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笠姫  作者: 加藤無理
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米嫌い

乳母達と大奥の女中達、御台所の寔子ただこに育てられて笠は無事に三歳になるところだった。


 しかし夏に延命院事件が起きた。寺社奉行の脇坂安董わきさかやすただが日潤を検挙して処罰したのだ。僧侶であるにも関わらず、日潤は女犯の罪に問われていた。日潤は美形である事を良い事に女性信者と関係を持ち、見返りに私服を肥やしていたのだ。大奥も理由を付けて延命院に参詣し、日潤達の接待を楽しく受けていた。


 脇坂は大奥で不祥事を起こした女中達をも処罰したが、死罪にはしなかった。大奥を攻撃する事は政治的に危険だからだ。それでも大奥の女達は脇坂を恐れた。


 容赦ない男だ。女中達も御年寄達も脇坂の噂をしていた。寔子は恥じ入ったり呆れてたりした。脇坂に小言を言われて不快には思うが、身内の不祥事が発端だ。規律を糺さねばならない。


 「脇坂殿は本当に怖い人なのですか」

 笠が寔子に尋ねると寔子は、

「不真面目な者には厳しい殿方だ。お前も真面目に生きなさい」


 夏が過ぎて秋になると大奥は落ち着いてきた。しかし、今度は笠が問題を起こした。今まで大奥は笠に離乳食や粥を与えていたが、炊いた米とおかずを与えるようになった。笠は味噌汁も漬物も魚も炒め物も煮物も好んで食べたが、米だけは食べたがらなかった。上級女中のお目見え達が、

「行儀悪いですよ、姫様」

「米を残すと罰が当たります」

 と、苦言を吐露すると嫌々、不味そうに食べた。それを見かねた寔子は、

「明日から三日三晩、水以外を口にするな」

 と、罰を与えた。笠は息を飲んだが、

「分かりました」

 女中達は驚き、

「御台様。いくら何でも厳しすぎるのではありませんか」

「まだ三歳ですよ」

 寔子は、

「私も断食をしよう」


 翌日。家斉が大奥で食事をする時に正室の寔子がいない事を不審に思い御年寄に尋ねた。御年寄と大奥を監視している伊賀忍者の話を聴いた家斉は、

「三日は長過ぎる」

 と、苦い顔をした。


 寔子は料理担当の中居達に自分と笠の膳に水と一粒の梅干しを用意させた。中居達は不安そうな面持ちでそれに従った。笠は、

「梅干しを食べても良いのですか」

「ああ。一粒だけなら良い。水だけはやり過ぎだ」

 笠は頭を下げて手を合わせると、

「頂きます」

 と、食べ始めた。非常に塩辛くて酸っぱい。笠は梅を食べ終えると水を一気に飲み干した。寔子の小姓が二杯目の水を用意した。笠は少しずつ飲む。寔子は、

「その梅干し一粒で一人の百姓の一日分の食糧になる」

 笠の目が大きくなった。寔子は、

「梅干しを諦めて御飯一杯を食べれば飢えはしのげる」

 笠は梅干しの種を見つめた。寔子は、

「米を食べたくても飢え死にした者は沢山いる」

 笠は固唾を飲んだ。寔子は、

「お前が生まれる前、飢饉と噴火が起きて数え切れない者が死んでいった」

 笠はうつむいた。寔子は、

「だから食べ物を粗末にするな」

 笠は平伏して、

「分かりました」


 結局、二日二晩続いた。朝食の梅干しの次の晩飯はナスの漬物一切れ、その翌朝に具の無い味噌汁、最後の晩飯に茹でたシイタケ一つ。完全な断食ではなかったが、一食分にしては少ない。笠の腹は鳴ったが、笠は部屋の片隅に膝を抱えて座って飢えをしのいだ。


 笠は部屋から出ずにぼんやりと考えた。百姓とは何か。飢饉とは何か。大奥の中にいる自分は何か。

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