第1通:永遠の夜に咲く青春_ちわーっす。郵便屋でーす。
屋敷前…中が騒がしいところを察するに、レイロンの直属の捜査員が先行し、踏み込んでいるようだ。
上空のオウフェイが夜目の瞬きで、状況を知らせてきた。
オクガイノ セイアツ カンリョウ イソゲ
すでに正面のゲートは解放されている
カイランの部屋はアレックスから聞いているので、ルーリーの能力で位置関係を見ながら進めば、広い敷地でも迷うことはない。
しかし、ルーリーとレイロンが先行した後ろで、アレックスは進むことに躊躇していた。
敷地内につづく大きな門が、彼が戻るのを拒むかのように重々しくそびえ立っていた。
曾祖父との穏やかな会話だけが、彼の心に残る唯一の温かい記憶だった。しかし、それ以外の思い出は、彼を苦しめるものばかりだった。兄弟たちの冷たい視線、無視され続けた日々、そして権力争いの中での孤独感。貴族社会の冷酷さを、彼は身をもって知っていた。
そんな生活の中で…曾祖父の手紙を手にしたとき、彼は初めて屋敷の外の世界を見た。傷だらけで進んだ道の先に、違う生き方ができる世界があること知った…今以上に傷つくことになるが、さらにその先へ進める可能性もしってしまった。
ただ…心を縛られた時間が長すぎたせいで…踏み出す勇気が足りなかった……
彼女の勇気がその手を包むまでは…
「アレックス、マジで大丈夫だって!あんたの勇気、めっちゃキラキラしてるから!一緒に行こうぜ、怖がらずにさ!」
イーウェイは笑顔で尻尾を振り回しながら、アレックスの手を優しく握りしめていた。
アレックスは彼女の目を見て手を握り返すと、門の奥へ進んだ。
***
屋敷の正面玄関は、きらびやかな照明器具に捕らわれた魔法の明かりが照らしていた。一族の家紋である『牙を剥き出しにした獅子』をあしらった家紋が、農場用の大きな荷車が通れるほどの扉に刻まれていた。
屋外の施設はすでにレイロンの配下によって制圧されており、静寂が支配している。しかし、その静けさの中で、扉の前には異様な緊張感が漂っていた。悪名高い貴族の護衛たちは、ねじ曲がった貴族思想を己の正義と信じ、最後の砦として立ちはだかる覚悟を決めていた。
旧世界でフォーマル扱いされたスーツを簡素ではあるが再現し、仕える貴族の家紋を宝石に刻み、バッジのように身に着けることで、どこの護衛かもはっきりさせている。
「ここが最終防衛ラインだ!奴らに我々の誇りを見せてやる!」
護衛の1人が声を上げると、他の二人もそれに続くように頷いた。
護衛たちが緊張感を漂わせる中、ルーリー達が颯爽と現れた。戦闘のルーリーがは堂々とした態度で護衛たちに向かい言った。
「ドーモ…ユウビン・ヤ・サン…デス。荷物はどこに置けばいいんだい?それとも、ここで蹴り飛ばしてもいいかい?」
護衛の1人がルーリーに尋ねる。
「また退職代行からの書類か!?」
別の護衛がその言葉に反応した。
「ち…最近の傭兵はすぐ、人任せに辞めやがる!」
レイロンの後ろにイーウェイと手を繋いで隠れていたアレックスが、申し訳なさそうに呟いた。
「ごめね…退職すらまともにできないほど、ブラックで…」
そこで寸劇?に参加してなかった1人の護衛…リーダーらしき男が知った顔を見た状況を察した。
「お戻りですか…アレックス様…残念ながら当主様より、あなたを始末するように言われおります。悪く思わないよう…」
追い込まれた彼らはついに、子供をスケープゴートにしようとしていた。アレックスを殺害後、彼が隠蔽を望んだことにし、さらに曾祖父を毒で死なせようとした…ということにしたいらしい。
前者は罪の隠蔽期間を考えるとかなり強引だが、後者は使えない設定ではないのが厄介だ。どちらにしろ、滅茶苦茶な思想を押し通し続けようとする彼らもう、救いようがないとこまで堕ちている。
