少女のひと夏
夏休みの課題の小説です。
ぎりぎりで終わったけど、なんかちょっとダーク……だよね?
こんなんでいいのかなwww
それは、まだ本格的な夏も始まったばかりの頃。風通りの良いワンピースに麦わら帽を被った少女のはじけるほどの笑顔。真っ青な空、荘厳に居据わる流動雲。少女の隣には少女の祖母らしき老女と賢そうな白猫がいた。
幸せというものを、普通という意味を考えたこともなかっただろうあどけない少女にとって、その夏は一番の思い出に残っている。その夏のことを、少女は一生忘れることは無いだろう。
少女の人生を変えた、アイデンティティにもなりえる思い出。少女はただ、まわりに引っ張りまわされてばかりだった。子供を気遣うことなんてない大人たちを無償の愛で信じ裏切られ、裏切られたことさえ知らなかった。それを気づかせてくれた思い出。そんな夏を、少女は体験したのだ。夢のようで夢じゃない。子供の頃は夢だと思っても通用した。むしろ、夢に逃げていた。しかし、今となってはどうだろう。すべての本が、さぁ真実を知れと迫っている。
***
今日もまたサンサンと日が照り、マミの一日をカンゲイしてくれている。カンゲイというのは、マミがなかなか会えないママに教えてもらった言葉だ。意味は良く分からないけれど、大好きなママがよく言ってくれていた。
『ほら、お日様が出てるでしょ?きっとマミの一日をカンゲイしてるんだわ』って。だから、マミはお日様も大好きだたった。
マミは小学校が長期休みでおばあちゃんちにいた。本当は、長いお休みだからママとパパといたかったのだけど。ママもパパもお仕事があるからやっぱり会えない。マミとママたちのお休みが一緒だったら良かったのに。でも、ママに会えない代わりにママとパパの次に好きなおばあちゃんもいるし、サキエちゃん――ママが言うには、『一番のお友達』、なんだって――がよく遊びに来てくれてお土産までくれるから、マミはさびしくなんかない。それでも、やっぱりちょっとだけさびしいときがある。そんなときは、おばあちゃんが飼っているシンシュツキボツな白猫を可愛がる。なぜか、マミがさびしいときや大事なときだけフラッと来てくれるのだ。
きょうは、としょかんに行こうと思っている。マミはパパとママとずっといっしょにいてほしかった。どうしたらいっしょにいれるかを近くを通った近所のおねえさんに聞くと、パパとママの仲が良ければずっと君といてくれるんじゃないのかな?と教えてくれた。その言葉にショウゲキを覚えた。パパとママがいっしょにいることが多くなれば、マミともいっしょにいることが多くなるような気がしたのだ。
しかし、マミはどれぐらい考えてもパパとママが仲良くなるほうほうを思いつくことが出来なかった。マミは、彼らがいっしょに話しているところを見たことがなかったのだ。彼らの好きなことも嫌いなことも思いつくことが出来なかった。ただ、大好きな彼らが2人いっしょにいてくれたらマミはもっと楽しいのに、そう思っていた。そんな時、としょかんはお勉強する所だっておばあちゃんが言っていたのを思い出したのだ。そうだ。としょかんに行けばわかるかもしれない。すぐにマミはおばあちゃんに行き先を言って、あまりのうれしさに小走りでとしょかんに向かった。
途中プールへ向かう同級生がいたが向かってくる足音や声にも見向きせずに走っていく。そのころにはすでに全力疾走となっていた。ぜぇぜぇと息を切らしながらやっとのことでマミはとしょかんに着いた。
マミは目の前にある周りの家とは一回り二回り以上違うとしょかんを見上げた。灰色のコンクリート一辺の外装で窓がとてもに多い建物だった。ところどころ鳩の巣が作られていて出っ張りの所に鳩がずらっと並んでいる。雨水のせいなのかコンクリートに大きなしみがあった。
―――……これがホントにおばあちゃんが言ってたとしょかんなの?
