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笠姫  作者: 加藤無理
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鉢田家

 笠が二十歳になる年の初秋に婚礼が行われる。笠はその準備の傍ら、鉢田家はちだけについて女中達に尋ねたり資料を読んだりした。鉢田家は東北地方にある紅内藩べにうちはんを領土にしている。ある程度大きくて有名な藩ならば北方警備に駆り出されているが、紅内藩は小さな外様なので軍備を任されていない。当主は鉢田定晴はちださだはるで、笠の結婚相手である道晴みちはるの父親だ。家斉より五歳年下。


 紅内藩は小さく鉢田家も無名の大名家であり、笠は詳しい事が分からなかった。ただ、老中の話によると江戸時代開幕の時から領地は一定で一度も転封も領地替えをしていない珍しい藩である事が分かった。


 持参金だけではなく新居に必要な材料や費用や笠と同行する女中や家来達の人件費もしばらくは大奥が負担する。御台所の寔子や御年寄や表使は忙殺されていた。笠も荷物の確認をしたり婚礼の儀式の練習をしたりしていた。


 婚礼後も笠に付いていく女中は五人、下男は三人。寔子が慎重に選んだ八人である。八人は笠の言動を不快どころか親しんでいた。何度か笠の治療を受けた者もいる。女中の中には大奥から本来なかなか出られない武家出身の子女がいたので彼女達はむしろ喜んでいた。


 笠は八人に挨拶しながら、苦労をかける事を説明した。大奥の贅沢な暮らしに慣れた身には大名家であっても質素に感じられる。それでも仲違なかたがいせずに慎ましく生きる。八人は笑顔でそれを受け入れた。


 婚礼の日は運良く晴れていた。八人と荷物を運ぶ男達四人の十二人が笠の供をする。鉢田家は江戸城からやや遠い。道行く人達はその行列を見ると道を譲って頭を下げる。輿入れにしては少し少人数だが、駕籠には葵の御紋がハッキリと付いている。


 新築された赤い門。鉢田家の屋敷の入り口。一門が出迎えている。笠達は門をくぐった。男達が運んできた駕籠を下ろす。壮年の男が近寄ってきて、

「拙者は鉢田定晴と申す。笠姫、どうぞ」

 しかし駕籠からは何も返事が無い。不審に思った定晴が、

「失礼」

 と、駕籠の扉を開けると中には何十冊もの本と着物一着が入っていた。定晴が驚いていると、前列から

「済まぬ。笠とは私の事だ」

 と、声がした。定晴が振り向くと笠は被り笠を脱いだ。定晴も定晴の家来と女中もポカンとしていた。笠は木綿の服を着ているが堂々としている。定晴は、

「本当に笠姫ですか。何故、こちらまで歩いてきたのですか」

「本と服は大事だ。影武者にもなる。それに市井の者達を見たかった」

 定晴が真顔で黙っていると、

「手間を取らせてしまうが、着替える」

 壮年の女が出て来て、

「ではこちらへ。私は殿の正室のくにです」

 と、中へ案内した。國の女中達も続く。鉢田一門は腑に落ちない様子でそれを目で追った。


 婚礼はぎこちなかったが、なんとか済ませた。定晴も國も釈然としなかった。一門も不安を隠せないでいる。笠はそれを無視するかのように、

「今日は祝ってくれて有難うございます。明日からは遠慮なさらずに」

 定晴が、

「と、申されますと?」

「白米より安ければ大根飯でも麦飯でもかまわない」

 笠が答えると定晴は、

「はあ、左様で」

 と、曖昧に相槌を打った。道晴はぼんやりと笠を眺めている。贅沢三昧で浪費家な姫君が嫁いだかと思えば、着替えたとは言え、自らの足で木綿の服装で嫁いできた。嫁入り道具よりも沢山の書籍。その上、質素な食事を求める。


 変わった嫁が来た。貧しい武家なら書籍を何十冊も持ち込まないし、金持ちならば艶やかな着物や化粧道具を沢山持ち込むはずだ。道晴は不快より不可解を感じた。

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