生意気な少年
おっさんに礼をいい、ついでに事情を聞く。どうやら、ここ最近、すりやひったくり、食料の窃盗などを働く常習犯らしい。しかもあの少年だけでなく、他にも似たようなことをやってる少年少女が何人かいるようだ。
「リア、とりあえず、あの少年を追いかけよう。このままじゃ焼き鳥の材料買えないし。」
「もう・・のんびりカシワと町を散歩したかったのに。しょうがないわね。探索の魔法を使ってあげようか?」
「いや、そんなことしなくても、多分おおよその方角は分かると思うよ。ほら、あのくつあと。かなりの勢いで走ってたから、前足の部分の方がほかのくつあとに比べて、くっきりとへこんでる。
あれを追っていけばいいんじゃないかな。」
「へぇ、本当だ。言われてから見てみると、一目瞭然ね。さすが、カシワ!すごいすごい。」
別に全然すごくもないし、普通に思ったことを口にしただけだったが、リアはオーバーなリアクションで讃えてくれる。
「いやまぁ、全然大したことじゃないんだけど、リアに褒められるのは嬉しいな。さ、早くしないと見失っちゃうよ。急いで追いかけようよ。」
「えへへー。ひょっとして照れてる?」
「いいから、行くよ。」
「カシワ、かわいい。あ、待ってよ。もう。」
俺はリアにからかわれながらも、リアの手を引っ張り、先ほどの少年のものと思われる足跡を追いかけることにした。にぎったリアの手は柔らかく温かい。少しだけリアの手を強く握ると、リアも握り返してきた。
「どうやら、この路地に入ったみたいだな。ここけっこう治安悪いって有名な場所なんだよな。リアをあんまり危険に巻き込むのは嫌だし、取られた金額はたいした額じゃないから、引き返すか。」
「なにいってるのよ。私なら大丈夫。こうみえても、意外と強いのよ?この町の周囲のモンスターくらいなら、一人でもあしらえるわ。」
確かにリアは講義でも模擬戦でも優秀な成績を収めているようだ。魔法も中級レベル程度なら十分つかいこなせるのだろう。だが、俺はリアのある欠点に気づいていた。リアは”人を見下す話し方をする敵”に弱いのだ。以前の権兵衛でリアが絡まれた件でも、あの程度のやつらなら、実力だけで言えばリアの方が断然強いはずだった。だが、実際は歯向かうことも、逃げることさえもできずに、ただやられていた。特に小悪魔族であるが故に差別に悩まされていたトラウマがあり、その部分に触れられると、メンタルてきに相当弱くなる。襲ってくる敵がゴブリンなどなら全然心配はいらないだろう。だが、敵はモンスターばかりとは限らない。人さらいや盗賊に襲われた場合、リアが太刀打ちできるかどうかは疑問だった。もちろん、何かあればリアを守るつもりだが、俺の力量以上の敵が現れた場合のことも想定しておく必要がある。
「いや、やっぱりやめよう。俺は臆病だからね。あんまり治安の悪そうなとことかは出来れば行きたくないんだ。ごめんな。」
俺一人なら、おそらく足跡を追いかけて路地に入っていっただろう。だが、リアを危険に巻き込みたくなかった。だから、あえて自分のせいにして、路地に入ることは取りやめにする。
「カシワ、ひょっとして私のこと気遣ってくれてるの?大丈夫だっていってるのに。でも、カシワがそういうなら、帰ろうか・・きゃあ!」
リアが唐突に悲鳴をあげた。何事だろうと思って見てみると、先ほどの少年がリアのお尻を触っていた。
「あ、悪ガキ。また、リアに理も無く触りやがって。後、財布返せよ。」
「ふん、あんな小銭しか入ってないような財布、いらねぇよ。ったく、この貧乏人が。ほらよ。」
少年は俺の顔面に向けて、財布を力一杯投げつける。俺はそれをキャッチすると中身を確認する。見事に空だった。
「おい、入ってた小銭も返せ。それからリアに謝れ。」
「誰が、てめぇなんかに謝るんだよ。俺は忙しいんだ。財布返してもらえただけ、有り難いと思いな。ほら、早くいけよ。」
このガキ、一発殴ってやろうか、なんて思ってると、中年の40代前後ぐらいと思われる青のローブを身にまとった修道女が近づいてきて頭を下げる。
