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向日葵畑と無明の間で“そっ”とさようなら  作者: 豚煮豚


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7


 日常をいつもの場所で送っている僕。 

今日の空はピンクグレーと言えるような空の色をしていた。

不思議なくらいに雲がピンク色をしていた今日。

薄い雲の中で虹色を含んだ太陽の光が散乱する。

雲の中に取り残された明るい色がピンクになって世界を染める。

そのピンクの雲を覆う、夜になりたい暗闇によって黒が混じる。

液体にした桜が希釈されて浮雲(うきぐも)に色味を与えている。

それを不思議な気持ちで眺める、午前。

こんな特別な空になることもあるならば問題などない。

あらゆる問題の本質は感情だと思う。

なぜならば結局は感情を用いてあらゆることの善悪を判断するからだ。

象牙(ぞうげ)(とう)の中にいる僕の感情は“キラキラ”と輝いていた。

このままこの空が延々と続けばいいとさえ思っている。

そんな自分は街に闇が訪れたそのとき。

闇が訪れたと表現するのも(はばから)れるような望まれた漆黒(しっこく)がやってきたとき。

喜ばしいはずのそのときにこの世界の誰よりも深く絶望するのかもしれない。

そしてその虚しいまでの夜が今から数えて一秒後にやって来る。

突如として終わってしまうのだ、日常が。

それに胸騒ぎという反応をしているのはあまりにもアンモラルだ。

よくない物を身体に取り入れようとしていて悪食(あくじき)的だった。

しかし、どうしてもこの味が好きだった。

変わらない日々の味が大好物だった。

飽食(ほうしょく)の虜だ。


 くだらないことを考えていると口をすぼめた彼女が目の前にやってきた。

なにを目的に目の前に立つことにしたのかはわからない。

赤い口紅をしているその人はフクロウのような“ジッ”とした瞳をしている。

白目がなくて、真っ黒。

慈悲深いような、憐れんでいるような、そんな上位の瞳だった。

言い換えると、それは天使の瞳だった。

下位にいる僕を上から見ている上位の彼女がいた。

座っている僕は立っている彼女に見下されていた。

ちょうど構図としてもそれが寓話(ぐうわ)的に表されている。

その姿を見ると平凡な僕の現実に疑いを持ってしまう。

この疑いに汚れはなく、啓示(けいじ)のような色味をしていた。

空蝉(うつせみ)である僕のことを不可思議な生き物だと思っている彼女がいる。

ここでは不釣り合いというわかりやすい現象が起こっている。

天使は天上(てんじょう)の存在と共に居るべきだと思った。

この地球上でもっとも汚れた場所に居る必要なんてない。

誰かが得るべき物を奪っているように思えた。

この人はとある人にとっての大事な人である。

とある人にとっての運命の相手であって、誰かにとっての大切な人だ。

そのとある人はやはり平々凡々(へいへいぼんぼん)な僕ではなくてもっと素晴らしい人だ。

天使と形容するべき存在にとっての心臓だ。

なぜならばフクロウのような彼女は荊山之玉(けいざんのぎょく)だからだ。

宝玉のような、敬われるべき、(たっと)ばれるべき存在だからだ。

聡明であって、この世の中のことを理解しているような存在だからだ。

脳に焼き付けられるようにして記憶される強烈な存在だったからだ。

脳の認知領域を広げてくれる存在だからだ。

だからこそ近くに居たかった。

天使がこたえてくれている。

天使は目の前でなにかを考えている。

きっと、どのように人間を救済するのかを思案している。


 スプレーを使っていない彼女の前髪。

それは自然のままにしていると瞳全体を隠すほどに長い。

印象の弱い涙袋まで届いたそれ。

赤洒々とした彼女の姿は汚れなど一つもない。

清らかな姿はやはりそれ自体が光輝いているようだった。

聖人のような風格がある彼女は絵画であれば光背(こうはい)が描かれるはずだ。

固めていない前髪は本来の姿を晒させる。

本質的な美しさと、存在としての価値を表皮に膜として纏わせる。

邪魔そうな前髪を気にするその仕草さえ美しかった。

しかし、それを見ていると切ってしまいたくなるのだ。

前髪を気にしている彼女のためを思って切ってしまいたいのではない。

もっと独善的で、自己中心的な理由から切ってしまいたいと思っている。

その前髪の価値は一般的な感覚がない僕にはわからない文脈の価値だからだ。

前髪という物が価値ある彼女にどのような価値を発生させるのかわからない。

それによって閃くような感動を得ることができない僕がいるからだ。

骨の髄まで不釣り合いな彼女のことを理解したい。

それをするために天使を地上で窒息させたとしてもよかった。

それができないことを知っていても、そうしたかった。

理解することも、息を止めることもできないことは知っていた。

でも、それがしたかった。

なぜならば、死体でも愛せるからだ。

醜い悪の華になったとしてもそれを愛することができるからだ。


 こんな日差しの中では影の中すら明るい。

窓からの光は記憶の中にあった昼間よりも多くの物をその視覚に入れさせた。

強い光は恵まれない場所に深い影が発生させる。

しかし、弱い光であれば影は薄くなり、世界全体に散らばる。

まるで共産主義みたいな光の中にいる。