「今のあなたの立場を考えると、そんな女子供を護衛にしたのは失敗ですね…」
敵のリーダーはルーリーとレイロンを見下すように笑った。彼の目には、ルーリーの小柄な体格とレイロンの穏やかな表情が、ただの女子供にしか映っていなかった。
彼が手を軽く振ってハンドサインを送ると、理解し難いセンスで何を彫っているかいるか分からない石像の後ろから、ダガーを握りしめた伏兵が、アレックスの後ろ首を狙うように飛び出してきたが…
バシッと音がしたと思ったら、伏兵が後頭部を打つように地面に叩きつけられ、鼻血を流して倒れてた。レイロンが伏兵の顔面を、下半身の尾で殴り飛ばしたらしい。
レイロンのような蛇系の種族は、温度変化を色で見ることができる能力を持っている。所謂ピット器官が種族能力として進化したもの。サーモグラフィーと言えば分かり易いだろうか。
通常は夜目の効かない環境での補佐程度の性能だが、彼女の場合は認識範囲と精度に優れ、暗闇や障害物越しでも敵の位置を正確に把握することができるのだ。伏兵がアレックスを狙って飛び出してきた瞬間、レイロンはその温度変化を捉え、即座に反応した。
「おろかじゃのう…相手に蛇系の種族がいることを考慮せぬとは…」
夜目と同時使用できない、見え方に癖があるので経験則が重要という欠点はあるが、視界の悪い場所で優位に立てる能力だ。
「そんなヴぁッ!?」
横顔に衝撃を感じたリーダーの男は、回転しながら吹き飛び、地面に衝突して転がった。
飛び掛かったルーリーが空中で体を捻って、周り蹴りをしたのだ。
彼女が独自に積み上げてきた実戦経験では…
戦いは基本的に最小限の手数、最小限の時間で終わらせる…という対処法が身についていた。
手数が増え、戦闘が長引くことは敗北リスクを増やすというのが、ルーリーの実戦における考えだ。
彼女はレイロンのカウンターを戦闘開始の合図とし、まずはリーダーを沈黙させて、指揮系統を断った。
庭園に飾りつけてあったランタンを尻尾に引っ掛けたレイロンが、ルーリーの着地に間に合うように尻尾の回転力で、彼女に投げた。
跳び上がった視点から別の伏兵の位置を確認していたルーリーは着地直後、まだ空中にあるランタンを蹴り、障害物を避けるように軌道を曲げて、伏兵の頭部に直撃させた。
ガラス部分が割れて魔法の火が消えたランタンは、倒れた伏兵から反対方向へと転がり、高く金属音を響かせた。
寸劇をしていた片方の護衛が、腰から黒刃のダガーを抜き放ち、踏み込みともに突き出してくるが、握りしめた手から柄から飛び出た素人丸出しの握り方が仇になり、蹴りでダガーを弾かれてしまった。
ここでルーリーが背中を見たので、男はチャンスと思い、拳を叩きこもうと思ったのが…実戦では、背中を基点に繰り出す技が危険だということ男は知らなかった。
男の拳よりも早く、振り返る勢いを利用したルーリーの回し蹴りは、回転力を直線エネルギーに変える動きで男の懐に突き刺さった。
それは助走を必要とせずに、トップスピードの蹴りを瞬間的に繰り出す彼女の必殺技…ウサギの稲妻だった。
犠牲となったのは直撃を受けた男だけではなく、彼の後ろにいたもう1人の護衛にも及んだ。吹き飛ばされた体が、追撃を躊躇してしまったもう1人にぶつかり、一緒に扉へ向かって吹き飛んだ。
扉が衝撃を吸収しきれず、なぜか二人が抱き合ったシルエットで…扉に穴を空けて飛んで行ってしまった。
穴の向こうから、色々な物が壊れたり、落ちたりする音が鳴り響いた。
「鍵も開いたし、お邪魔しようか?」
穴をくぐるルーリーに続いて、何事もなかったかのようにすり抜けたレイロン。
イーウェイとアレックスは秒単位で終わった出来事についていけず、手を繋いだまま穴を見つめていたが…深く考えるのはやめて、先へ進むことにした。