煤けた印象の紛れもない本物のとしょかんはマミの期待していたものとは違っていた。ママやパパと仲良くなる方法というマミにとってものすごく大切な調べごとを、こんな薄汚い見た目のここで明かせることが出来るのかと思わず疑ってしまったのだ。
不安を覚えながら、マミはとしょかんの扉を開けた。
そこは、外装とは違い色とりどりのたくさんの本が溢れる神秘的な場所のようにマミには思えた。シンっと静まり返っているその場はなんとも犯しがたい雰囲気に包まれていて、入ってくる当初抱えていた不安はまるで聖域にふれた闇がいっせいに消え散るようになくなった。マミは一歩一歩かみ締めるように踏み出した。歩き出したらもう止まらなかった。目的も忘れて、端から端まで美しい本たちを眺めていく。本を見、手にする老女。椅子に腰掛なめるように本を読む青年。夢中で折り紙を折る少女。機械的に仕事をこなす司書。すべてが物珍しく思えた。すべてが目新しいものだった。マミは前におばあちゃんが話してくれた、井戸の中のかえるの話を思い出した。
―――マミは、海を知らなかったんだ。
そのとき、ハッとマミは思い出した。両親の仲を改善させるため方法を探すためにここに来たのだ。神聖な雰囲気に酔いに来たのではないのだ。そう気づいたマミは、眺めていただけだった本の数々から目的を達成できそうな本を探す。料理の本。園芸の本。童話。難しい昔の本。政治の本。心の本。勉強の本、これからなと思い小さいながらも背伸びをし手にする。しかし、それは算数とかのお勉強の本でがっかりしながらまた背伸びをして元の場所に戻す。テニスの本。有名人の本。偉い人の本。英語の本。漫画。絵本。縄の縛り方の本。とっても薄い本。遊びの本。お菓子の本。編み物の本。
ない。疲れたな、と諦めかけたそのとき。前方に光る扉を見つけたのだった。その扉は光っているにもかかわらずその場にマッチしていて、近くにいた誰も気に留める様子がない。どうして誰も気づかないんだろとか、疑問に思う前にマミはそこに向かって足を踏み出していた。そこにあるのは、好奇心と惹かれる心。恐怖なんてものは存在しない。ただ、今はそこに向かうだけ。何を探していたかも忘れ、足は人知れずそこに向かっていく。十数メートルの距離を進み、ついにマミはたどり着いた。不可思議な扉の前に。その扉を開けた先はなにがあるのだろう、どこへ行くのだろう。通常時なら浮かぶはずの疑問は、頭の奥底の隅っこで生まれては霧散を繰り返している。しかし、マミの頭はそんなものは感知できなかった。脳の半分以上は未知への興味が占めていた。摑んだドアノブはほのかに熱い。冷房が効いてるはずの室内ではおかしい状態の扉に理性が戻りかけ少し薄気味悪さを感じたものの、好奇心が勝りマミはギュッとドアノブを握り締めた。しかし、いざ開けようとしたとき、マミの着ている白いワンピースの裾をひっぱる存在が足元にいた。例の白猫だ。マミが振向くと白猫は大人しく引っ張るのを止め、足元にちょこんと鎮座した。小さな猫の顔はまっすぐマミのほうを向いていて、時折ちらっと鋭い猫科特有の目を扉のほうに向ける。まっすぐ伸びるその目は、マミに何かを伝えようとしているように見える。
しかし、猫が何故ここにいるのか、そもそもとしょかんとはペット可だったのかと、そんな少し年齢の割には大人びている、この場では冷静すぎる意見をマミは抱いたのだった。そもそも『ペット』とは白猫は飼われ猫なのかも分からないしマミのペットでもない、捉えようによっては失礼なことだ。それほどまでに高ぶる好奇心と早く扉の先が見たいという追求心を半端な形で邪魔されたことに子供ながら怒っていた。大事な場面に水を差した猫に対する怒りを心の底に持ちながらも、表面では好奇心に勝るものはないという様にマミは白猫を無視することにした。再び白猫に向けていた視線を扉に戻し、ドアノブを力強く握り締めた。今度こそ。さぁ空けるぞ、という思いが伝わったのかマミのワンピースの裾をより強く引っ張ってきたが、もう二度と白猫に視線を戻すことはなかった。そしてマミは、強く握り締めた手を自身のほうに引き寄せた。否、引寄せようとした。
―――開かない……
白猫は茫然とする幼女の足元でまだじっと少女を見つめていた。少女はなにか挟まっているのだろうかと、もう一度試みる。
―――……開かない、開かない!!開かない!!!!……なんで!?
扉が開かなかったことに対する焦燥と怒りが一気に押し寄せてくる。頭の中に原因と理由を探す声が焦りにまぎれて悲しみと一緒に渦巻いていた。ガンガンと、さまざまな思いが混じる気持ちに任せて扉を開けようとした。どんなに力いっぱい
やっても、扉はうんともすんとも言わない。神々しく輝く扉がひどく恨めしいものに思えてくる。
―――なんでマミがやったら開かないのよぉ!!!!
