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第1通:永遠の夜に咲く青春_山道の食堂

 山道の食堂でルーリーと見た目の年の変わらぬ少女が、明るい茶系の和ゴシック服にエプロンを着け、黒い髪を三つ編みにして、カウンター越しにうどんを出していた。


 稲荷茶屋の看板が掛けられた食堂…ここはうどん屋だったのだ。


 少女はよく親のお手伝いに間違われるが、代々この店を経営している一族で、現在の店主…イーレイだった。厨房には交代で店員が入り、今は祖母の代から働いているベテラン店員のエルフの男性が、ピークの過ぎた厨房でどんぶりを洗っていた。


 建物自体は旅人の休憩を目的とした場所なので、室内の殆どは畳の仮眠スペースや、木製ベンチで寛ぐ休憩所となっている。その一角でカウンター席のみで営業するうどん屋は、小規模ながらも山道を通る旅人に人気だった。


 だが最近は、見慣れない客層がここを訪れる。山道を通る旅人にしては重装備で、必ず二人一組で何かを探すような会話をしているのだ。


 相当この手の仕事に慣れているようで、会話の中にも安易に部外者に悟られるようなワードは入れてない。なんとなく、何かを探しているというニュアンスのみが理解できた。


 今日もまた同じ2人組がやってきたが…大きな仕事をこなした後かのように疲れていた。


「今日は寿命が縮むかと思ったぜ。」


「まったくだ…見た目は可愛かったが、あんな墜落して生きてるような化け物、関わるべきじゃない。」


「ああ、飯食ったら別の場所探そう。お嬢ちゃん、うどん1つ、ネギ増しで。」


「俺もうどん1つと…稲荷寿司まだ残ってる?」


 ここのうどん屋は稲荷寿司も人気で、優しい素の風味とふんわりとした食感が口コミで広がり、営業開始時間から半日も持たずに売り切れているのが当たり前だった。


「2個だけ残ってますよ。」


 イーレイは稲荷をストックしている棚を確認して、男に伝えた。


「じゃあ、その2個くれ。」


 食い逃げ防止で料金は先払い。


 2人がお釣り無しで出してくれたお金を集めると、ちょうど溜まっていたどんぶりの洗い物が終わったエルフに、注文を伝えた。


「うん…やはりうどんは、箸で切れるほどの柔さと、うすいつゆの胃に優しく染みわたるようなコレに限る。うどんにコシはいらぬ。」


 ※個人の感想です。


「そうか?確かにこれはこれで美味いが、コシのある麺を濃厚なつゆにつけて、すするのが醍醐味だろ?」


 ※個人の感想です!


 全部記載するときりがないのでやめておくが、2人はうどんのコシについて熱く語りながら食事を終えた後、年季は入ったオリエンタルな引き戸を開けて外に出ようと…


 ガラガラガラ…シュタッ!!


 2人が引き戸を開けた直後、目の前に何かが着地した。


 そこにいたのは、轟音の響いた土地で出会ったうさ耳パーカーの少女だった。



***



 ルーリー繰り返した跳躍で稲荷茶屋の前に跳び、三点着地を決めた。彼女が立ち上がると、ちょうど茶屋の引き戸が開き、先ほどの追跡者二人と鉢合わせた。お互いに驚き、しばらくの間、沈黙が流れる。


 ルーリーは本来ならば先に店に着くはずだった。だが、山道で偶然出会った長寿種族の旅人からイーウェイの姿は何十年も見ていないという話を聞いた。


 追跡者もまだ見つかっていないと確信した彼女は、安心して他の旅人からも情報を集めるために寄り道をした。


 そのため、予定より遅れて店にたどり着いたのだ。結果として、追跡者たちが先に店に入り、うどんを食べ終えたタイミングで鉢合わせることになった。


 追跡者たちは一瞬固まったが、すぐに冷静さを取り戻し、何事もなかったかのように引き戸を閉めた。彼らは引き戸の特性を活かし、反対側の引き戸を開けて、静かに外に出ていく。


「あらら…悪気はないけど…邪魔してゴメン…」


 ルーリーはその様子を見送りながら、彼らの動きに微笑を浮かべた。追跡者たちはしばらく歩いた後、突然猛ダッシュで走り去っていった。彼らの背中を見送りながら、ルーリーは茶屋の中に足を踏み入れる。


