第九話 食への感謝
次の日
朝、学校にて
四時間目
「あー、今日の体育は、というか今日から体育は俺が受け持つことになった」
えーーッ!?
っとみな驚いた
そりゃそうだ
いきなりだもんな
「な!何でいきなり!」
「あぁ、昨日の夜に校長から言われたんだが・・
なんか岡本先生の父は農業を営んでるそうなんだが、それが軌道に乗ったそうだ。
だが、その人の具合が急に悪くなって、危篤状態だという事だ。
岡本先生の父が体を動かせない分、そっちを手伝う事になったらしい。
それで急で申し訳ないが俺に体育を受け持ってほしいと・・・」
岡本先生は元々農業家の息子ではない
彼の産まれは少し田舎で実家もそこ
しかし岡本先生が都会にいる間に彼の父親が急に始めたようだ
そしてそれが運良く軌道に乗った矢先に倒れ、働けなくなった・・・
「それで岡本先生は昨夜のうちに実家にお帰りになられた。
っつーわけで着替えろ!
あと五分で着替えなければ校庭100周!」
その言葉を聞いた途端
みんな更衣室へと走った
「廊下を走るなよ」
そして七分後
着替え終わり校庭に集まった
「二分遅刻。連帯責任でトラックランニング。最低五周!はい、始め!」
龍はパンパン、と手を叩くと
みんな走り始めた
ちなみにこれは元々スケジュールに組まれてた
そしてみんなが走ってる最中
龍は屋上に人影があることに気付き
「サボってる奴がいたら処刑な」
と怖い笑顔で言ってそこへ向かった
「喜志島先生。何してるんですか?」
「あ、火炎先生。いえ、ちょっと・・授業風景を拝見させていただいてました」
そこにいたのは喜志島先生
多分龍に話したい事があって来たのだろう
「・・・三途川さん、の事ですか・・・」
「・・・はい、そうです」
喜志島先生はそう言うと軽く微笑んだ
何かがあったとは思えないが・・・
「何かあったのか?」
「あ、いえ。お礼を・・・」
「礼?」
龍はわからなかった
きっと三途川に話した『牛若丸と弁慶』の事だろう
しかしそれを話していた時には喜志島先生はいなかった・・・
だからわからないのだろう
「はい。三途川さん、火炎先生の話を聞いて何か自身が付いたようで。少し積極的になったというか・・・・私も牛若丸みたいになる、と」
それを聞いて龍は納得した
そして微笑みながら
「なるほどな。あの話しがそこまで・・・」
「・・一体、どんな話をしたんですか?」
龍は三途川にした話を喜志島先生に話し
それと同時に屋上の柵に向かって歩いた
そしてその柵に肘をつき、凭れ掛かった
「・・・・そんな話をしたんですか・・・・・なら、先生のおかげで彼女は―――――」
「それは違うな」
龍は喜志島先生の言葉を遮り
首を振った
「それは違うぞ、喜志島先生。
俺は三途川に助言を・・
・・向こう岸に渡るための橋を架けてやっただけ。
橋を渡ったのは彼女自身の勇気があったから。
だから、俺のおかげでいじめに立ち向かったわけじゃないんだよ」
そして牛若丸は弁慶に打ち勝つために戦いを始めた、と
「・・・でも、その勇気を出すチャンスを与えたのはあなたですよ」
喜志島先生は目を細め、微笑みながら言った
龍はその返事をせず、笑った
「さて、そろそろ戻ろうかな・・・喜志島先生も早く戻ってください」
「あ、はい。火炎先生、本当にありがとうございました」
「いやいや。俺はただ、話を聞かせただけですよ」
そういうと龍は足、というか靴を手すりにかけた
きっとダイブする気なのだろう
「先生、あなたはこの校の生徒から慕われていますね。羨ましいです」
「俺の場合は恐れられているから、ですよ・・・・・でも、喜志島先生、あなた自身、生徒の事に対応しなけりゃいけない。あなたは生徒たちから慕われているんだから」
そういうと龍は屋上から跳んだ
最短ルートで戻ったのだ
だからといって屋上ダイブは危険だろ・・・
「・・・火炎先生、気付いていますか?あなたはみんなから慕われています。あなたが慕われているのは、恐れられているわけではありません。あなたのその笑顔が、みんなの心の壁を壊しているんですよ」
珍しく、龍はその言葉を聞かなかった
そして放課後、帰路
「今日は疲れたぁ・・・」
「若ぇんだからんな事言うなよ。だが、まさか瑠奈があんなにテニスがウマイとは・・・」
あの後、屋上ダイブの後
龍は体育でテニスをした
それはトーナメント制で男女二人で1チームとしてのダブルス
そして瑠奈のチームが見事優勝
「あれは、テニスが得意とかじゃなくて・・・」
「わかってる。血筋だろ?お前の母親、優睹さんは警察だからな。何か叩き込まれたんだろ?」
櫻井優睹
龍が小二の時に龍を捕まえた本人
彼女のおかげで龍の今がある
と思ってもらっていい
「テニスの球の動きを読み、そして相手の次の動きを予知。
そしてその相手が届かないような場所に球を打ち込んだ、だな?