マミの脳裏にパパの姿が思い浮かんだ。
「お前はこんなものも開ける事が出来ないんだな……」
蔑む冷たい目がマミに向けられていた。興味本位に嗤うかのような視線が集まってくる。蔑むマミのパパの瞳にはなんの感情も映っていない。ただ、マミを見つめているだけ。彼の目に映っているマミは、ただの虫けら。なにもすることが出来ない、愛することは出来ても愛されることは決してないクズ。以前ならば、もっと幼いマミだったならば、縋り付く事が出来ただろう、泣き叫び許しを請うことが出来ただろう。今のマミはまだ幼いにもかかわらず諦めていた。パパに何を言っても無駄なのだと。マミはゴミ箱にすら捨てられない、邪魔だから捨てろと命令されてはじめて捨てられるゴミなのだからと。希望すら捨ていた。自己防衛のために、愛された愛されていた記憶すら消し去っていた。覚えていて辛いのは痛いのは、自身だから。そして、マミは分かっていた。幼い自分に出来ることはないと。マミには何も開ける事はできない。それでもマミはパパが好きだった。ツンっと胸の奥に痛みが走る。
怒りがはじけて、悲しみが襲ってくる。もう、マミは自分がどんな顔で扉を開けようとしているかさえ分からなかった。すでにこの扉を開けることが自身を成長させる、物事が進展するプロセスのように思えてきていた。少女は猫が先ほどとは打って変り冷たい目で見つめていることに気づかなかった。
―――開けたい……!!
もう一度、これが最後と祈るように目を固く瞑りずっと握っていた小さな手に力を入れた。すると、扉はマミの願いを聞き届けたかのように一瞬強い光を発し、するりとあっけないほど簡単に開いた。開いた感触を感じ、驚きと歓喜で目を開けることも出来なかった。当初抱えていた好奇心や探究心などとっくのまえに霧散していて、今マミの胸にあるのは扉が開いてくれた嬉しさだけだった。
と、喜びをかみ締める間もないうちにマミは、瞑っていたまぶたの奥の瞳でさえまぶしく思うほどの強い光を感じた。数秒後、光が収まったと思い瞼のカーテンをあげると目の前に驚くべき光景が広がっていた。真っ白な空間に、椅子がぽつんと一つだけ置かれてあったのだ。まるで、マミに座れと促しているように。不思議に思いながらもマミは導かれるようにその椅子に腰掛ける。するとたちまちそこは薄暗くなり、目の前にぼぉっと明るい四角の映像が出てきた。マミは映画というものを見たことがなかったが、これから何かしらの上映が始まるのだということは理解できた。いったい、この不思議な空間でなにが始まるのだろうか。
「たっくんはいい子だな」
そこには、笑顔のパパがいた。マミには向けてくれたことも見たことさえない顔。目の奥には溢れんばかりの慈愛があった。そこにいるたっくんと呼ばれていた男の子の成長を心から喜び、まるで誇りにさえ感じていそうなパパの顔。どうしてそんな顔をその子に向けるのだろうか。その男の子も男の子で、マミのパパの視線に嬉しさいっぱいの表情で答えている。なんて、幸せそうな光景なのだろうか。
そしてカメラの視点が変わり視野が広くなる。なんと驚くことに、パパの隣にはママの親友サキエちゃんがいたのだ。その男の子はサキエちゃんの子なのだろうか。しかし、サキエちゃんとマミも仲がいいはずなのにマミと同じ年頃の男の子がいるなどという話をマミは聞いたことがなかった。そして、マミはサキエちゃんとパパが仲が良いという話も聞いたことがなかった。サキエちゃんが来ている時にパパが居合わせることはめったにないし、会ってもお互いに会釈ぐらいしかしていなかったのをマミは覚えている。
男の子に向けている笑顔をマミに向けてほしいなどと、そんな願望を望む前に疑問が浮かんできた。マミやママといるより自然な笑みを浮かべているサキエちゃんのほうが気になってしまった。何故、パパとサキエちゃんは仲良くしてるのか。マミやママといるのが楽しくないからパパと仲良くなったのか。パパとサキエちゃんが仲良くしているから、その男の子のほうが愛されるのか。パパとサキエちゃんの間にママが入る余地はあるのだろうか。ママはそのことをどう思っているんだろう。マミがここに来た意味はあるのだろうか。ついには、自身の行動の意味さえ疑ってしまう。パパとサキエちゃんと男の子の和気藹々とした触れ合いをぼんやりと眺めながらそんなことを思っていた。
少しすると、場面はまた変わる。今度はママがいた。ママもまた楽しそうに笑っていた。隣には見たこともない柄の悪そうな男。男は見たこともないようなドピンクのYシャツに黒いスラックス。スラックスには派手なベルトが巻かれていた。痛くなかったのだろうかと思うほどたくさんのピアスを耳につけた男は、ママの肩に手をまわしやらしく撫で回していた。
