―5.死に神(2)―
私は今、ロンドンにいる。ここが殺戮という名の悲劇の舞台となっている。しかし、例の死に神が夜行性のためか、日が出ている今の時間帯は人が多い。
「号外っ!号外だよ〜!」
一人の男が新聞をばらまき、そう大声で言いながら走って来た。そこにいる市民は皆そちらに目を向ける。
「なんとあの死に神が賞金首になったよー!賞金は、なんと三万ユーロだよー!写真などの情報も千ユーロの賞金を貰えるよー!」
そのようなことを叫びながら男は走り去って行った。
「これは予定外。お父様に連絡しなければ」
麗は小声でこう呟き、今日泊まるホテルへと向かっていった。
…プルルルル……プルル…ガチャ
「もしもし。お父様?こちら麗です」
「どうした?武器のことなら到着は明日の昼になるが、他に何か?」
「例の死に神が生死問わずで指名手配されました。賞金もかかっています」
「……思っていたよりも警察の動きが早いな。まぁ、実力を判断するにはいいイベントだろう。もし、本当にもしもの場合だが、見込みが無かったら殺して賞金を貰ってきなさい。他には?」
「これで以上です。それでは」
ガチャ
電話を切り、麗は窓越しに空を見上げる。そこには一番星が瞬いていた。
「淳たち大丈夫かな」
∽
…カツカツカツカツ…
夜、例の事件で人通りが全くない街道。闇を照らすための街頭を青に変え、その結果犯罪の数か激減した。街頭の色を変えるだけでこのような結果になるとは誰も思わなかったろう。また、その逆も。つまり、このような事件がまたもや起き、その恐怖に怯えながら暮らすということも考えていなかったであろう。
…カツカツカツカツ…
誰もいない街道では一つ一つの音がとても大きく聞こえる。男は自分の足音や呼吸を聞き、そのようなことを考えていた。
(奴は…奴はどこにいる……!)
しかし、人がいる気配はない。男は念のため自分を中心に周り360度を確認する。…やはり誰もいない。
(誰からも見られない場所じゃないと出てこないってことなのか?)
その説へ考えを改め、足を心当たりのある場所へ向ける。…そこはあらゆる建物に背中を向けられた空き地であった。他にもそういう場所はある。何故かは知らないが、頭のどこかで、ここだ、ここに間違いない!と言っている。
男は今までよりも神経をぐっと研ぎ澄ませる。野性の勘というものだろうか、ここは間違いなく危険だ、と体中から信号が送られてくる。…その原因はすぐにわかった。
(鉄の臭い?)
鼻をよく効かせる。はっきりと鉄の臭いがした。男はその臭いの強い場所へ向かって歩いて行く。その空き地に一つしかない街灯の、陰の部分にそれはあった。
「…うっ……」
肩から腹にかけて両断されている死体が、そこに横たわっていた。いまだに血が流れているところを見ると、まだ死体は新しい。
「おじさん。何してるの?」
「!!」
死体に気を取られていたため、人が近づいて来たのに気が付かず、男は仰天し、危うく腕に抱えていた散弾銃を発砲させるところだった。
「……なんだ、ガキかよ」
そこに立っていたのは金髪の二色の目を持った少女だった。
「ガキとは失礼な!?私これでも16歳です」
「十分ガキじゃねぇか。おまえはこんな時間に何してやがる」
「まず、そっちから答えて下さい。最初に聞いたの私ですから」
「……わかったよ。俺は例の死に神を捕まえに来た」
「捕まえに?」
「あぁ。俺は殺そうとは思ってねぇよ。やむを得ない時はこいつで殺すことになるけどな。なるべく殺したくねえんだよ」
「へぇ。なんで死に神を捕まえに?」
「ダチの保証人になっちまったがために莫大な借金を抱えちまった。だからな、この命を賭すことにしたんだ。借金に追われて暮らしても生きてる心地がしないからな。捕まえて楽になるもよし、死んで楽になるもよし。そう思ってここに来た」
「おじさん、家族いないの?」
「あぁ。親はもう年で死んじまったし、俺は幸い独身だ。おかげで気が楽ってもんだ。さぁ、こんどはおまえさんが答える番だ。一体こんな時間になにしてる」
「エヘヘ。散歩」
