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向日葵畑と無明の間で“そっ”とさようなら  作者: 豚煮豚


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9


 どこかへ行くことなどなく二人で話している。 

水晶の床さえも歩けそうな彼女は口を開くだけで示唆的だった。

なんの話をしているのかもわからないような話をしている。

それでも勝手に意味を見出だそうとする僕がいた。

いつもの場所で二人で並んで座っている。

きっとオシドリかセキレイのように見えているはずの僕たち。

日常の延長線上に居ることは確かだった。

ただ、いつも見ている物は見ていなかった。

二人で居ることが苦痛ではないからこうしていられる。

わざわざ無駄なお金を使わなくていいのだ。

なにか特別なことをする必要などない。

本当はドーナツもおにぎりも要らなかった。

生きていければそれだけで幸福だった。

子供がいない僕たちには広すぎるほどの部屋。

不思議とどちらも子供がほしいとは思っていない。

子供を自分とは関係がない世界の生き物だと思っているのだろう。

実際にそうなんだろうと思う。

死ぬまで二人で一緒に居るような気がした。

氷壺(ひょうこ)の中が似合うような透き通った毎日だ。


 いつもよりも雲が厚い今日は空が夜みたいな色をしていた。

久しぶりのその光景は光に慣れきった僕たちにリハビリをさせているようだ。

もしかするともう少しで空に異変が訪れるのかもしれない。

あまりにも急すぎる変化がやってくる予感がした。

大した存在ではない僕にとってそれは仕方がなくてどうしようもないことだ。

天地のことなんて自分が取り扱える範疇の事柄ではない。

だから、目の前のことと向き合うしかない。

擬似的な夕方の中で擬似的な夜を一瞬だけ楽しんでいた。

しかもそれが朝だというのだから滑稽だ。

朝なのに照明を点けていた。

懐かしい光は光線のように激しかった。

そういえば、こうなってから一度も雨は降っていない。

もしも雨が降ったら空は今よりも夜のようになるのだろうか。

夜は恋しくないが雨は恋しい。

きっと、いつもよりも“グッスリ”眠れることだろう。

雨に濡れることなどないのだから、雨が喜ばしいだけの僕だ。

そのはずだ。


「近くにできたナイトプールのお店、ガラガラなんだってさ」

「いきなりどうしたんですか? ナイトプールの話なんてして」

「いいじゃん。でもさ、人が少ないって大変そうだよね。大丈夫なのかな? 経営とか。私がする心配でもないのかもしれないけど」

「まぁ、それも仕方がないかもしれないですね。こんな牧歌(ぼっか)的な所でそんな俗っぽいお店を開いても、誰も興味を持たないでしょうから」

「牧歌的って言うほど牧歌的ではないよ。ここもちゃんと俗っぽい所だよ。少なくとも、他の田舎に比べると俗に対して意欲的なようだし」

「それはそうかもしれません。そうでなければおにぎり屋なんて物もなかったはずですしね。しかしそうなると、やっぱりその原因はいつまで経ってもやって来ない夜のせいでしょうかね?」

「考えられるね。まぁ、そうでなくても失敗してそうではあるけどさ」

「そうですかね。まぁ、おそらくそうでしょうね」

「誰が始めようと思ったんだろうね? こんな場所でさ」

「この世の中にはいろんな人が居ますからね。どんな人間なのかは気になるかもしれません」

「もしかして、君はナイトプールに興味があったりする?」

「どうなんでしょうか。ないと思います。あくまでもどんな人間がお店を開いたのかが気になっているだけだと思います」

「本当かな? 君って天邪鬼なところがあるからね。本心がどうなってるのかは私にはまだ見えないな」

「本心がどうなっているのかなんて僕にもわかりませんよ。しかし、ナイトプールには興味がないと思います。まぁ、これから興味が出てくることはあるかもしれませんが」

「ん?――まぁ、いっか」

「どうしたんですか?」

「なんでもないよ。本当に」


 なぜかナイトプールに興味がなさそうな僕の発言に疑問符を浮かべた彼女。

それはなにか特別な意味を含んでいるように思えた。

内在している価値観が膨らんだ結果、疑問符が頭から浮かんだようだった。

もしかすると目の前にいる彼女の本質的な部分に触れてしまったのかもしれない。

触れたことで化学反応を起こして、価値観が膨張した。

となると、どこに本質があったのだろうか?

問題の本質が感情である以上は、感情のどこかに触れたことでこうなっている。

自分の提案に乗り気ではない僕を見て失望してしまった?

あまりにも冷たすぎたのだろうか?

そんなつもりはまるでなかったのに。

それらでないとしたら、やはりナイトプールに行きたいと思っていたのだろうか。

冷めているような僕が思っているよりも情熱的にナイトプールに行きたかった?

