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笠姫  作者: 加藤無理
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お美代の方

 笠は様々な本を乱読した。適度な運動が身体に良いと分かると薙刀なぎなたの練習もした。朝早くに起きて読書、昼過ぎには薙刀。見かねた火の番の女中達は笠に薙刀の使い方を教えた。御台所の寔子ただこも側室もお目見え達も呆れたが何も言わなかった。


 世継ぎの敏次郎は既に元服して家慶いえよしになっていた。更に公家の娘の楽宮喬子女王さぎのみやたかこじょおうと祝言を挙げていた。喬子は現在京から江戸城に移って御簾中ごれんちゅうと呼ばれている。


 家慶と喬子も毎日読書と薙刀に励む笠に呆れていた。家慶は、

「薙刀よりも生け花と茶の湯を学べ」

 喬子は見かねて、

「三日に一度、私の所で学びなさい」

 笠は三日に一度、喬子の元で茶道と和歌と生花と舞と音楽を学ぶことになった。特に喬子は和歌を厳しく教えた。喬子が用事で部屋を留守にする時は喬子の侍女の一人が代わりに教えた。


 笠が十二歳の時には読書と薙刀と喬子の教えがすっかり習慣になっていた。それでも作法の厳しい大奥ではまだ無粋だった。そもそも仏典や歌集以外の書物を乱読し薙刀に精を出す笠は大奥では異様だった。しかし贅沢三昧の大奥を不快に思っている幕閣の男達や市井の視線を感じている大奥の女達は敢えて笠をそのままにした。


 笠は服装も地味で動きやすいものにした。大奥では高級女中ならば絹が普通だが、笠は木綿を着るようにしている。大奥の規則を定めた女中法度も大奥法度も基本は質素倹約なので、笠がそれに言及すると女中達も側室達も深入りしなかった。


 更に笠はお目見え以下の下級女中達を眺めては仕事を体験したがった。御年寄やお目見えが、

「これ以上、風紀を乱さないで下さい」

「却ってこの者達にとって迷惑になりますよ」

 止めた。しかし御台所の寔子は笠に水汲みを体験させた。想像以上に水の入った桶は重く肩に食い込み痛い。笠は、

「か弱い女がこんな事を毎日するなんて」

 下級女中達は苦笑いしながら、

「まだ楽ですよ。村では川から家まで毎日水を汲んでますよ」

「姫様と違って私達は丈夫なのです」

 笠は、

「へえ。百姓や町人の娘はすごいのだな」


 下級女中達は笠にせがまれるままに色々と教えた。時事を伝える瓦版を見せたり、竹籠や草鞋の作り方を教えたり、村や町に伝わる昔話や民謡を聴かせたりした。


 本来身に付けるべき教養を蔑ろにして乱読と薙刀に勤しみ、下級女中と馴れ馴れしく接している上に、次期将軍の正室直々に学ぶ。歳の近い峰姫は生母の登勢に、

「笠はふざけています!叱って下さい!」

 と、煽った。登勢は溜息を吐き、

「気持ちは分からなくもないが笠姫様には生母がいないの。大目に見なさい」

 峰は忌々しそうに、

「笠は卑しい商人の娘でしょ」

 登勢は険しい顔で、

「そんな事を二度と言うな」

 峰は黙ってしまった。


 そんな中、美代というまだ十代の女が大奥に入ってきた。彼女はすぐに家斉の寵愛を受け、家斉と一夜を共にした。それだけではなく、美代は話すのも聴くのも上手く、次々と人心を掌握していった。


 笠が本好きと知ると笠に敢えて仏典を貸した、

「こちらの書物は女も救われる可能性を書いた仏典です」

 仏典も仏教も苦手だった笠が少しだけ興味を持つようになった。帳簿や法度・法律書も読むが笠は医学書と歴史書を特に好む。美代は実家に頼んでそういった書籍も集めては貸した。笠は感心して、

「書物は大変貴重なのでしょう。こんなに借りて大丈夫なのですか」

 美代はいつの間にか家斉の子どもを妊娠しているので大奥から一目置かれている。美代は、

「姫様は敬語を使わなくて良いのです」

 笠は不安そうに、

「私の生みの母は私のせいで亡くなった。くれぐれも無茶はしないように」

 美代は不思議そうに、

「姫様は御自身を責めておられますか?」

 笠は、

「いいえ。母の分まで真っ当に生きろと御母上様、御台様がおっしゃってた」

 美代は微笑み、

「そうですか。心配して下さってありがとうございます」


 数ヶ月後。美代は無事に女の子を生んだ。名前はやす。笠は出産に立ち会おうとしたが、女中や産婆達から猛反対されていた。

「私だっていつかは子どもを産むのにな」

 笠は呟いた。

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