優睹さんが俺に教えてくれたテクニックとほぼ同じだからな。
俺に教えてくれたのは動きを予知した後、その予知した場所に行く。
そしてその相手の動きを止める、ってやつだ」
「・・さすが龍。そうだよ」
こいつのすごいとこはその観察力、行動力、そして予知能力
銃を持たせると強そうだ・・・
「しかし、敵の動きを予測するのはすごいな・・・どうやって身につけた?」
「・・・わかんない・・・もしかしたら、慣れかな・・・・小さい頃からお母さんの動きの予測をしてたから・・・」
何でそんなことしてたんだ・・?
「・・さてと、俺は一度喫茶に寄ってから帰る。晩飯作っといてくれるとありがたいな。面倒なら俺がやるけど」
「ううん、いいよ、作ってあげる。・・龍って何が好き?」
「好物か?んー・・・何だろ・・・・なんでそんな事聞くんだ?」
「え!?いや、別に・・・」
きっと龍のために何か作ってあげたいのだろう
そしてその気持ちは龍に読まれていた
「何でもいいよ、瑠奈が作ってくれるなら・・・」
と微笑みながら言った
瑠奈の顔は真っ赤になっていた
はずかしいのだろうか・・・
てかこれじゃあもう夫婦みたいだな
「・・・何でもいいの?」
「おぅ!楽しみにしてる」
そう言った後、龍は思った
なぜ、そんな事を言ったのだろうと・・・
「・・でも何で喫茶によってくの?」
「珈琲豆の残りの確認と補充だよ」
そう言って龍は喫茶に向かって歩いた
一先ず考えるのをやめたようだ
昨日と同刻
例の依頼者、佐藤さんとその息子が顔を出した
「お待たせしました」
服の上からでもわかる
その男の子の胸は肋骨がくっきりと出て
腹は抉れている様に凹んでいた
「・・・・息子さんを少しの間、預かります。その間、外に出ていてください。あなたにも手伝っていただきます」
そういうと椅子を差し出し
息子さんを座らせた
「・・私は何をすれば・・・」
「この喫茶のドアの前で誰も入ってこれないようにしてほしいんです。危険な妖怪が息子さんに憑いているので」
それを聞いた途端
佐藤さんの顔は青ざめていった
「き、危険って!息子に何が!?」
「危険、というのは・・この妖怪は伝染するんです」
「伝染・・!?」
「伝染というより移転、と言った方がいいかもしれない。
この妖怪は憑いた人間から出ると、
ヤドカリのように次の住処を探し、
そして近くにいた人間に憑く。
そういう妖怪です。
だから息子さんからその妖怪を出し、滅すまで、誰の侵入を許しません」
厄介だ・・・
面倒な妖怪だな・・・
「・・息子には、何というモノが憑いてるんですか・・・」
「・・餓鬼、です。典型的な症状が出ている」
「ガキ・・とは?」
ガキといっても『子供』って事じゃないですよ
「餓鬼は食欲の妖怪。
元は人間の魂です。
・・餓鬼は貧しく餓えていた子が死に、その魂が鬼と化した妖怪・・・
それ故、餓鬼の本能は食。
餓鬼は憑き妖怪として、人に憑き、食す。
しかしその憑かれた人間が痩せ細くなっていくのは、
その摂取した栄養分を餓鬼が自らのエネルギーにしてしまうから。
それ故、十分な栄養を摂取出来なくて栄養失調で死に到る。
だからといって何も食べないでいるとその日のうちに全てのエネルギーを取られ、
そして結局死んでしまう・・・
餓鬼が憑く人間は食す事に感謝せず、食物を無駄にする人間に憑く。
息子さんは好き嫌いが多いと言ってましたね。
きっとそれで憑かれてしまったのでしょう」
佐藤さんは絶望のどん底まで突き落とされたような顔になった
それはそうだろう
息子が必ず死んでしまう
それを聞いてしまってから・・・
