第1通:永遠の夜に咲く青春_八つ当たり村
オウフェイは、金色の目を輝かせながら夜空を舞い、貴族の敷地を見下ろしていた。彼の翼の先が銀色に煌めき、飛んだ後には一瞬だけキラキラとした輝きが残る。
彼はその光景を見て、心の中で軽蔑の念を抱いていた。金で装飾された魔法の街灯や庭園のランプは、夜目があるこの世界では視界目的の明かりとしては意味をなさない。むしろ、金持ちの財力を誇示するための道楽に過ぎないと感じていた。
庭園の中心にある塔は、シュテルン・トゥルムを模して作られたものだが、オリジナルと比べるとその高さは屋敷の2階よりも少し高い程度で、立派とは言い難い。
「資金力はあったが、技術者が集まらずにこの高さで妥協したと言うわけだな…」
と呟きながら、塔の上空を周囲を旋回する。
彼はこの貴族の趣味の悪い建物を軽蔑しつつも、合流予定の中を探していた。ルーリーを見つけ次第、レイロンとの合流ポイントで誘導するのが役割だ。
「やれやれ…予想より遅いと思ったら、荷物の現地集荷までしてきたか…」
屋敷から少し離れた周囲に大きな木や岩などの遮蔽物があり、上空が開けているところで空を見上げていた。彼女はオウフェイに気づいていたようだ。
わざわざここを選んで見上げたのには理由があった。
コレカラ ヤシキ ハイル トッパ オケ?
夜目の瞬きとタイミングの組み合わせで、意思伝達をするルーリー。この場所を選んだのは、点滅する夜目を周囲からは見えないようにし、上空のオウフェイは見えるようにするためだった。
マテ サキニ レイロン ト ゴウリュウ ハンドル ヲ ミギニ
この先にはネックルート村に続く道があり、ハンドルでくみ上げるタイプの井戸が、旅人も利用し易いように道から見える場所へ設置されていた。
そこから向かって右にある一軒家に入れ…ということだろうと解釈し、移動を始めたルーリたち。
夜目を点滅させたことで、地上から警戒される可能性が出てきたオウフェイだが、注意を引きつけるにはちょうどよかった。
***
ルーリーたちが足を踏み入れた村は、かつてイエローネックの栽培で賑わっていた場所だった。村の入り口には、板に棒をくっつけて作った簡易的な看板が刺さっており、「ネックルート村」と刻まれている。
畑には、選別すればまだ収穫できそうな黄色い首色大根が整然と並んでおり、収穫時に切り落とした葉が端の方に固められ、枯れていた。通は葉も食べると言うが、一般的には少し葉を残し、切り落としたものが流通する。
この村で栽培されているのは、イエローネックという…この世界特有の進化を遂げた根菜で、火を通すと味噌の風味がすることで知られている。特にこの村では、赤みそ風味の赤みがかった黄色の特殊な品種が名物で、料理に深い味わいを与えることで人気を博していた。
しかし、村全体には不思議な静けさが漂っている。人の気配は全く感じられず、家々の窓は閉ざされ、煙突からは煙一つ上がっていない。道端には、かつての住人たちが使っていたであろう農具が、掘り起こした土が付着したまま放置されていた。
「ちょっとー、この村マジ静かすぎ…不気味なんだけど…」
「昔はね、貴族の領地に近いとこじゃ、税が急に厳しくなってさ、人々が監視が強化される前に逃げ出すなんて、よくあることだったのさ。」
畑から、形が良さげなイエローネックを一本引き抜きながら答えた。
「にしては…冷静な撤退だねぇ。無造作に投げ捨ててあるように見える農具も、よく見ると人の移動の邪魔にならないとこや、高い場所に置いてあるじゃないか。」
畑の土には、かすかに残る足跡が幾つも重なっていた。
時間が経ち、風や雨に少しずつ消されてはいるものの、同じ方向に向かう足跡の流れがなんとなく見て取れる。
まるで村の住民たちが、事前に決められた合図に従って一斉に動き出したかのようだ。足跡の間隔はほぼ均等で、急いでいる様子は見られない。
静かに、しかし確実に村を去るための計画があったことを、かすかな痕跡が物語っているようだった。
「とりあえず、白蛇ババアならなんか知ってるだろう…オウフェイの教えてくれた民家に入ろう。」
先に民家へ歩こうとしたイーウェイが立ち止まり、振り返った。ルーリーが歩き始めてなかったので、うっかり先行しようとしていたことに気づいたからだ。
「かっこいいこと言ってるけど、アイテムポーチに大根何本ぶっこんでんの?」
