「私は悪女ですが、それがなにか?」【短編版】
私、イヴォン・ガザードはイライラしていた。
私の記念するべき二十歳の誕生日のエスコートを放棄し、自称恋人たちと戯れている大嫌いな婚約者と目が合ってしまったからだ。
勝ち誇った顔をしてるけど、それ、浮気だからな?
婚約を白紙に戻されても文句の言いようがないからな。
婚約者に群がる女たちの中でも一際目立つのが、パステルピンクのレースだらけのセンスのないドレスを着ているやつだ。私の義妹である。
「イヴォン。婚約者に挨拶にいきなさい」
「あの状況を楽しんでいるやつと関わりたくありませんわ、お父様」
「それはわかる。だが、主役の威厳もあるだろう」
主役の威厳なんてものはどうでもいい。
あのバカ王子が来た時点で主役はバカ王子のものだ。
バカ王子を慕う女たちからすれば、私は悪女らしい。
それがどうした。あのバカ王子に気に入られるくらいなら、私は悪女が良い。
「主役の威厳?」
私はお父様の言いたいことがよくわかる。
注目を集めて来いとでも言いたいのだろう。
「私は悪女ですよ、お父様」
「知っている。今日もバカ娘の為に一肌脱いでくれ」
義妹をバカ王子から引き離したいのだろう。
孤児院からわざわざ救済した義妹はなにを勘違いしているのが、我が公爵家の一員だと思っている。慈善活動をするのが流行だから引き取っただけであり、将来はメイドとして他家に売り飛ばす予定だった。
それがバカ王子の目に留まったのだ。
なんだったか。ああ、かわいそうな子。意地悪な姉に掃除をさせられているんだね。だったか。そんな感じの言葉をかけていたのを覚えている。
掃除はメイドの基本的な事であり、掃除以外使えない義妹はメイドとして格安で売り飛ばされる予定だ。
「引き離せばいいのでしょう」
私は給仕からワインをもらい、バカ王子の元に向かう。
バカ王子はそれに気づき、嫌そうな顔をした。近寄りたくもないのはこちらも同じだ。
「ケイシー王子」
バカ王子の名前を呼ぶ。
しっかり覚えているのだから偉い方だ。これでも第三王子なのだから、情けない。上の二人の王子は王政に手を出しているほどに優秀だと聞いているのに、
なぜ、バカ王子はバカなのだろう。
バカ王子は警戒をしていた。狙いはバカ王子じゃない。
「浮気も身元調査が取れる者だけにしてくださいよ」
ワインを義妹の頭にかける。
「きゃあっ」
なにがきゃあっだ。待っていたくせに。
義妹は私がいじめをする現場を周囲に見せたくてしかたがないらしい。
「孤児院に戻されたくなければ、仕事をしなさい」
「ひどいですわぁ。お姉さま。いくら、ケイシー様に相手にされないからって」
「耳が腐っていますの? 給仕、ワインをもう一杯もらいますわ」
傍にいた給仕からワインをもらい、もう一度、義妹の頭にかけた。
パステルピンクの気持ちの悪いドレスはワインのシミだらけになっている。一体、どこでドレスなんてものを調達したのか。元々は孤児だということを忘れているのか。
あまりにも仕事をしないのならば、孤児院に戻す方法もある。
しかし、それはあんまりにもかわいそうだ。
そう思い、お父様を止めていることを義妹は知らないのだろう。お父様もお母様も、弟も義妹の仕事放棄には愛想をつかしている。
「イヴォン! いくらなんでも酷いじゃないか!」
「酷いことはしていませんよ」
「ワインをかけるなんて悪女の所業だね!」
なにをそんなに興奮しているのか。
顔を赤く染められて期待するような顔を向けられても怖いだけだ。
「私は悪女ですが、それがなにか?」
問題はないだろう。
悪女だって時には必要だ。
なにもかも上手くいけると思うなよ。
「ひ、開き直るなよ!」
「顔が赤くては説得力がありませんよ。もしかして、ワインをかけられたかったのですか?」
「そんなわけないだろ!」
バカ王子がなにか騒いでいる。
頬も耳も真っ赤に染めていてなにを言っているんだか。本当にかけると喜びそうで嫌だ。私はこいつの度の超えたM気質が嫌いなんだ。私だって好きで人をいじめているわけではない。
「ひどいですわぁ」
まだ言っていたのか。しつこいな。
仕事を放棄するなと何度言わせれば気が済むんだ。
「仕事に戻りなさい」
「あたしの仕事はケイシー様の相手をすることですぅ」
「娼婦を雇った覚えはないが?」
娼婦を雇うくらいならば、身元が確かな令嬢に相手をしてもらう。
そして、そのまま、バカ王子を押し付けさせてもらおう。
「しょっ、娼婦?」
義妹は目を見開いていた。
