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笠姫  作者: 加藤無理
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不安

 笠が十六歳になる年には冷夏と異常気象が猛威を振るった。インドネシアの火山で世界の気象が変わり、不作や不凶が起きていた。日本も例外ではなかったが、曲がりなりにも対策を取っていたので天明の大飢饉よりもマシであった。備蓄米と囲米と寛政の改革の効果があった。幕府だけではなく各藩も試行錯誤をしていた。


 笠は普段より食べる量を減らした。一部の女中達もそれを真似した。寔子は大奥で派手な服装や行動を慎むように命じた。例外的に幼子や赤子に乳を飲ませる為に乳母達に栄養を取らせた。


 笠は相変わらず乱読と薙刀を続けていた。また、次期将軍である家慶の正室の喬子から作法を学んでいたのでそれなりの教養は有ったが、公家出身の喬子は全く満足しなかった。兄の家慶も、

「もう嫁ぐ歳なのに嫁の貰い手がいなくなるぞ」


 けれども笠の乱読と薙刀は無駄ではなかった。薙刀で体幹や手足が鍛えられて体力がついた。乱読で世の中の事がおぼろげに分かってきた。お目見え以下の女中達に灸や針を試して効果が出始めている。一人では危ないので奥医師が監督していたものの、奥医師の想像以上の出来だった。


 乱読はその他にも経済や軍事の重要性を教えていた。何度も通商や開国を求める列強の恐ろしさや、貧富の格差のおぞましさ、米の買い占めや離農の実態。年貢で成り立つ幕府と日本経済の限界。歴史書も先人達の知恵と苦悩を伝えていた。


 下級女中達との会話も大きな刺激になった。飢饉になれば真っ先に少女や老婆が殺されて間引きされる。それを伝える悲しい歌。間引きにされなくても奉公に出されて酷使される。遊郭に売られて意味が分からない借金を負わされ病気をうつされ落ちる前に死んでいく。離農して都市部へ行く男達。都市と農村の対立。豪商や権力者に搾取される町民達。


 笠は神妙な顔で考え込むようになった。娘のやすを連れていた美代は、

「思い詰めたら身体に毒ですよ」

 と、心配した。

「何故、か弱い女が子どもを産むのに間引きされて地獄に落ちるのだろうか」

 笠が呟く。美代は溶を膝の上に乗せた。溶は暗い顔をしている笠を眺めながら怯えた様子で、

「姉上。私も地獄に行くのですか」

 美代は苦笑いしながら、

「信心深ければ浄土に行ける」

 笠は宙を睨みながら、

「経血が穢れなら戦や喧嘩で血を流す男はどうなのだろう」

 美代は溶の頭を撫でながら、

「笠姫様。もっと明るい事を考えましょう」

 笠は、

「そうしたいけれど難しい。ちまたでは男が遊び半分で女を殺しても罰せられず、女が命懸けで悪い男を殺したら死罪になる」

 溶は美代にしっかりと捕まった。美代も溶を抱き返す。我に返った笠は、

「溶はまだ嫁がないから怖がらなくて良い」

 溶は部屋の外で見張っている伊賀忍者と添番を怯えた目で見つめている。笠は、

「この者達は男だけれども悪い男ではない」

 美代も穏やかな声で、

「悪い男はこの大奥に入れないから安心しなさい」

 溶は低い声で、

「嫁ぎたくない」

「すっかり怖がらせてしまったな。でも、溶は良い子だから大丈夫だよ」

 笠が言った。溶はまだ不安そうにしている。美代は、

「笠姫様。考えすぎてはなりませんよ」

「不快にさせて悪かったな。溶、お美代の方」

 笠は謝った。

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