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学園探偵  作者: 阿久井浮衛
第1課 燃える密室
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「3人共アリバイがないという意味で最有力の容疑者であると言えるわけですが皆さんはこの事件についてどう思われていますか?」

 けれど,空気を読まない人間が悉く場の雰囲気を悪くするように,井上は場合によっては更に関係を悪化させかねない問いを発した。橋本君に向けていた険のある目つきを隣にスライドさせた横山先輩は,敵愾心剥き出しに聞き返す。

「どう思う,とはどういう意味でだ?」

「どういう意味でも構いません。例えば仮に放火だとした場合動機やトリックが不明ですよね。どのような動機でどのようなトリックを使って誰が犯行に至ったのか。新聞部に身を置く者としての意見をお聞かせ願います」

 何で煽るようなこと言うのーっ!? 

 わたしは内心悲鳴をあげたかった。それは事件に関係がなさそうに思えるけれど,聞く必要があるのだろうか。というか,火に油を注ぐような結果になることは明白だろうに。

 まさか諍いを助長するようなことを言うとは思っていなかったのか,橋本君は絶句して井上の顔を伺うけれど,火の着いた横山先輩は頓着しない。

「是枝部長が企てたんだと僕は思うね。鍵を持っているわけだし他の部員より犯行は可能だろう」

「ですが本人のアリバイは固いですよね」

「だから,妹に実行させたんじゃないか」

 井上に向けていた鋭い視線を,今度は真守ちゃんに投げつける。真守ちゃんは蛇に睨まれた蛙のように,びくりと体を硬直させた。

「鍵を管理しているんだ,合鍵なんて作り放題だろ。その合鍵を是枝に渡して放火させるだけだ。そうすれば兄にアリバイがあって妹にない理由も説明つくだろう。動機は実際に不審火事件を起こしてゴシップ記事に信憑性を持たせるってとこじゃないか?」

 捜査状況を学察は公開していないからそう考えるのも無理はないけれど,それは可能性としては極めて低い。

 学察の捜査範囲は学園だけに留まらず,校外にまで及ぶ。合鍵が作製されている線も検討して聞き込みを行っているけれど,是枝部長や顧問である佐々木先生はもちろん,真守ちゃんからも合鍵の作製を依頼されたという証言や目撃情報は現時点で入ってきていない。

 それに,果たしてその程度の動機で,下手をすれば大惨事になりかねないぼやを引き起こすかと言えば疑わしい。そのことを知っている井上は,けれど真守ちゃんを弁護せずに話を先に進める。

「なるほど。証明は難しそうですが検討するだけの価値がありそうな仮説ですね。橋本君はどう考えていますか」

 得られる情報を踏まえる限り,横山先輩の考えを否定できないことが分かっているからだろう。不服そうな表情の橋本君は話を振られて反駁する。

「どのようにして密室を作り上げたのかは分かりません。ですが,動機を踏まえると最も疑わしいのは横山先輩だと思います」

 面と向かって,横山先輩の方を見ながら橋本君は明確に断言した。自分が,しかも後輩から容疑者だと疑われるとは思っていなかったのか,横山先輩は腕を解いて机まで身を乗り出すと,手を叩きつけて橋本君を睨み付ける。

「お前,1組だからって調子に乗ってんじゃねーぞ」

 今にも殴りかからん表情に,真守ちゃんならずとも部外者のわたしまで気圧されてしまう。けれど橋本君は臆することなく先輩をせせら笑った。

「ほら。それが動機ですよ。文化班の先輩から聞いたんですけど,是枝部長と横山先輩は入部当時それぞれの班で期待の新入生だったそうですね。けど2年の時,是枝部長が班長に就いた一方で横山先輩は副班長止まりだった。3年になると1組から落ちて部での役職も班長にすら上がらない。内心焦っていたんじゃないですか」

 松羽島学園は県内どころか,全国有数の進学校だ。だからクラス分けも成績順に行われる。文理が分かれる2年までは,前年の3学期末のテスト成績が優秀な順に1組から振り分けられる。3年になるとやはり成績ごとに理系は1組から,文系は9組から順に振り分けられる。横山先輩は2組,是枝部長は9組だ。文理が違うもののトップクラスに入れないというのは,意識すればするだけ受け入れられないものなのかもしれない。

「だから報道班の中でも特に是枝部長を嫌っているのでしょう? 鍵を持っている部長に完璧なアリバイがある時に事件が起きたのも,アリバイがあるからこそ却って疑いがかかるようにするためと説明できます。動機だけで言えばゴシップ紙に信憑性を持たせるためなんてものより尤もらしいですし」

「是枝さんは?」

 奇跡的なことに,横山先輩が怒鳴り声を上げるよりも早く機微を気にしない井上の質問が滑り込んだ。言論で言い負かすには釈明を聞いた方が得策だと思ったのか,本人からの反論を立てるべきだと思ったのか,横山先輩と橋本君は共に真守ちゃんに視線を向ける。

 一斉に注目されて真守ちゃんは更に身を縮める。それでもどうにかこうにか,か細い声でこれだけ言った。

「……分からないです」

 横山先輩はすかさず,酷薄な笑みを浮かべながら井上に向き直る。

「探偵君,聞いての通りだ。動機だけで推測するやり方と実現可能な手段から推測するやり方の内,どちらが論理立っているかなんて明白だよな?」

「実現可能,ねぇ? 横山先輩ごときが思い付く可能性なんてとっくに学察でも検討されているでしょうに。僕は鍵屋から目撃情報が上がってこないことを理由に,先輩の説はほぼ否定されているって気がしてなりませんけどねー」

 鋭い。

 単に度胸が据わって快活というだけでなく,頭の回転も速いらしい。ただ,先輩をごとき呼ばわりするのはさすがに無謀だった。

 限度を超えた横山先輩が傍目にも分かるくらい激昂して,止める間もなく詰め寄り橋本君の襟首を掴んだ。

「だから,調子に乗るなって言っているだろうっ!」

 横山先輩は筋肉隆々というわけでもないのだけれど,身長差があるせいでしっかり首が閉まっているらしい。息苦しそうにしながらも橋本君は,怯えることも発言を撤回することもしなかった。

「先輩の方こそっ,小物だってこと認めた方がいいんじゃないですか」

 瞬間,横山先輩が握り締めた右手を振り翳す。

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