「こら、リカル、なんてことするの。早くお金を返して謝りなさい。私この子を向こうの教会で預かっております、ハンナと申します。この子はリカル。この度は、リカルがご迷惑をおかけしまして、大変申し訳ありませんでした。」
修道女は俺とリアに向かって丁寧に頭を下げる。少年、リカルはバツが悪そうに舌打ちをし、しぶしぶながらも謝罪する。
「悪かったよ。ほら、お金だ。このとおり返すから勘弁してくれよ。」
「リカル、もっと誠意をこめて謝罪しなさい。見知らぬ方にご迷惑をおかけしたんだから。」
リカルは顔をしかめっ面にしながらも、ハンナの言うことには逆らえないらしく、もう一度謝罪する。
「ふん。ったく・・はぁ・・ごめんなさい。この通り、お金を御返しします。お姉さんも勝手に触ったりしてごめんなさい。はぁ・・まったく・・」
いらないため息や独り言が混ざっていたが、おそらくこれが彼の精一杯なのだろう。俺は金を受け取り、リアの方を見るとリアも、しかたないわねといったかんじでうなずいた。それともうひとつ少年について気になっていたことをハンナに訪ねる。
「リカルもう悪さするなよ。それとハンナさん、ちょっとお聞きしたいことがあるのですが宜しいでしょうか?」
「はい、なんでしょうか?」
「その出来ればリカルを家に帰してから、お尋ねしたいのですが。」
ハンナは俺の申し出に怪訝な表情を浮かべながらも、特に断る様子もなく申し出に従ってくれた。
「リカル先に帰ってなさい。それから、罰としてトイレ掃除と草むしり、お洗濯ね。私が帰る前に済ませるのよ。もちろん宿題も忘れないように。」
「ちょっ、多すぎだよ。ハンナ先生が帰る前になんて無理だって。」
「やればできます。やる前からできないなんて言い訳するんじゃありません。ほら、早くしないと、いつまでたっても終わりませんよ。」
「わかった。わかりましたよ。はぁまったく。」
リカルは何度も愚痴りながら、去っていった。さっきまでの勢いよく走っていた元気はないみたいだ。
「それで、私に聞きたいこととはなんでしょうか?」
リカルがいなくなった後、ハンナさんは改めて俺たちの方に顔を向ける。
「すみません、お忙しいところお引き止めして。実は少年・・リカルのことなんですが、ちらっとですが、服の中に痣が無数にあるのが見えたんです。それで少し気になりまして。」
「そうですか。リカルの怪我に気がつかれたのですか。私も気になっていたんですが、何も話してくれなくて心配してるんです。実は最近リカルが、あまり評判のよくない連中と一緒にいるのを見たって言う人がいましたの。あの子、以前は周りの子供達の面倒見がよく、皆から慕われている子でしたのよ。でも、このところ、うちの教会の子達とはあまり口を聞かなくなって、よその子達とどこかに出かけてるようです。本当にどうしたのかしら。」
ハンナさんはリカルのことを本当に心配しているようだった。出来れば力になってあげたいが、あまりでしゃばりすぎるのもかえって失礼になるだろうか。考えているとリアからふいに声がかかる。
「ねぇカシワ、リカルのこと気になってるんなら、一旦部室に戻って皆に相談してみる?助けたいんでしょ?あの子のこと。」
「俺は別にあんなやつのことなんて、気にしてないって。」
「うそ。気にしてないんだったら、あの子の痣のことなんか聞かないでしょ。カシワ、優しいもん。だから好きなんだけどね。」
「リア・・そうだな。とりあえず一度部室に戻るとするか。ハンナさん、リカルのことなんですが、あまり期待されても困るんですが、僕たちの方でも何かわかりましたら、教会の方に連絡します。メイン通りの方にある教会でいいんですよね?」
ハンナさんは深々と頭をさげる。
「有り難うございます。助かります。この度はリカルがご迷惑御かけして申し訳ありませんでした。」
「それはもういいですよ。お話聞かせていただき、有り難うございました。それでは失礼します。」
俺とリアはハンナさんに頭をさげ、部室に戻る途中、忘れてたことを思い出して市場に引き返した。
「そういえば、焼き鳥の材料買ってなかった・・」