもらえますか?それと、この近くの病院・・いや、この世界に病院はないんだっけ。診療所は近くにありますか?」
「でしたら、従業員休憩室に案内します。診療所はここから歩いて15分くらいですね。こちらから行かなくても、訪問診療もやってるので、連絡すれば来てくれると思います。」
「では、すみませんが、連絡をお願いできますか?でも、連絡ってどうやってするんです?やっぱり魔法ですか?」
「いえいえ、もっと原始的なやり方です。こいつですよ。」
従業員休憩室から鳥かごを持ってきて、中から鳩を取り出す。鳩の足に診察依頼票をくくりつけ、外に飛ばした。あれが、伝書鳩か・・話に聞いたことはあったが、この目で実際に見るときがくるとは思わなかった。なんか、感激する。
従業員休憩室のベッドにリカルを寝かせると、リカルはうわごとをつぶやいていた。
「みんなを守らなきゃ・・ハンナ先生ごめんなさい・・あいつには勝てない・・」
あいつって誰だろう?なんだ?リカルの腹の傷がどんどん大きくなってる。刃物の傷じゃなくてこれは、魔法による傷なのか?リカルは遠隔魔法で誰かに傷つけられているのか?だが、リアはこの傷をみて、何か以前から考えがあったようにつぶやいた。
「やっぱり、思った通りね。この子に傷をつけたのは刃物でも魔法でもないわ。この子自身よ。」
え?何を言ってるんだ?リストカットとかそういう類いの自分で自分を傷つけるってやつなのか?
「でも、自虐とかじゃない。この子、体を乗っ取られてるわ。間違いない。」
「どういうことだ?」
「モンスターの中には実体を持たないで生きているものがいるの。誰かの体に乗っ取って、宿主となった体から養分を取得して生きる。一種の寄生虫のようなものね。乗っ取られた人は養分をとられるたび、要するに食事の度に体の内側から傷ついていく。傷は一見するだけだと普通の痣のようにも見えるの。この子が顔とか手とかには傷一つなかったのも、内側から傷つけられていたからじゃないかしら?」
「だから、服のあいまとか変なところに傷があったのか・・おかしいとは思ってたんだ。普通こんな変なとこに傷ってのは虐待だとかいじめとかを思いつくけど、ハンナさんがそんなことするとは思えないし、それに元々リカルは面倒見がよくて皆から慕われてたって話だった。逆に、傷つけたのがさっきのチンピラ連中だったら内側じゃなくて外側・・顔とかを殴ってそうだもんな。なんか最初から引っかかってたのは、リカルが誰にどうやって傷つけられてたのかってことだったんだな。」
リアがリカルの汗を拭き取り、リカルの額の上に濡れたタオルをあてる。
「これは私の推測なんだけど、さっきのミスティア連合とかって連中の中または連中を操っている人の中に、こういった人に取り付くタイプの魔物を操れる能力者がいるんじゃないかしら?その能力と組み合わせて、リカルのように元々人望のあった少年少女に、周囲の人間に危害を加えると脅しをかける」
「それで連中はリカルのような子供を使って、市場で盗みを働かせたり、通行人にスリをさせたりして、その上納金を納めさせてるってわけか。ヒデェ話だぜ、全く。」
信じられない話だ。元々人から慕われてたはずの人間に、そんな脅しをかけて、犯罪を起こさせて金を貢がせる。・・絶対にこのまま許しちゃいけない。なんとかしなくては。それも出来るだけ早急にだ。
「だけど、ひとつだけ気になることがあるの。実体を持たないモンスターを操るほどの能力って相当なものよ?よっぽどの天才とかじゃない限り、習得するには並大抵の努力じゃないわ。
そんな人がさっきのミスティア連合と一緒になって、甘い汁を吸い上げているなんて、ちょっと考えづらいのよね。」
「もしかしたら、その能力者とやらも、なんかの理由でミスティア連合の連中に弱みを握られ、脅迫されてんのかもな。どっちにしろ、このまま放っておけるもんだいじゃねぇな。」
「そうだな。とりあえず、リカルが意識を取り戻したら、話を聞こう。まずは事実確認が先だ。」
リカルはまだ眠りながら、うなされている。お前、本当はハンナさんのところにいる他の子たちを助けたいだけだったんだな。だったら、最初からそう言えよ、まったく。何もかも一人で抱え込む必要は無い。子供なんだから周囲に甘えてくれて構わないのにさ。だけど、もう大丈夫。ミスティア連合は必ず俺たちミス研が壊滅させてやるから、もう余計な心配はするな。俺はそっと乱れていたリカルの布団をかけ直してやった。