「こんな夜中に女子一人で散歩!?おまえなぁ、死に神もうろついているってのに危ねぇじゃねぇか」
「ねぇねえ、死に神を捕まえる時のやむを得ない時ってどんな時?」
「俺の要求に応じず、危害を加えてきた時だな」
「へぇ。犯罪や人を殺した経験は?」
「無い」
「ふーん……私、死に神知ってるよ」
「は?今、なんて……」
「呼んできてあげるね」
「おいっ、ちょっと待てっ!」
呼び掛けも虚しく、その少女はいなくなった。男は再び死体に目を向ける。
(俺もこのようになるのだろうか…)
そのようなことを考え、少女の言ったことも本当なのか、とも考えながら少女を待つ。
「お待たせ」
「……!!」
そこにいたのはあの少女一人だけ。しかし、さっきとは様子が違う。身の丈程もある大きな両刃の鎌を持っている。刃の部分は装飾されていて何かの芸術品みたいだ。柄の先からは細い鎖が長々と付いていて、全てが腕に巻かれている。そして柄も刃も鎖も全て銀色で統一されている。
「おいおい、おまえ、それ冗談だろう」
「いいえ。私の顔を見ればわかるでしょう」
「………俺の要求に答えてくれるか?」
「愚問です。今まで罪の無い人を容赦なく殺してきたんです。今更情にほだされるなんてことはあるはずが無いでしょう」
……ガチャ…
男は少女に向けて銃を構える。
「大人しく捕まってくれないか?でねぇとおまえを撃つことに……」
「なら、さっさと撃ってちょうだい」
「なっ……!!」
「でないと私はあなたを殺しにかかりますよ」
少女はニッと笑う。それに対して男は銃を少女に向けたまま動かない。
「あなたは私を撃てない。そうでしょう?今まで人を殺したり、ましてや軽い罪さえも犯したことの無いあなたに私は殺せない」
「……ほぉ。そこまで言うとは、度胸が座っているね、お嬢ちゃん。だが、俺は甘く無い。なんならここでおまえの頭をぶち抜いてやろうか?」
「……ふっ……アハハハハハハハ!」
「なっ、何が可笑しい!」
「だって……さっきまで……そこの死体……私が殺した奴見て……ビビっていたじゃない!」
「…………」
「いいわ。じゃあ証明してちょうだい。あなたが私を殺せるってことを。ほら、さっさと撃ちなさいよ!」
「おう、やってやろうじゃないか!」
そう言って男は散弾銃の引き金に力をこめる。………が、いくら待っても引き金を引けない。仕舞いには散弾銃を持つ手が震えてきた。それをみた見た少女は高らかに笑った。
「ほーら、撃てないでしょう?さっき私と話をしたせいで親近感みたいなのを抱いていたってこともあるだろうけどね、あなたには決定的に足りないものがあるのよ」
「………?」
「覚悟よ」
「なっ……」
「あなたは覚悟はしてきたと思っていたらしいけど、違うのよ。確かにあなたは自分の命を捨てる覚悟はしてきたのかもしれない。じゃあ何が足りないかって?…人を殺す覚悟よ」
「!!」
「私は両方覚悟してるからこんなこと出来る。だからあなたにこんなことも出来る」
そう言って少女は鎌を男に向けて振る。それを男は慌ててよけ、後ずさる。首からツー、と血が流れる。
「あなたは何も出来ない弱虫なの。あなたは私を撃つことが出来ない。つまり、殺すことが出来ない。生け捕ることも出来ない。その場合、死んだほうがましって言ってたよね。なら、私の鎌で一思いに殺してあげる。…さようなら」
「うっ、うわあぁぁぁ!」
男は引き金を……引いた。
ドンドンドンドンドン
「……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
銃を乱射した場所に少女は………いなかった。直後、上から声が降ってきた。
「気が動転しちゃったら当たる弾も当たらないよ」
男の頭上に飛んでいた死に神は大きく鎌を振りかぶった。
「バイバイ。」
……ズバン……ブシュッ………
男の首が落ちた。切り口からは一瞬血が噴水のように勢いよく噴き出し、すぐに流れるような形に変わった。
「さよなら。おじさん」
月明かりに照らされ、血糊がついた鎌が、美しい銀色に輝いていた。