第1通:永遠の夜に咲く青春_訳ありの手紙-1
この世界、ノクターナル・レルムは、太陽が地平線の下に隠れ、永遠の夜が続く場所だ。かつては昼が存在したが、惑星の軌道が変化し、昼を失った。植物は育たず、食糧不足が深刻化し、科学技術も衰退した。しかし、長い年月を経て人々は適応し、新たな種族が生まれた。魔法と錬金術が発展し、闇夜の中で新たな繁栄を築いている。
その世界の主要な街の1つルミナス・ステップへと向かう道でのこと。
十代半ばの少年が、冷たい風が吹きすさぶ山道を一人歩いていた。
彼・・・アレックスは、慣れない暗闇の世界を旅している。
ルミナス・ステップは石階段の街として有名で、この世界にしては珍しく石で山道が舗装されていた。ただし、それは街から数キロ内の話であって、その外は未開の地。舗装された山道も人がすれ違いに歩ける程度のもので、脇道にずれようとするなら闇の森に飛び込むことになる。現代人の感覚では秘境レベルの道を、少年は歩いていたのだ。
常に夜の世界で見慣れた夜空だが、親兄弟の罵声どころか、使用人の忙しく駆け回る足音も聞こえない山の中、遠くからは夜の森の不気味なざわめきが聞こえ、孤独感が胸を締め付けた。
彼の服は泥にまみれ、靴は擦り切れて底が薄くなっていた。慣れない長距離のせいで足には靴擦れができ、歩くたびにズキリと痛みが走る。痛みを口に出す余裕もなく、冷たい風が肌を刺す中、彼は傷だらけの足を引きずりながら、一歩一歩、必死に前へと進んでいった。
貴族でありながら庶民よりの思想だった彼は、一族では異端扱いだった。
しかし、曽祖父だけは彼のその心意気褒め称え、理解してくれた。あの家でただ一人の味方である曽祖父の名誉を守るため…そしてある人に真実を伝えるために…足を止めたくなかった。
膝を曲げ、痛みをこらえながら太ももから足を持ち上げ、一歩一歩前へと進む。
石で舗装された道路の始まりの場所から、遠くにルミナス・ステップの街の灯りが見え始めた。
明かりが見える範囲に入っただけだが、それが彼の励ましとなった。屋敷の生活では、明かりの暖かさに惹かれたことななかった。
遠くに見えるルミナス・ステップの灯りが、まるで彼を呼んでいるかのように輝いていた。
「もう少しだ…」
気を抜くと、気絶するように眠ってしまいそうだった。
目覚ましに平手で自分の足を叩くが、その痛みすら効果がなくってきていた。
疲労で重くなった体を無理やり動かす中、その右手は左脇のホルスター型のアイテムポーチに当てられていた。それは曾祖父から授かった物で、大事な手紙も中に入ってる。
その手紙は祖父に託された大事なもので、祖父が言うは、大切な人に当てたものらしい。
今の体型ではまだ大きめに感じるホルターのズレた位置を直すと、灯りの見える街へと歩みを進めた。
***
疲れ果てたアレックスが道端に座り込むと、冷たい風が頬を撫でる。視界の隅に、ふわりと軽やかな影が舞い降りた。
それは、歳の近い少女のようだった。後から聞いた話になるが、彼女は配達の途中で、超人的な脚力を活かして跳びながら移動していたのだ。彼女は軽やかに地面に着地し、驚いて後ろに倒れて尻を地面に打ちつけた彼の存在に気づく。
「おい、坊や、大丈夫かい?」
明るく親しみやすい声とともに、ルーリーが跳躍の勢いを残しながら地面に着地した。彼女のうさ耳フード付きパーカーのフードが風に揺れ、ピッチリとしたレザーショートパンツが彼女の逞しい脚線美を際立たせている。
アレックスは思わず目を見開いた。思春期の彼には、その大胆な服装が少し刺激的に映った。