「この品種、栽培が難しくて出回ってないし、高いんだよ?」
「それ、使い切る前に腐っちゃわない?」
「ああ…このアイテムポーチ、時間停止型だから食材保存には最高なんだよ。」
「錬金術の神髄、マジ無駄遣いじゃん!」
狐耳をピクピクと動かしながら、ルーリーの便利なアイテムポーチを見ていた。
「家でも旅でも食材は大事に。」
と自信ありげに言いいながら、あともう一本と…抜いてから、指示された民家へ向かった。
***
ルーリーとイーウェイが足を踏み入れた民家は、狭いながらも、仲の良い親子が暮らしていたことを感じさせる温かい空間だ。
木製の床は長年の使用で艶を失い、子供がつけたと思われる壁の傷と落書きの思い出が残っていた。
中央には小さな木製のテーブルがあり、古びた椅子が四脚並び、どちらも幾たびの修理を繰り返して長年使ってきたことが伝わる。
テーブルの上には、村で採れたイエローネックを薄く切って干した保存食が置かれ、家族の食卓を支えていたことを物語っていた。
貧しいというよりも、無駄な物を持たない習慣を感じさせる。まるで初めから、この村を離れる日がくるのを分かっていたかのように。
ルーリーがこの村の存在理由を考えていたとき、隣にいたイーウェイが突然駆け出した。
彼女の視線の先には、レイロンと一緒に待っていたアレックスの姿があった。イーウェイの心は一瞬、過去の記憶に引き戻された。アレックスの姿が、若き日の曾祖父カイランと重なって見えたのだ。
「カイラン!」
と叫びながら、イーウェイはアレックスに向かって駆け寄った。彼女の心は懐かしさと喜びでいっぱいだった。
だが、抱き着こうとしたその瞬間、イーウェイは我に返った。目の前にいるのは、自分の記憶にあるカイランの姿ではなく、彼に似ている見知らぬ少年だった。
彼女の狐耳がピクピクと動き、目を細めて彼をじっと見つめる。アレックスはその視線に気づき、少し緊張した様子で目を逸らす。
「あ、ゴメン!一瞬、カイランに見えちゃってさ〜!」
イーウェイは笑顔で言いながら、軽やかにアレックスに近づく。股の付け根よりも上のイケナイ範囲が、ちょっとした拍子で見えてしまいそうな裾でも直視できないアレックス。
今度は彼女が前屈みになったことで、生地が破れそうなほどの大きな胸が目の前に迫ってきた。
絶賛思春期中のアレックスは視線を逸らして落ち着こうとするが…個人差はあれど…周囲にはルーリーとレイロンの際どい格好をした大きなモノをお持ちのお姉さんしかいないことで、その視線は逃げ場を無くしていた。
「ババア、お前わざとそこに立っただろ?」
「お主も悪ノリに便乗したじゃろ…」
ニヤニヤ笑いながら、小声で語りあう二人、思春期の緊張はすでにバレバレだった。イーウェイにもバレるのは当然で、彼女はわざと目の前に下げた膨らみを軽く揺らしてみせた。
あきらめた彼は…真面目な顔をして、目の前の大きな膨らみの上、イーウェイの顔をみて話すことにした。
「大丈夫だよ。家族には、昔のひじーちゃんによく似てるって言われてるから…」
「うん、カイランは昔、イーウェイのいた食堂によく来てたんだよね〜。マジそっくりじゃん!」
アレックスは、目の前に立つイーウェイを見つめた。彼女の姿は、曾祖父カイランから聞かされていた妖狐族の女性そのものだった。
夜しかないはずのこの世界で、茶色の髪は、まるで陽光を浴びたかように輝き、狐耳がピクピクと動くたびに、彼の心は不思議な感覚に包まれた。
「え…あなたが?そうか…ひいじーちゃんの手紙、届いたんだね…」
アレックスは、言葉を絞り出すように呟いた。彼の心は、手紙が無事に届いたことへの安堵よりも、目の前のイーウェイが曾祖父の思い出の中で時が止まっているかのように見えることに驚いていた。彼女の姿は、まるで時間を超えて彼の前に現れた幻影のようだった。
イーウェイは微笑みながら、彼の驚きを受け止めるように優しく頷いた。その笑顔は、アレックスの心に温かさをもたらした。
彼は曾祖父の話したイーウェイの容姿について…正直、うちのひいじーちゃん、盛ってね?…と思っていたが…現実のものだったことを実感した。
同時に、心の中で疑っていたことを誤った。
***
「で…ここって、イエローネック栽培で有名な村があったはずだよな?」
