第29話 不穏な者
まさかここでその領地の名を聞くとは思わなかったな。
我だけでなく、先日の事情を知っている他の者も内心では驚いているだろう。
「ゼノン様が領主になってから、特に人が流れ出ているのは隣のダスクレア領からとなります。おそらくですが、そのことをよく思わないダスクレア領の領主にカルヴァドス領の情報を手土産に取り入ろうとしているのではないでしょうか……?」
「その可能性は高いでしょう。こちらの方でも不穏な者たちがゼノン様のことを嗅ぎまわっている事実を確認しております」
ユルグからも元権力者たちが我のことを嗅ぎまわっているという報告を聞いている。なにか事を起こすまであえて泳がせていたが、行動を起こし始めたようだ。
しかもそいつらはダスクレア領へ取り入ろうとしているらしい。先日公開処刑を見に来ていたやつらと領主であるザイラスを皆殺しにしたのだが、まだここまでその情報は届いていない。もしかするとそいつらも公開処刑の場にいて、すでに亡き者となっている可能性もあるな。
「ダスクレア領については今それどころではないだろうから、放っておいていい――いや、むしろ好都合なのか……?」
「……領主様?」
ダスクレア領や手を組もうとしている元権力者どもについては我に考えがある。少なくとも今あの領地はごたついているだろうから、向こう側からこちらへなにかを仕掛けてくることはないだろう。
「いや、そちらが気にする必要はない。よくその情報を報告してくれたな、感謝するぞ」
「と、とんでもございません! 領主様のおかげでこれまで数が減っていた騎士団を希望する者が殺到しております! 騎士団の給金を上げてくれましたことと、ミラ様のおかげで功績を上げようと奮起している者が多くおります」
我が領主となる前には騎士団がまともに機能していなかったからな。騎士団長のヴェルザークは完全にダレアスの手駒として動いていたし、命の危険がある仕事にもかかわらず給金が少なかったからそれを是正しただけである。
ミラが先日初めて回復魔法でこの街の者を無償で回復したのだが、治療をした者が騎士団で領民を守って大怪我をしていた騎士だったため、騎士になった方が功績を上げやすいと考えた者が多かったのかもしれない。
「騎士の数が増えるのは結構なことだが、賄賂を受け取ったりするようなクズや使えない無能は必要ないぞ」
「はい、もちろんでございます! 志願する者の素行調査は欠かさないですし、実力は団長自ら確認しております」
「ふむ、それならばよい」
ユルグが探し出してきたこの副団長はなかなか優秀である。この情報を報告してきたことといい、我が求めていることをよく分かっているな。
騎士団に所属している割に実力の面では他の者に劣っているが、人望もあって頭も切れる。貴族である男爵家の者であるにもかかわらず、平民であるルーカスのことを騎士団長に推薦してきた者でもある。
「おい、ルーカス」
「お、おっす!」
それに引き換え、ルーカスのやつは大柄な癖にいちいち我の言動を気にし過ぎだ。まったく、上司に逆らって一番下っ端に落とされた時の気概はどこへ行ったというのだ。
「まったく、我のような子供にいちいち怯えるな。心配せずとも、我は貴様の実力を買っている」
「は、はい!」
この者の実力はすでに見せてもらい、これまでの実績も確認済みだ。平民であろうが、実力は十分ある。
「貴様がそんな様子では領内の者が安心できん、もっと堂々としていろ」
「むっ、その通りっす。大変失礼しました!」
そう言いながら立ち上がり胸を張るルーカス。身長が高く、大柄であることもあってかなりの威圧感がある。そこらへんの盗賊レベルでは束になってもこの男には敵わないだろう。
「それでいい。貴様は深く考えず、思うように動け。そのために他の者が補佐してくれる。我が領地に脅威が迫った時は貴様が先頭に立って、すべてを守れ」
「はい! この命に代えましても!」
ルーカスが我の前に片膝をつく。その姿は先ほどまでとは別人のようであった。
「……あの、領主様は本当に10歳なのでしょうか? あまりにも団長の性格を知り尽くしていると言いますか……」
「……ええ、ゼノン様は間違いなく10歳ですよ。本当に聡明なお方です」
後ろで副団長とユルグが話している言葉が聞こえた。
ルーカスのように実力はあるが、考えることが苦手な者が前世の魔族にも多くいただけだ。そういった者はやることを明確にしてやり、優秀な補佐を付けて考えることを絞ってやればいい。この様子ならば、我のいない間はこの者たちに任せておけば良さそうであるな。
我に逆らう元権力者とダスクレア領については考えがある。屋敷に戻り次第、みなと話すことにしよう。