 中では走り去る人の様子をじっと眺めていた少女がいた。自分の見た目と年が変わらぬ人間の少女のその様子が、彼女は珍しかった。


「キミ、目がいいね?あの距離で走ってる人間が見えるんだ?」


 ルーリーは、少女の目の良さに感心しながら問いかけた。


 この世界で目がいい…とは、夜目…つまりルナリスのランクが高いことを示す。少女はルーリー程は見えないが、人間の標準よりかは目が良かった。


「遺伝です。お母さんも、おばあちゃんも目が良かったんですよ。」


 彼女はその言葉に合わせて自分の片目を指さし、軽くウインクをしながら答えた。


「なるほどねぇ、そういうことか。」


 たまたま視力がいい個体の能力が受け継がれるのは、ありえる話である。ルーリーは長い人生の間で、何度かそういう血筋の人を見かけたことがあった。


「なんか見覚えのあるやつがいると思ったら、フリータじゃないか?」


 休息スペースを通り過ぎ、うどん屋のカンター席前まで歩いたルーリーは、知っている顔がいることに気づいた。





***



 エルフの青年は驚いたように顔を上げ、柔らかな微笑みを浮かべた。


「おや、ルーリーさんじゃないですか。こんなところで会うとは、世の中狭いものですね。」


 ルーリーは懐かしさに胸が温かくなり、ゆっくりと頷いた。見た目は若々しいが、彼女たちの関係は百年以上の時を超えて続いている。。


「古い食堂の頃が懐かしいね。あの時はただの中継地点だったけど、覚えているものだ。。」


 フリータは穏やかな声で答え、カウンター越しにルーリーをじっと見つめた


「若造だったあの頃から、今ではすっかりベテランですよ。調理しながら旅人の話に耳を傾けるのは、いつの時代も楽しいものです。」


 ルーリーは微笑み返しながら、軽く肩をすくめた。


「私は相変わらず、あちこち飛び回ってる…正確には跳び回ってるよ。お互い、変わらないね。」


 ルーリーは微笑みながら答えた。


 その様子を見ていたイーレイは、注文をメモする白葉(バイイエ)を両手で握りしめていた。ちょっと力が入り過ぎたのか、軽く皺ができているが、いつものように穏やかに微笑んで2人の会話を聞いている。


「ルーリーさんのことは、あの頃から印象に残っていましたよ。あの時の跳躍力には驚かされました。」


「あれはちょっとした特技さ。フリータも変わらず元気そうで何よりだ。」


 ルーリーは軽く笑い、フリータの顔を見た。


「ところで、調べたいことがあってね…今の店主と少し話してもいいかな?うどんも一つ頼もう。」


「もちろんです。こちらが今の店主、イーレイです。」


 フリータが紹介すると、ルーリーは一瞬目を見開いた。


「えっ、君が店主なの?お手伝いかと思っていたよ。」


 イーレイは少し照れくさそうに答えた


「はい、祖母の代から始まって、イー…じゃなくて私で3代目です。」


 と答えた。


「自分のことを名前表で現するのは、おばさんから怒られますよ。」


 フリータは幼い子供に諭すように優しく注意した。


「もー…わかってるよ。あ…気を付けます。新しい食堂を旅人のために作り直したのは、私のおばあちゃんなんです。」


 ルーリーはその言葉に納得し、軽く頷いた。


「そうだったのか。若いのにしっかりしているんだね。」


 彼女はイーレイの服装に目を向け、首をかしげた。


 彼女の着ている服は、まるで裕福な家庭の子供が親の趣味で着せられるような上品なもので、この世界の文化では少し浮いているように感じた。


 ノクターナル・レルムでは布が貴重で、下着の発想がないほど不足し、服は必要最低限の布で作られることが一般的だからだ。ルーリーのようにホムンクルス特有の体温を逃がしたり、某白蛇ババアのように単に見せびらかしたくて露出するのとは事情が異なる。