「だからこそ、息子さんから餓鬼を取り除き、滅します。
大丈夫、あなたの息子さんは、必ず助けます」
その言葉を信じ、佐藤さんは外に出た
「・・・・・さて・・・鎌鳴、やるぞ」
「はい、マスター」
そういうと龍は流し台の前に立ち
鎌鳴が息子さんを縛り上げた
「さて、餓鬼よ、成仏の時間だ」
そういうと龍は調理しだした
それはきっと炒飯だ
龍は料理場に立ってすぐ、炒め始めた
その材料は元々揃えていたようだ
とても美味しそうな香ばしいにおいが喫茶いっぱいに広がった
それに餓鬼も気付いた
「!!メシ!!食べさせろ!!メシ!!!」
息子さんは縛られたまま
体を前後に動かした
それで椅子がガタガタと揺れた
そして縄を引きちぎろうとした
「鎌鳴、絶対に開放するなよ」
「はい」
「メシ!!!食わせろ!!!!」
しかし幸い餓鬼が憑いたのはまだ子供
その縄を引きちぎるには非力すぎる
「まだまだ。出来てないから食べられないよ」
そう言いつつももう盛り付けている
「出来たろ!!メシ!!食わせろ!!!!」
「コラ!そんな乱暴な言葉を使うなら、これはあげないぞ!」
そう言ってわざと届かないギリギリの所に炒飯を置いた
「何だよ!!食わせろよ!!!食わせろ!!!!!」
「そんなに食べたいか!それなら、自分で食ってみろ!!」
そう言うとさらに遠い所に置いた
「食わせろ!!!!」
そう言いながら首を伸ばすが無駄だ
椅子に縛られている以上食べることはできない
「ガァア!!く、わ、せ、ろ!!!」
そういうと口を大きく開けた
その口の中には白いモノが見えた
「・・・・鎌鳴、今だ!斬れ!」
と龍が言うと鎌鳴は自らの鎌で息子さんの首を叩き斬った
でも首を胴は繋がっている
斬れたのは、魂
鎌鳴が首を斬ると口から魂のような白いモノが飛び出て
炒飯に食いついた
そしてその魂は人の子の形になっていった
「メシ!御飯!!」
「ほらほら、ゆっくり食いな。まだまだあるから」
その後も龍はどんどん料理を作り、
鎌鳴は運び、
餓鬼は龍の作った料理を食べ続けた
「どうだ?うまいか?」
「ウマイ!ウマイ!!」
喫茶の食料が無くなる寸前で餓鬼は食べるのをやめた
「・・・おにいちゃん・・御飯・・・うまい・・・」
「そうか。よかった」
「おにいちゃん・・ありがとう・・・」
その言葉を言い終わると同時に餓鬼の魂が光った
「御飯・・・美味かった・・・ありがとう・・・食べさせてくれて・・・ありがとう!」
そう言って天に昇っていった
「・・・・生まれ変わったら、また食いに来な・・・」
龍が立ち会った餓鬼はその息子さんの魂と同化していっていた
だから龍は料理を作り、そして届かない所に置くことにより餓鬼の本能である食を出来なくし、そしてそれを食うために餓鬼の魂が息子さんの魂から分裂しようとする所に鎌鳴が鎌で切り離した
そうでもしない限りその息子さんが餓鬼になってしまうからだ
でも龍がその餓鬼を殺さなかったのは
餓鬼の未練、ひもじく食す事の出来なかった事を解消し、未練を無くさせ、成仏させようとしたのだ
餓鬼は、人の子の魂だから・・・
「さて、君」
と佐藤さんの息子さんに話しかけた
「記憶には、残っているかな?」
「・・・はい・・・・僕・・・」
「気にするな、なんて言っても無駄か・・・鎌鳴、縄切ってやれ」
鎌鳴は龍の命令通り縄を切った
「俺のこと、知ってるか?」
佐藤さんの息子さんは声に出さず頷いた
「そうか・・・名前は?」
「賢治です」
それを聞きながら龍は何かを皿に盛り付けた
「賢治か、よろしくな。・・さて、腹減ってるだろ?ほら」
と息子さんの前のテーブルに皿を置いた