「アタシはルーリー。ルミナス。ステップで配達員やってんだ。」
彼女はにっこりと微笑み、差し出された手は温かく、疲れ切った少年の心にじんわりと染み渡った。
アレックスはその手を取り、立ち上がる。手を握った瞬間、彼女の体温の高さに一瞬驚いたが、彼女の明るさと親しみやすさに、少しずつ心を開いていくのを感じていた。
ルーリーは彼の疲れた様子を見て、すぐに助けを申し出る。
「何か困ってることがあるなら、アタシに言ってみな。力になれるかもしれないよ。」
彼女の言葉に、アレックスは祖父の約束を果たすための旅のことを話し始める。ルーリーは彼の話を真剣に聞き、彼の旅の手助けをすることを決意する。
この出会いが、アレックスにとって新たな希望となるのだった。
***
ルーリーはアレックスの前にしゃがみ込み、ふわりとした笑みを浮かべて優しく声をかけた。
「さあ、坊や。アタシの背中に乗りなよ。」
彼女は背中を向け、跳びやすいように腰を軽く落とす。革製のショートパンツに包まれた丸みのあるお尻が、月明かりにほんのりと照らされている。
アレックスは一瞬ためらい、視線を逸らした。
「でも、女の子の背中に乗るなんて…」
そんな彼の戸惑いを察したのか、ルーリーは振り返り、真っ直ぐに彼の瞳を見据えた。
「大丈夫だって。アタシの脚力は誰にも負けないんだから。」
その言葉に、アレックスの胸のざわめきが少しだけ和らぐ。彼はゆっくりと手を伸ばし、ルーリーの背中に触れた。
柔らかくて温かい感触が、じんわりと伝わってくる。
ルーリーはすっと立ち上がり、まるで風のように軽やかに跳躍した。アレックスは驚きのあまり声を上げそうになりながらも、必死に背中にしがみつく。
跳び降りる瞬間、ふわりと体が浮く感覚に思わず力が入り、前に回した腕がルーリーの胸に触れてしまった。
熱を帯びた柔らかさに、顔が真っ赤に染まる。
『ご、ごめん…!』と、心の中で慌てながらも、彼はしっかりと彼女の背中を抱きしめた。
***
ルミナス・ステップに降り立ったアレックスは、思わず息を呑んだ。
石畳の道が静かに続き、街全体がまるで柔らかな月のヴェールに包まれているかのようだった。
「すごい……ふわりとした優しい光が、こんなに広がってるなんて。」
アレックスの瞳は輝き、心の奥から感嘆の声が漏れた。
ルーリーは微笑みながら、少し誇らしげに答えた。
「この光はね、シュテルン・トゥルムの水晶が月明かりを増幅して、街全体を優しく照らしてるんだ。簡単に言えば、街の夜の電気みたいなもんさ。」
「シュテルン・トゥルムって、あの高い塔のこと?」
アレックスは興味津々で見上げる。
「そうそう。星の塔とも呼ばれてるよ。星の観測所でもあり、観光向けの展望台もあるんだ。あの光があると、みんなの心がなんだかホッとするんだよね。」
「でも、僕たちは夜目の能力があるから、暗くても見えるよね?」
アレックスは不思議そうに尋ねた。
ルーリーは少し笑いながら、片目を細めて見せた。
「まあね。この世界じゃ、照明器具の役割はインテリやオブジェのようなもんだけど…光があるとやっぱり安心するんだよ。旧世界の人間の本能が残ってるってやつかな。」
「旧世界の話はよくわからないけど、光を見ると落ち着くのはなんとなく分かる気がするよ。」
アレックスは頷きながら、街の灯りに目を細めた。
「旧世界の話?興味があったら、後で詳しい奴に聞いてみなよ。怖い話もあるけど、まあそれはまた別の機会さ。」
ルーリーは軽く肩をすくめて、にこりと笑った。