ママはなんであんな男といるのだろう。男が大口で卑しく笑う度に舌につけてある紅い石のピアスが覗く。そのたびに背筋に悪寒が走った。それでも、ママは楽しく笑い続ける。肩にあった男の手はしだいに下りていき、今度は腰に巻きついた。男の手はまたも下品に蛙のように撫で回す。撫でながらも男の視線は、大きく胸倉の開いた胸の谷間に注がれていた。なんてナメクジのように見てるんだろうとマミは嫌悪感を感じたが、ママはいくら撫でられても見つめられても嫌がるそぶりをしなかった。むしろ、恍惚としていて喜んでいるように見える。マミはそんなママの行動が信じられなかった。パパだけでなくママまでもマミの見たことのない表情を他に向けている、そんな事実がマミをより混乱させる。ママと男が連れ立って派手な車に乗り込むところで、マミの小さな脳はストップした。予期せぬ事実にこれ以上何も考えれななくなってしまった。映像をシャットダウンさせるかのようにマミの小さなまぶたは反射的に下りていた。しかし、いつまでも男の子の笑い声と男の嗤い声が脳裏に響く。こんなの見たくなかったと、初めてマミは後悔を経験した。
すると、再び願いは聞き届けたかのように辺りは一瞬だけやさしい青い光に包まれる。しかし、夢のようなこの世界はそんなにマミに甘くはなかった。
「やっかいなものまで抱えたあなたはもう……要らないんですよ」
闇の中で大の大人3人が電灯に照らされていた。ママとパパとサキエちゃんだ。いつぞや見たパパと同じ目をサキエちゃんがママに向けていた。ママの真後ろには深い青を飾る湖が広がっていた。ママは恨みがましくサキエちゃんではなく無言のパパを睨んでいる。マミはサキエちゃんがマミの母にトドメを刺したいのか、言葉だけでなく責めようとするのが分かった。あぁ、人はこんなにもちがうのか。マミは幼くして悟ってしまった。人は変わるのだと、人は一面だけではないのだと。マミこどきが溝を埋めようなどとよく馬鹿なことを思ったものだ、と昔の自身を嘲り笑う。
サキエちゃんの手が動く。映像は普通の速さで進んでいるはずなのに、マミの目にはスローモーションで映った。その手はまっすぐ、パパの方しか見ていなかったママに伸びていく。マミは映像が穴になるほど見つめながらもあることをひたすら念じていた。彼女の手はママの肩をマミから見ても分かるほど強く摑んだ。抵抗するようにママは彼女を手を離しにかかった。しかし、それが逆に体のバランスを崩す要因になっていたのがマミにすぐに分かった。徐々にママの体が後方に傾いていく。ならないように、ならないようにと念じていたことがあらわになっていく。そして、金づちのママの体は湖に真っ逆さまに落ちって行った。
―――ママの目は最後までパパに……
気がつくと、マミはとしょかんの椅子に座っていた。横にはマミにあわせて姿勢を低くした、心配そうに覗き込む女の人。ショートカットでサキエちゃんの髪型に良く似ていた。
―――急がなきゃ……!!
マミは飛ぶように立ち上がり付いていてくれたらしい女の人の静止の声を無視して走り出した。光る扉で見た最後の情景とは時間が違うにも関らず、急がなくては、ただそう思った。プールから帰る途中らしい同級生も視界に入らなかった。息も切らさず、真っ先に家に向かう。今日はパパとママも二人ともお仕事なはずだから絶対にいないはずだ。それが事実であってほしいと願いながら走った。
しかしマミの期待はみごと裏切られ玄関の扉をあけたそこには、いつもは綺麗に片付けられ何もないはずなのに三足の靴。おそるおそる進んでいくとリビングのほうから怒鳴り声が聞こえてくる。リビングに繋がるガラス戸から覗けば、罵り合う二人の女と傍観する男一人。
マミは再び走り出した。今度はおばあちゃんの家へ。走り出した直後から息切れが激しかった。汗とも涙とも見分けが付かないしょっぱい水分が頬から顎へ、顎から首筋へと流れ落ちていく。着く頃には襟はビッショリ濡れ、いつもなら気持ち悪いほどだ。しかし、マミは感覚が麻痺し何も思えなかった。目的地には、腕を広げている祖母と白猫。それを確認できたマミは祖母の腕の中に倒れるようにブラックアウトしていった。
***
年をとったはずなのにまったく見た目が変わらない祖母と白猫と一緒にコタツに入りながら、まったく季節の違う昔の思い出を思い出していた。となりでムシャムシャとみかんを食べる祖母がいる。
―――……平和だなぁー
久しぶりに長いの書いた……
6000~8000文字指定なので、最後のほう逆に越えないかひやひやしたw