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笠姫  作者: 加藤無理
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知る権利

 笠が十歳になる年。北方と江戸湾の警備を幕府は大名達の力を得ながら強化していた。日本に欧米列強が近寄り、安全保障が脅かされていたからだ。徹底排除して列強を刺激して戦争になるのも避けるべきだが、無条件の開国も危険である。日本側の金銀や財力が流出して国力が低下するからだ。


 笠は読み書き算盤の他に舞や茶道や和歌を学んでいる。笛や鼓や琴や三味線や琵琶も習っている。しかし読み書き算盤と琵琶以外は面倒臭そうにしていた。歳の近い峰姫の方が数段上手かった。


 笠は尼達に本を読ませるように何度も強くねだった。医学書の他に農学書、オランダ語やロシア語やアイヌ語の語学書、歴史書、帳簿すら読みたがった。尼達は物資調達や外部の者とのやりとりを担当する表使おもてつかいと、文書を管理する祐筆に相談した。表使と祐筆は更に広敷用人に相談した。表使と祐筆は大奥の女性だが、広敷用人は大奥を監視する男性だ。大奥を見張る伊賀忍者を監督したりもする。


 広敷用人は苦い顔をして、仏典を笠に勧めた。しかし笠は、

「どんなに信仰心が篤くても女は地獄に落ちる。ならば今世で役に立つ知識を身に着けた方が良い」

 広敷用人は渋々、笠の望んでいる書籍を何冊か貸した。徳川家康の著した医学書や日記、農学書、そして仏典。笠は喜んでそれを読んだ。しかしまだ十歳の笠には分からないので一所懸命に書き写した。


 それを知った家斉は寺社奉行の脇坂安董と一緒に大奥に入って笠を叱った、

「女のお前が読むものではない!将軍家の娘なら教養と芸術を大事にしろ!」

 怒鳴られた笠の顔が青くなった。笠は泣きそうな顔で平伏し、

「世の為、御公儀のお役に立てればと思ったのです」

 家斉は鼻を鳴らして、

「所詮は女の浅知恵」

 笠の後ろで平伏している広敷用人の頭に家斉は扇子で叩き、

「お前も悪い。仏典だけ読ませろ」

 広敷用人は震えながら、

「申し訳ございません」


 傍観していた脇坂は不思議そうに、

「姫様は何故それほどまでに勉強したいのですか」

 笠は落ち着きを取り戻し、

「女は非力でしかも地獄に行きます。それだけの人生はあまりにも虚しいです」

 脇坂は、

「着飾ったり贅沢な物を食べたりしても虚しいのですか」

 家斉がいぶかるように脇坂をにらむ。笠は、

「民草が苦しんでいるのに贅沢三昧した方が罰当たりです。ならば知恵を絞って世の役に立つ事をすべきかと思います」

 家斉は笠を振り返り低い声で、

「それは俺と大奥への嫌味か?」

 笠は息を飲み、

「そんな。むしろ大奥と御父上様の役に立とうと」

「そこまで姫様がおっしゃるなら。上様、本を読ませてはいかがでしょうか」

 家斉は脇坂を睨む。脇坂は無表情で見返す。家斉は、

「笠は仏教を信じぬ。寺社奉行のお前としては看過出来ぬだろう」

 脇坂は、

「いいえ。民草の役に立ちたいと姫様はおっしゃってます」

 家斉は腕を組んで考えた。政治に無関心を決め込んでいても、幕閣や市井から大奥と自分への批判は感じている。贅沢三昧と凝った芸術の追求で危うい財政を更に悪化させている。真面目で優秀な脇坂が笠を信頼しかけている。

「お前が言うなら読ませてもかまわぬ。しかし機密情報には触れさせるな」

 家斉は許可した。

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