自由気ままで猫みたいな彼女は不思議がっている僕のことを不思議そうに見る。

そんな瞳で見られても変わらない僕がいるのは確かだ。

ナイトプールには興味がないであろう僕がいるのは確かだった。

責められているような気がして視線を逸らした先にあった窓。

いつもよりも暗い外には風車が見えない。

それならばカーテンを締めればいいのに出不精(でふしょう)な僕たちはそれをしなかった。

外が暗いから窓には匿名の僕と匿名の彼女の姿が反射して映る。

どちらも自分ではないみたいに生きていた。

思えばこの二人はどんな人間なのだろうか。


「行ってみない? 私たち二人でナイトプール。本当に誰も居ないタイミングを見計らってさ。それだったら君もそこまでの抵抗感はないでしょ?」

「どうでしょうか。僕としてはあまりそういう場所に行きたいとは思えません。もちろん、それはどうしてもというわけではありませんが、行きたいと思うような気持ちは全くありません」

「その感じだともしかして本当に興味がないのかな? これは相当に脈なしなのかもね」

「もしかして貴女は行きたいのですか? ナイトプールに」

行きたい行きたくない(・・・・・・・・・・)より行くべき(・・・・・・)って思いがあるだけかな。だって、こんな場所にそんな施設ができるだなんて想像できた? こんな機会なんて二度とないように私は思えるの。しかも、夜が来ないこの世界では――それがなくてもかもしれないけど、やっぱりナイトプールになんて誰も興味がないみたいだからさ。

このままだとなんにも知らないままにここからそれが消えちゃうかもしれないんだよ? それを思うとやっぱり私は『行きたい行きたくない(・・・・・・・・・・)より行くべき(・・・・・・)』って思えるんだよね。君はそうは思わない?」

「たしかにどのような施設なのかは気になるかもしれません。ですが、ああいった派手な場所はどうにも苦手なのです。プールに入るというのも何年ぶりなのでしょうか」

「それならさ。君はプールに入らなくてもいいよ? 私が行きたいの。でも、一人で行くような場所ではないでしょ?」

「プールに入りたくないというわけでもないのです。『本当に誰も居ないタイミング』と言っても、そこには管理人のような人は居るはずでしょう? ナイトプールと言うのであれば、いわゆるDJと呼ばれる人も居るはずです。そんな中に飛び込んでいくのは、僕にとっては中々酷なことのように思えます」

「きっと私たちのことなんてなんとも思ってないよ。他人の目を気にしすぎてもなんにもならないよ。それに、DJだってずっとそこに留まってるわけではないでしょ? 人件費の問題もあるんだからさ。人がいない時間に人を雇えるほど潤ってるようにも見えなかったしね」

「そういうものなのですかね?」

「そういうもんだよ。だから、行こ? くだらなかったらすぐにでも帰ればいいんだからさ」

「なるほど」

「前よりは前向きになってきたね。この調子なら二人でナイトプールに行けそうだね」

「まぁ、考えておきます。そもそも僕もあまりその場所のことが詳しくないみたいですし。知らないで否定的になるのもよいことではないでしょうから」

「そっか。それなら考えておいてよ。私としては行くべき(・・・・)だと思ってるから、一緒に行きたいな」

「はい。ちゃんと考えておきます」

「君は意外と普通の人なんだから。普通なんだけど、表面的に少し変なところがあるだけだよね?」

「そうなんですかね。僕は自分のことはあまりよくわかっていません」

「そうみたいだね。でも、私も自分のことはなんにもわかってないよ。それでも、そういうものだって仮定して生きているだけ」

「というのは?」

「自分ってこういう人間だって自分でも思い込みながら生きてるの。だから、私は好奇心旺盛で、こういう目新しい物に興味があることになってるの。こういうのに興味があるフリをしてる」


 見えない鎖に縛られてあらゆる行動が不便だ。

どうしても動きが鈍くなってしまう僕がいる。

行きたいと思っている彼女のことを考えれば『行くべき(・・・・)』だろう。

それこそ『行きたい行きたくない(・・・・・・・・・・)より行くべき(・・・・・・)』という感じだ。

この拘束から解き放たれる必要があるように思える。

しかしながらこの見えない鎖は単なる呪いではない。

やってはいけないことをしないためにも鎖は必要だ。

だから、簡単に手放してはいけない。

自由な人間はどんなことでもできてしまう。

社会によって巻き付けられた見えない鎖が常識を規定しているのだ。

それがなくなるということは常識がなくなるということだ。

社会にとってもっとも重要な物を失くしてしまっては意味がない。

それでも、なにか使命が降ったような感覚さえあるのだ。

こんな滑稽な言葉の中に神様からの意図が含まれている気がした。

ということは、行くことになるのだろうか?


 質素な暮らしをしていれば金策に走ることなどない。

この街では二人で暮らすのには十分すぎるほどの広さをした借家でさえ安い。

それを二人で支払っているのだからもはや負担にすらならないほどの家賃だ。

どこかへ遊びに行くことなどなく、ひたすらに西の空を眺めていればいい。

そこからの光に目を眩まされながら、輝ける日々を思えばいい。

繰り返していればいい、上と下を。

上下の点に触れるために回っている風車のように、円環を生きればいい。

輪っかの中で流されるように生きればいいのだ。

そんなことを思っていた。

が、好奇心旺盛な彼女はナイトプールが気になっているらしい。

それに、今日は繰り返しているはずの風車も見えない。

流されるように生きていても日によっては滞留することもあるようだ。

もちろん見えていないだけで風車はずっと同じことを繰り返しているのだろうが。

とにかく、眺めているだけの人生などという物は成立しない。

必ずどこかでそれに飽きてしまうからだ。

飽きてしまえばもうそこには居られない。

居ることが苦痛になってしまうからだ。

ここに居たくないと願う彼女。

その願望は使命感を伴っていた。

それならば従うしかないのかもしれない。

鎖を解いて新しい世界の扉を開けざるを得ない。

人間としてできる限界まで自由になる必要があった。

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