 布の生産技術の未熟さもだが、旧世界時代に石油が枯渇してしまったというのが大きい。


「イーレイちゃん、その服、ちょっと変わってるね?この辺りじゃ、あんまり見かけないスタイルだよ。」


 そう言ったとき、脛まで隠す長さのスカートがフワっと浮いた。彼女が微笑みを浮かべてスカートの裾を持ち上げている。


「あ、これですか?祖母が東洋の文化が好きで、私もその影響を受けているんです。」


「若いころのイーレイのおばあさんは、東洋に語学留学してたんですよ。でも地元に帰ってきたら、実家の食堂が例の事件で廃墟になっていて…。」


 きっと狐の冤罪の元凶となったあの事故のことを言っているだろう。旧世界のように速攻で海外の事故が伝わる文明レベルではないのだ。何かしらのきっかけで故郷にもどってきたとき、変わり果てた光景になっていたと言う事実にショックが大きいのは当然だ。


 フリータの声に少し影が差したが、すぐに明るさを取り戻し、うどんを作りながら話を続けた。


「あの事故から20年くらいたったころに、旅人たちの憩いの場所を復活させようって話なって、今の食堂を…規模を絞ってうどん屋ですけど、始めたんです。」


 うどんを作りながら成り立ちの話を始めたフリータ。薄い色のつゆだが、空腹に効く香りが漂ってくる。ルーリーは不死身だが、ヒロインの立場上、吐かないようにウィンドライダーに乗る前から何も食べてなかった。


「どうぞ…。ネギ多めにのせてよかったんですよね?」


 昔の食堂を数回しか利用していなかったのに、フリータは彼女の注文の好みを覚えていてくれた。あの頃は定食メニューが中心だったが、物珍しさにうどんを頼んでいたのだ。


「あれ?麺ってこんな柔かったっけ?つゆも濃かった気がする。」


 ルーリーは記憶と違う味に驚きつつも、うどんの優しい味わいにほっとした。


「イーレイのおばあさんが、留学先で馴染んだ作り方で始めたんです。東洋では有名なソウルフードのうどんですが、地方によって麺の茹で具合とつゆの濃度が違うんですよ。」


 後ろではイーレイがスカートの裾を掴んだまま考え込んでいるようだが、フリータはそれを気にせずに話を続けた。


「とくに麺の茹で具合については、巨乳派か貧乳派かくらいの熱い論争が起きるんです。」


「言いたいことは伝わったけど、他に例えはないんかい…」


 箸を割る音がツッコミの効果音のように響く。ルミナス・ステップと周辺地域は、複数の文化が混ざる地域なので、箸が使えることは珍しくない。


「それでルーリーさん、わざわざここまで来たということは、例の件に関わる荷物でも運んでるんですか?」



***



「イーウェイって妖狐族の女性宛ての手紙を預かってるんだけど、今ではもう正確な住所が分からなくてね…彼女の居場所の手掛かりを探してるのさ。」


 アイテムポーチを軽く叩いて、大事な手紙を持っていることをアピールをする。


「その手紙って、誰からなんですか?」


 イーレイはカウンターに手をつき、少し身を乗り出すようにしてルーリーの顔を覗き込んだ。好奇心が隠せない様子だ。


 通なら個人情報にあたる話だが、ルーリーが扱う特殊な郵便物は事情が違う。届けることが最優先で、情報収集も欠かせないのだ。


「本人じゃなくて、ひ孫のアレックスが持ってきたんだ。曾祖父のカイランから預かっていた手紙だってさ。」


 イーレイの目が一瞬大きく見開かれた。何か知っているのかと問いかけようとしたその時、フリータがカウンターを強く叩いた。


「あいつ…今さら何の用だよ…」


 拳が当たる直前にどんぶりを持ち上げ、カウンターにそっと置いてから、ルーリーは静かにうどんをすする。


「まあ、そういうのはやめてやれよ。アタシはお前らの事情は知らないけど、アレックスが命がけで持ってきた重要な手紙なのは間違いない。。」


「すまねえ、ルーリーさん。あいつが望んだ結末じゃないのは分かってる。でも、ずっとやりきれねえんだ。」


 フリータは握りしめた拳を見つめ、言葉を詰まらせた。


「イーレイ、ちょっとルーリーさんと2人で話すので、しばらくここを頼みます。」


「あ…うん。わかった。」


 目を見開いたまま一瞬固まっていた彼女は、すぐに我に返り、柔らかな笑みを浮かべて返事をした。そして、裏口へ向かう二人を静かに見送った。

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