それにはカレーが盛り付けてあった
「みんな大好きカレーライスだ、食べろ。全く食べてないも同然だからな。タダだ、金はいらねぇ」
「・・いただきます!」
と手を合わせ、言い、スプーンを手に取ったのはいいが全く食べようとしない
「・・・・あの・・なんですか、これ・・・」
そのカレーには少し大きめのニンジン、ジャガイモ、ナス、ピーマン、タマネギ、等・・・
「お前は、野菜が嫌いらしいな」
再び声に出さず頷く
「野菜はちゃんと食べないと駄目だぞ」
「でも・・食べたくない・・・」
龍は賢治の目線にあうように、賢治の目の前に座った
「・・・・ちょっと、俺の昔話を聞いてくれるか?」
その話に興味があるのか
賢治くんは龍の話に耳を傾けた
「あれは・・そうだな・・・1000年くらい前かな・・・
俺は一人でいろんなとこに行ってた。
その中で生きてた時は食べ物が少なくて、それに物価、物の値段が高かった。
それでご飯を食べられなかった子供たちはいっぱいいた。
俺も、同じだったよ・・・
食べ物が何も無くて、一週間、何も食べない時もあったな・・・
その時に比べたら、今はとても裕福だ。
だから俺はご飯を食べる時、その恵みに感謝しながら食べるんだ。
何でだとおもう?」
賢治は首を横に振った
まだ習っていないようだ
「それはな、今でもそうやってご飯を食べられない子供たちがいっぱいいるからだ。
その子達は賢治と同じくらいの子だけど食べるために働いてる。
そしてその働く中で、死んでしまう子達もいるんだ。
賢治はどうだ?」
「・・・僕は、違う、ご飯を食べれる・・・」
「食べる事は、それ以上ない、幸せな事なんだよ。
俺たちはその子達より贅沢なんだ。
残すなんてこれ以上の贅沢をしていけない、
その理由はわかるかい?」
賢治はおぼろげではあるようだが頷いた
きっと理解はしていないのだろう
でも、わかるのは、子供の純粋な気持ちから
可哀相と思ったのだろう
「だから、残すのはよくないんだ。
その子達がどんな気持ちで食べているか、それも考えて見て。
俺たちで言うと、そうだな・・・
ずっとほしかったゲームを買ってもらったような気持ちかな・・・
そういう時ってあるでしょ?
その時、とても、うれしかったでしょ?」
賢治は目に涙を浮かべ頷いた
「それと同じ。わかってくれたかな・・もう残して食べちゃ駄目だよ」
「・・・・うん・・・食べる・・・」
賢治はスプーンで嫌いな野菜を掬って口に運んだ
その時、ポロポロと涙を流した
「・・・・おいしい・・・」
きっと食わず嫌いだったんだ
見た目だけで食べなかったんだ・・・
「・・・おいしい・・・・おいしいよぉ・・・」
「そっか・・よかった。じゃあ、お父さんを呼ぶよ」
「・・・うん・・・」
その後、鎌鳴が佐藤さんを呼び、
賢治くんがカレーを食べ終わるのを待って
そして佐藤親子を見送った
「ただいまぁ・・・疲れたァ・・・」
それはきっと語るのに疲れたのだろう
子供でもわかるように言わないといけないから
「お帰り。ご飯、出来てるよ」
テーブルを見てみると二人分置いてあった
「・・・お前、食べてなかったのか?」
「う、うん・・龍が帰ってから一緒に食べようかなって・・・」
「俺が変える時間なんてわからなかっただろ?もっと遅かったらどうしたんだよ」
瑠奈はきっとそこまで考えていなかったようで
言葉を詰まらせた
龍はそれを見て乾いた声で笑った
そして次はテーブルのおかずを見ると・・・
「・・・・ありがとう・・瑠奈・・・」
なぜか瑠奈に礼を言った
その日の晩御飯は龍の大好物の肉じゃがだった
第九話 終