ここに住んでいた家族が使っていたテーブルを借りて座り、各自で情報共有をする中で、この村についての疑問を口にしたルーリー。
何度か配達にきた彼女にとっては、ここの村の人がいきなり消える前兆は感じられなかったのだ。
「そう思うのが自然じゃろう。この避難は先手を打った行動じゃからな。」
レイロンの説明によると、この村ができた目的はそもそも、ルーリーを支援する人達が、資金を調達するため、レアな食材が育てやすい土壌のこの場所に村を作ったらしい。
「いやいやまって…金になるのは分かるけど、僕の家の近くに村作ったら、秘密の活動を見つけてくださいって言うようなものでしょ?」
思っているよりもテーブルが狭かったため、3人のお姉さん?たちに近い距離で囲まれている緊張感を何とかしたかったアレックスは、発言できそうな場所を見つけてちょっと大げさに声をだした。
「そこは、かくれんぼのコツと同じじゃ。相手の動きが見える方が都合がいいんじゃよ、こういうのは。」
椅子に座っているというより、巻き付いているレイロンは、テーブルの上に、3人のなかで最もたわわな果実2個をのせるような姿勢で、アレックスにも分かり易いように例える。
「ついでに、貴族側の動きを最前列で探れるメリットもあるからの…敵の懐に飛び込むというのは、デメリットばかりではない…ということを知っておくのじゃ。」
そしてレイロンたち、ノヴァ・トゥルースの捜査が公式なものと公に認められ、追い込まれてきた一族は、この村の人間を大罪人と処刑し、罪を押し付けようとした。
が…彼らが想定していたより、情報が筒抜けで、村人はスタコラサッサと先に逃げてしまったのだ。
「あー…リアカーの上に村を作っていたようなもんか…」
不自然な村人の形跡と、ここに配達したときから感じていた生活の違和感に納得したルーリー。
家族で暮らしているにしては、物が少なすぎた…撤退時に荷物への愛着で躊躇しないようにするためだろう。持って行くにしても、管理している荷物が少ないというのは、大きなメリットだ。
つまり、この村の人は常にいつでも撤退できる態勢で暮らしていたのだ。
「支援してくれる人たちの拠点って、実はイーウェイも知らないんだよね〜。まあ、問い詰められたときに完全にシラを切れる自信はなかったけど、結果オーライって感じ?やっぱ、知らない方が安全だし、マジでナイス判断だったわ〜!」
ルーリーは冷静な表情を保ちながらも、目の端でレイロンとアレックスを見た。彼女の目は『この子、問い詰めたらすぐに話すな…』と言わんばかりだった。
「やつらが考えていたより、支援者のネットワークは広くてな…ここ1つを失ったところで、大した痛手ではないんじゃ。」
と…いきなりここで、レイロンが蛇の尾を垂直ににょーんと伸ばして、立てた中指に…周囲の視点からはモザイクが入ったように見えた。
「八つ当たりした挙句に、空振りというザマじゃよ。バーカ!」
「あの…一応、その家系の僕もいますので、もう少し、手心というものを…」
中指は立てたままだが、伸びていた蛇の尾が縮み、見た目の身長が小さくなってしまった。
「で、館にはこのまま突撃するのかい?」
「そうじゃな。雇われたバウンサーも戦意喪失しておるし、残っているのは直属の護衛…実戦経験のないハリボテばかりじゃ。」
幼少期から一族の栄光を信じ込まされ、今もそれにしがみついている者たちだけが残っている。
「あとは中立機関としての捜査結果と処分を伝えるだけじゃが、素直には従わぬじゃろうな…こういう連中は…」
これまで何度もこのよう表現をしているが、かつて大きな権力と発言力を持ち続けた貴族は、自分達の意思を神の決定と同等と信じて疑わない。
そんな奴らが権力の独立した中立機関から、もうやめーや…と言われて辞めるはずはないだろう。
しかし…時代は変わった。
理不尽に立ち向かえる者達があらわれたことで、神と同等だった権力は、その力を大きく削られていたのだった。
旧世界を生き延びたオウフェイは言う…人が神に勝つ物語は、珍しいものでない…神は理不尽なまでに強いだけであって、無敵ではないのだと。
「行こう…100年越しの物語を終わらせに…」
ルーリーは3人と目を合わせて立ち上がると、民家のドアを開けて、屋敷のある方を見上げた。
「ここの干し物、持っていくんかーい!」
レイロンはテーブルの上にあった、保存食がなくなっていることを見逃さなかった。