届き得ない、虚ろな夢の中にいるようだ。

そんな光によってずっと忘れられることを待っていたホコリが部屋の隅に見えた。

今はまだそれを拾って捨てるつもりはない。

それだけのために立ち上がれるほどの興味はない。

なにかのために立ち上がったときについでにそれを行えばいいと思っている。

しかし、捨てようと思ったときにこのことを覚えていられるのかは疑問だ。

立ち上がったときにはあのホコリのことを忘れてしまっているかもしれない。

そうなってしまえばここに座ったときにまたそれが視界に入る。

それを繰り返す。

影の薄い世界では欠点がうっすらと見える。

この世界にある欠点の全てが露にされる。

そこにあるのは人間に関わることだけだ。

自然はどこまでも自然であり、欠点などなかった。

この地球上で生存している全ての存在は単純に成功者だった。

それなのに、人間から魂が欠けているだけだった。

人のダメな部分が見えすぎてしまって、人間を嫌いになる。

しかしながら、当然に美点となるような物もうっすらと見える。

たとえば、美しくなるために努力をしている彼女だとか。

この世界の自然と、自然のような顔をしている人工物だとか。

感情が美しいとしている点がうっすらと見えていた。

きっと、向こうも見ている僕のことを見ている。

相互監視の世界だ。

見えてしまうのだからそれも仕方がない。


 無明は文脈によって発生するのだ。

知らないという状態は暗闇が発生しているということ。

それはつまりどこかに強い光が当たって濃い影ができているということ。

影の中には無知が存在する。

見えない物がどんな物なのかは理解することができない。

光とは文脈である。

文脈とは今まで生きてきた中で得た価値のことだ。

自己のよし悪しの全てであり、好みと嫌悪の全てであるのが文脈だ。

自覚することなく持った方向性が人の心に本質的な無知を生み出す。

指向性の高い文脈が前方に強烈な光を放つと背後に漆黒ができる。

そこから離れなければならない。

指向性などないような文脈によって全体を薄く照らさなければならない。

全てを破壊するほどの力によってベクトルを分散させなければならない。

分散されたベクトルは自由にあらゆる方向へと飛んでいく。

それは多くの人には理解しがたい物だ。

価値がないと思っていた物に価値が発生する。

奉り上げられた文脈によって感情を動かすほどの価値が発生する。

ハンドメイドとレディメイドに違いがなくなる。

レディメイドな愛情に本気で救われるようになる。

ハンドメイドの愛情が薄っぺらく感じる。

そのことを受け入れられる人はほとんどいない。

近しい人の愛情よりも既製品の愛情の方に価値がある場合があり得ること。

そういう当たり前のことを文脈的に理解することができない。

自分のための物は大事にしないといけないという強迫観念を持っている人たち。

そんな風に思い込んでいる人ばかりだ。

しかしながら、理解できる人はたしかに近くにいるはずだ。

理解できる人だけが理解できればいい世界。

自分に合った人だけが側に居ればいい。

指向性から離れた世界に移行することによって、悟りのような物を開ける。

ここでいう悟りには宗教的な(うし)(だて)がない。

そして、悟りではない。

だから、そこにあるのは虚無的な幸福だ。

虚無的なまでに幸福を追い求める自分だ。

白紙を見て喜ぶ狂人だ。


 真綿の腫瘍がコチラを見ている。

文脈を壊そうとした破滅的な文脈が世界を強制的に悟らせようとしている。

あらゆる物の価値が平等であることを理解させようとしてくる。

あらゆる物事から幸福の種を拾うべきだと伝えてくる。

それは、偉大な逃走と破壊だ。

()(ゆき)のように消えていく全ての先にある物を見せつけようとしてくる。

この世界の秩序が崩壊した先にある世界へ移行させようとしてくる。

そこにあるのは幸福なのだと思う。

神様すらも平等になった世界では、幸福だけがやる瀬になるのだと思う。

感情以外の全てが空隙(くうげき)になるのだ。

ある人とある人の感情以外の全てが空隙になって、この世界には感情しかなくなる。

そうなれば幸福だけがあればいい世界へ移行することができる。

悟りとは違って、真綿の腫瘍は幸福を否定していない。

ただ、あらゆる文脈を平坦にしようとしているだけだ。

あらゆる人々を平等に照らそうとしているだけだ。

それはあまりにも平等すぎるほどに、万物を照らそうとしているだけだ。


 唾棄(だき)すべき考え方が脳内に蔓延る。

どうせこのまま生きていてもずっと幸福なだけなんだ。

それなら、いっそのこそ全てが終わってしまったとしてもいい。

この空が昼にならないまま終われば幸せで終わる。

きっとこれが続けば続くほどみんなは幸福に目覚める。

冶金(ちきん)の過程で溶かされた金属のような太陽。

それは徐々に徐々に地球に近づいてきている。

天体的な動きはなくとも確かに近づいている。

そして、その体温で世界を覆おうとしていた。

燃え尽きてしまえば跡形もない。

灰すらなくなれば恥じることもなくなる。

恥ずかしいことが消えてくれる。

末法思想(まっぽうしそう)的な僕がいるのはどうなんだろうか。

破壊的な思考と向日葵畑の間に、隙間のような僕がいる。



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