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学園探偵  作者: 阿久井浮衛
第1課 燃える密室
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7

 閑話挿入。

 これまでどのくらい,学校の怪談というものを耳にしたことがあるだろうか。

 怪談の定義にもよるだろうけれど,広義ではネットやテレビからの伝聞を含むだろうし,実際にこれまで通っていた学校独自のものを聞いたことがある人も少なくないかもしれない。1世紀以上の歴史を誇るこの私立松羽島学園でも,御多分に漏れずどの学校にもあるような怪談がいくつか囁かれている。寧ろ長い歴史があるからこそ,多くの怪談が生まれる余地があるという言い方が正しいのかもしれない。それくらい,この学園は怪談を多く抱えている。

 その内の1つが保管庫の怨霊だ。いくつかバリエーションがあるけれど,大まかには次のような話である。

 戦後間もない頃,新聞部保管庫を火元とする火災が発生した。保管庫の扉が閉ざされていたため発見が遅れ,過去の発行物を含め保管庫は全焼した。放課後のまだ人気の多い時間帯であったにも関わらず,周囲への延焼がなかったためか幸い怪我人は1人も出なかった。

 鎮火後,出火原因を探るべく(本物の)警察と消防が保管庫に踏み入ると,黒く煤けた部屋の中央に1体の焼死体が横たわっているのが発見された。遺体は生徒であると推定されたが損傷が激しく,性別の判別が難しいくらい焼け焦げてしまっていた。それでも全生徒の安否を確認していく内に,やがて新聞部の男子生徒が1人行方不明であることが明らかになり,遺体はその生徒であると判断された。

 その生徒は生前いじめを受けており,加害生徒を恨む遺書のようなものが彼の実家から発見された。状況からいじめを苦にした自殺と思われたが,2つだけ不自然な点があった。

 1つは,保管庫が密室であったことだ。当時から既に保管庫の鍵は現在と同様の方法で管理されていたため,平の部員であったその男子生徒は保管庫の中に自由に入れるはずがなかった。発生時鍵は新聞部部長と顧問が所有しており,どのようにして男子生徒が保管庫に入り,しかも内側から鍵を掛けることができたのかは不明のままだ。その不可解さから,男子生徒をいじめていた加害生徒達が外から鍵をかけたのではないかという憶測すら囁かれた。

 2つ目は出火原因がはっきりしていないことだ。火種となるようなものは保管庫の内部で発見されなかった。遺体が判別不可能なくらい焼け焦げ,保管庫を全焼する程火の勢いが強かったにも関わらず,である。これは確定できないものの,一応は発見が遅れたためその間に燃え尽きてしまったのではないかと推測されている。

 しかしその後,学園内で立て続けに奇妙な現象が発生した。保管庫の周辺では焼死した男子生徒らしき人影が目撃されるようになり,夜間に見回りの警備員が火の玉を目撃したと証言している。遂には,男子生徒をいじめていた主犯格の生徒が大火傷を負う事故まで起こったそうだ。

 それ以来,死亡した男子生徒が怨霊となって,自身をいじめた生徒達に復讐するため今でも校内を彷徨っていると噂されている。

「以上が特集号からの抜粋だけれど,今回のぼやがあまりにも怪談と酷似しているから一部では保管庫の怨霊の仕業だなんて噂されているみたい」

 週が明けた5月26日の昼休み,保管庫でわたしは机を挟んで井上と向かい合っていた。慌てて伺いを立てた結果,アリバイのない新聞部員3人との対面に何とかこぎつけることができた。今からここで,いわば事情聴取を行う予定だ。

 急にこの場を用意させたくせに,投げかけた言葉にも井上は碌に反応を返さない。いい加減手持無沙汰を覚えたわたしは沈黙に耐え兼ね何となく室内を見回した。

 保管庫の机の上にはまだ,特集号の一部が積まれている。窓の脇に置いてある台車の焦げ跡が痛々しい。南に面した窓からは初夏の温暖な日差しが射し込み,本当にここで火の手が上がったとは到底信じられないくらい穏やかな空気だ。

 そんな空気の中,対面の井上は退屈そうに窓から外の景色を眺めている。窓の向こうには第1グラウンドが臨めるはずだ。今の時間帯は何が見えるのだろう。それとも,事件について考えを巡らせているのだろうか。

「君が『変人』探偵か」

 ふんっ。と人を見下すような調子で,男の人にしては甲高い声が突如響いた。

 声の方に顔を向けると,しかめっ面の男子生徒が神経質そうに眼鏡を押し上げながら保管庫に踏み入っている姿が見えた。物珍しそうにきょろきょろと首を回している小柄な男の子がその後に続き,最後に真守ちゃんが怖気付くように距離を置いて入ってくる。