だって、そうだろう。バカ王子の相手が仕事だというならば娼婦だ。
「それが仕事でしょう?」
私の言葉に義妹はついに涙を流した。
本気で泣いているのか、わからない。どうせ、同情を引くためだろう。
残念なことに同情をしてくれる相手はどこにもいないのだが。
「仕事とはどういうことだい?」
「彼女は公爵家で買った孤児院育ちのメイド候補生です。掃除しかできないので、子爵家とかに売り払われる予定ですが」
「実の妹ではないのか!?」
バカ王子が態度を変えた。
それから、腕を掴み、ハーレムの中から追い出す。
「汚らわしい!」
汚らわしいのはお前もだけどな。
どうして、似てもいない私の妹だと思ったのか。
「慈善活動の一種ですよ。貴族の嗜みの一つでしょう?」
お父様の目論見通り、注目の的は私になった。
義妹の正体がばれたところで支障はない。しいていうならば、バカ王子の妙な潔癖を知ってしまったくらいだろうか。孤児院出身だろうが、愛さえあれば問題ないというかと思っていた。
「ひどいですわぁ。ケイシー様」
突飛ばされた義妹はお腹に手を当てていた。
わざとらしい。
「この子になにかあったら、どうしますの?」
どうやら妊娠をしたようだ。
バカ王子の方を見ると心当たりがあったようで、今度は顔を真っ青にしている。避妊しなかったのだろう。
「妊娠しているのですか?」
「ええ、そうよ! この子はケイシー様との子なの!」
「そう。では、当家との契約は解消となりますね」
お父様に視線を向ける。
養子縁組はしていない。引き取っただけである。
「お父様。そうでしょう?」
私はお父様に確認をした。
バカ王子は認知しないだろう。自分の子ではないと言い張るはずだ。運が良くても庶子扱いの子を面倒みる義理などない。
「そうだな。契約は解消しよう」
お父様の言葉に義妹はその場で泣き崩れた。
「ところで、王子。認知はなさいますか?」
「するわけないだろう!」
「そうですか」
義妹はなにも言わなかった。
ショックが強すぎたのかもしれない。
* * *
汚らわしい。
私との結婚が控えているのに他の女に手を出すとか、ありえない。
私も二十歳だ。そろそろ、結婚をしてお父様の事業の手伝いを本格的に始めなくてはいけない。婿養子をとらなくても、私ではなく弟に爵位を譲ればいいものをお父様はかたくなに私に爵位を譲ると言っている。
私は結婚をして外の世界に出たいのだ。
家の為の結婚とはいえ、バカ王子との結婚なんて嫌だ。
しかし、今日の私はついていた。
バカ王子がついにしでかしたのだ。
義妹を妊娠させたのは事実であった。
妊娠三か月だそうだ。
妊婦を外に追い出すのは気が引けた為、別邸の一室を与え、監視付きでそこで過ごさせている。子どもが生まれたら、性別に関係なく、母娘ともに孤児院に送り届ける手配になっている。
義妹は十五歳だった。出産に耐えられるのか、わからない年齢だ。
それに手を出すとは信じられない。
「お父様。婚約を白紙に戻してくださいませ」
私はお父様に頼みごとをしていた。
元々、バカ王子がなにかをやらかした時には婚約を白紙に戻す約束だ。その条件がそろったのだ。
「そうだな。先ほど、王宮に手紙を送ったところだ」
陛下は了承なさるだろう。
バカ王子は適当なところに婿養子に出されるのだろう。陛下は息子に甘いところがある。
「新しい婚約者候補を探さなければ」
お父様も悩ましいところだろう。
二十歳となれば結婚適齢期を少し過ぎている。公爵家の令嬢を後妻にするわけにもいかない。
「どこか心当たりはないか?」
「辺境にあるホワイト伯爵家の嫡男とかどうですか。彼、友好的で好印象な青年でしたよ」
「辺境か。危険ではないか?」
国境に面している辺境に領地を持つ伯爵家があった。
数回しか会話を交わしたことはないけれども、彼との会話は弾むものだった。
海が近くにあるらしく、交易品も手に入りやすい。他国との情勢が不安定になれば危険な地域となるが、その時はその時考えればいい。
「現在の国際情勢を見ると危険はないと思います」
私の答えは当たりだったようだ。
「では、マイケル氏に手紙を送っておこう」
「お願いいたします」
私はお父様の執務室から出ていく。
バカ王子のことを思うと腹が立つ。昔から女好きの変態だった。矯正しようにも手遅れで婚約を白紙に戻せたことで、ようやく、私の悪女計画が幕を閉じる。
長かった。
それでも、耐えてきた。
ようやく自由になれる。
晴れ晴れとした気分だった。すべて、義妹をそそのかした私の成果だ。