~青年side~
魔法・魔力・まじない・呪い、そんな物が溢れかえっている世界
そんな世界に飛ばされた不運で弱い人間の青年。
青年side 〜罪の果実を齧るとき。〜
飛ばされた当初、少年は齢15だった。一人見知らぬ地で生きていく事は到底できっこない、しかし、少年は心優しき魔王に育てられ今では齢21になっていた。
少年。いや、青年は魔王を心底慕っていた、誰に反対されようと頑なとして青年を守ってくれた魔王が優しいと、魔王の娘と同じほどに理解していたから。
優しい魔王のおかげで人間と魔族は均等を保っていた。
だが、そんな日常が崩れるのはあっという間だった。
「何故、人間の国を襲うと申されるのですか!?」
「何故? お前も知っているだろう、娘が死したこと、死に際に助けを求めていたこと、人間だれもがそんな娘を虐げたこと!!」
「っ……ですが」
家臣が言いよどんだ時、風で開くかのような弱々しい動きで王室の扉が開かれた。
「あの子が死んだ、って」
壊れてしまった歯車に気づいた青年はつい声を漏らす。
「そうだ、娘は殺された。人間の手によって」
「にんげん……」
青年も人間であることを魔王は百も承知だ、だから今までは『人間』と一括りにした言い方などされたことがなかった。
殺気の篭ったその初めての言葉はまるで青年自身も責められているような気分にさせただろう。
「おれ……もう、ここには居られない?」
ぽつりと、いや本人はハッキリと告げたつもりだろう、しかし震えた声は怯えからか絶望からか思った以上にか細かった。
「!……そんなことはない、人間とは言ったがお前は息子も同然だ。ここに居てくれ」
救い、救世。魔王は青年の壊れかけた心をつなぎ止めた、本当は人間というだけで憎いだろうに今までの思い出を噛み締めるように救いの糸を垂らしたのだ。
もちろん青年は糸を掴んだ、魔王の言葉が半分は偽りと理解しながら――。
それからの流れは早かった、青年と魔王はそれ以来言葉を交わさずに人間と魔族の戦争は進んでいった。
今までは笑い声で満ちていた世界に昼夜問わず響く爆音、悲鳴。平和な世界で生きてきた青年の心はボロボロだった。
しかし、それでも魔王のことが心配で心配でたまらなかった
聞く話によると人間は勇者を呼び出したらしい、どうして異世界から現れた勇者には力があって自分にはないのだ。
どうして、自分は命の恩人を救えないのだ。
青年の葛藤を気にもとめずに世界は回る、時は動きを止めずに進む。
そして、青年の心に残った僅かな光にトドメをさす言葉の刃が今、青年を貫いた。
「魔王が……死んだ?」
告げられた愛する育て親の死、心優しき魔王の死。
戦争に負けた事実、虐げられるであろう魔族。
それらが一瞬間の内に青年の脳内を埋め尽くした
「俺が、ちゃんと止めなかったから。俺が、俺が、俺のせいで」
「ッ、違います!私が、私がついていながらお守りできなかったから。」
誰もが自分を責めることしかできない。
誰の目にも光がない。
青年の心には悲しみしかうまない争いには終止符を打つべきだ、そう考える理性と憎しみや怒りに燃え上がる本能が渦巻いていた。
考えても考えても答えなんてでない。
悩んでいる間に魔族は人間に連れていかれた。
青年だけが静かな城のなかに取り残された。
「こうも静かだと、みんな自室で眠っている明け方みたいだ……
今にもあの子が起きてきて、魔王を起こして、みんなが次第に起きてくる――ッ」
思い出せば辛くなるだけ、そう分かっていても脳が勝手に思い出す。
辛いのは嫌だ、人間が悪い。
「そうだ――人間を消してしまおう。俺を含めて全部ぜんぶ」
青年の葛藤に終止符を打ったのは一番つらく、一番楽な選択だった。
しかし青年には力がない、そこで青年は思い出した。昔、魔王に教わった話を
『この森には龍族が住んでいて、その龍族に認められればその人物も龍族になれるって伝説があるんだ。
でもな、認められても認められなくても死んでしまう。
認められたあるものは変わった己の姿に耐えられず、認められなかったものは龍族の餌になる
……怖いか? でも大丈夫だ、なにかあれば俺が守ってやる』
「なんで、今頃思い出すんだろうな……」
青年は走り出した、龍族を探すため、森に。
魔族も魔物もみんな狩られ、捉えられた、森に残っているとすれば龍族だけ。ならば見つけられるはずだ、と
「出てきてくれよ!俺に、全部壊せる力をっ、俺の体も命もどうなっていいから!龍族!!」
森に出て数時間、帰り道も分からなくなった頃、青年の必死の叫びは今までとは段違いに木霊した。
《これはまた、随分と騒がしい奴が訪ねてきたな》
「ッ!!」
《体と命がどうなっても良いといったな。覚悟はあるのか?》
「覚悟なんてない。でも俺はどうしてもやらなきゃいけないんだ、誰も喜ばないことだって解ってる。けど五月蝿いんだ、ずっと頭の中で悲鳴が聞こえる。なんでお前には力がないんだって、魔王がずっと。あの人がそんなこと言うわけないのに、だから」
《楽になるための道を選ぶ、か》
楽になるため、それは逃げる道。
理解していたものの自分で思うのと他人に言われるのでは随分と重さが違うもので、青年は目頭が熱くなるのをグッと堪えた。
「そうだ、俺は逃げることしかできない弱虫だ。だから、逃げるために力を貸してほしい」
青年は臆することなく龍族をじっと見据える。
《面白い。仲間を救うでも復讐でもなく逃げるための力、貸してやらんこともない》
「!」
《だが、気に入ってしまったからな、我が飽きるまでは生きろ。生きて苦しめ》
「……わかった。」
逃げるために力は貸す、だが逃げ道は塞ぐ。それを了承した時、それが、甘く、それでいて苦い罪の果実を青年が齧った瞬間だった。