 急ではあったけれど,何とか全員集まってくれたようだ。井上は振り向くと,いつもの抑揚のない平坦な調子で話し始める。

「貴重なお時間を割いて態々ご参集いただきありがとうございます。私は学園警察より今回ここで発生した不審火について協力要請を受けた2年の井上です。初めまして」

「今更紹介されるまでもないですよー。この学園に通う生徒で『学探』のことを知らない人はいないでしょう」

 小柄な男子生徒はトコトコと小走りに井上の近くまで駆け寄ると,左手を差し出し握手を求めた。

「申し遅れました。僕は新聞部文化班1年の橋本明宣(めいせい)です。高名な『学園探偵』こと井上先輩にお会いすることができて大変光栄です」

 臆することなく変人に握手を求められるこの子は,何気に大物なのかもしれない。井上が差し出した手をぶんぶん振る橋本君を見て,わたしは密かに感心した。

 というか,猫背であることを差し引いても180cmは優に超える井上に対し,橋本君は真守ちゃんより5cm高いくらいの身長しかないから,こうして並べると老人と子供のようだ。多分暗く何を考えているのか分からない老獪な雰囲気と,活発で利発そうな雰囲気が対照的なせいでそう見えるのかもしれない。

「御託はいい。要はアリバイのない僕らを取り調べたいんだろう? さっさと聞きたいことを聞いて終わらせろ」

 腕組みをしながら最初に入ってきた男子生徒が,こちらを向いて壁に背を預ける。扉を閉めた真守ちゃんがわたしの隣に回り込んだから,机を間に置いた二等辺三角形の頂点にそれぞれがいる配置だ。井上はその言葉を受けて,単刀直入とばかりに口火を切る。

「ではお言葉に甘えて先ず確認から始めましょう。新聞部報道班副班長である横山尋司3年生と文化班1年の橋本君・是枝さんの3名はこの部屋で不審火が発生した時のアリバイが確認されていません。学察に散々話しただけにうんざりされるかもしれませんがもう一度事件当時何をしていたか教えてください」

 横山先輩は報道班に身を置いてきた経験から何を聞かれるか予想していたのだろう,苛立ちを隠すこともなく間髪入れずに答える。

「僕は15時20分頃ホームルームが終わって,その後2時間ずっと1人で,進学支援室で勉強していたよ。報道班班長になれなかったから早目に受験に本腰を入れようと思ってね」

 そう言うと,ほとんど睨み付けるような目付きでこちらを見る。その視線の先の真守ちゃんはまるで自分が責任を負っているかのように顔を伏せた。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというやつらしい。

 井上は頓着せず話を続ける。

「橋本君と是枝さんは?」

「僕は図書館の地下書庫で文献を探していました。文化班の1年が中心になって学園内の噂や怪談について調べているんですけど,そのための参考文献ですね。図書館で僕のことを目撃した人がいるかもしれないですけど,ほぼほぼ覚えていないでしょうからアリバイは主張できません」

「わたしも,5階の情報室2で取材した内容をまとめていました。特集号で扱った保管庫の怨霊もその時のものが基になっています。他には誰もいなかったのでアリバイはないです」

 2人とも取材中ではあったものの,それを証明できる人がいないらしい。けれど真守ちゃんが話し終えた途端,横山先輩はばかにするように笑った。

「噂ねぇ。そんなものを記事にして何の役に立つんだか」

 直接彼に聞き取りを行っていないから分からなかったけれど,どうやら横山先輩は報道班の中でも特に文化班を嫌っているらしい。

 そりゃそうか。是枝部長による人事異動がなければ,少なくとも報道班班長には就任していたわけだから。最も割を食った立場としては刺々しい態度を取るのも分からなくはない。

 しかしこれには快活な橋本君も気に障ったようで,慇懃ながらも嫌味っぽくにこやかな反論する。

「新入生が取材から記事作成まで一連の手順を学ぶために,いくつかあるテーマの中から関心のあるものを選んで特集号を組むのは毎年恒例のことですよね。目論見が外れて昇進できなかったからって,いつまでも拗ねないでもらえます?」

「僕が問題にしているのはその内容だよ。知る権利の積極的行使を是枝部長は謳っているけれど,その結果が噂や怪談の収拾だというなら,ゴシップ記事の謗りは免れないな」

「お真面目で教科書通りの,部活の活動実績や進学情報を喜ぶ生徒がいますか? これだから教員の顔色を窺うだけの報道班って嫌なんですよねー」

 うわぁ。真守ちゃん,いつもこんな言い争いの渦中に身を置いているんだ……。

 わたしは本題を脱線して舌禍を交える2人に,対立の根深さを知る。それと同時に,それを治めたくとも介入することで争いを激化させかねないことが分かって,二の足を踏む真守ちゃんに同情した。

 この子,何でも1人で背負ってしまいそうだからなぁ。わたしのせいかも,って責任を感じてなければいいのだけど。

 その淀んだ空気に分け入ったのは,人の機微など気にしそうにない井上だった。

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