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学園探偵  作者: 阿久井浮衛
第4課 学園探偵
49/54

8

「……でも,鳴滝先生がそんなことをする動機はないはずでしょう?」

 早くも防衛線の1つ目だ。

 わたしだって,事件のカラクリが見破られることを全く想定していなかったわけではない。井上でなくたって,物証を考慮しなければ誰か他の教員が金庫のロックを解除した可能性を思いつくことはできただろう。しかしここから先にはそう易々とは進めないはずだ。これ以上推理を展開するためには何故教員がそんなことをしなければならないのかという問いを避けることはできないし,そこからわたしとの繋がりを見出すには棚上げしていた物証を考慮しなければならなくなるからだ。そしてそんな物証は残っていない。

 ……ただ,井上と智佳なら事件状況を上手く説明できる推理を編み出しても不思議じゃない。

 狗神様の事件の時に,そのための手がかりは既に与えてしまったのだ。知らず知らずの内に,わたしは奥歯に力を込めていた。

「鳴滝先生が金庫のロックを解除した理由は12人の生徒が会費の不足した封筒を提出したのと同じ動機です。つまり彼らは全ての事件を引き起こしていた黒幕に脅迫されていたのです」

「それぞれの具体的な脅迫の内容は分からない。だけど,そう考えれば事件を上手く説明することができる。12人の生徒は脅されていたから金額に不足のある封筒を提出したし,学察に事情を聞かれた時確かに会費を全額入れていたと嘘の証言をした。いくら脅迫されているとはいえさすがに会費を盗み出すよう迫られたら断っていたかもしれないけれど,金庫のロックを解除するだけ,それも実際に被害は生じないという条件だったせいか鳴滝先生も黒幕の指示に従いロックを解除した。その結果,さも金庫から会費が盗み出されたような条件が整ってしまった」

「この計画の卓越している点は黒幕以外に犯行の全貌が見え難いところです。個別に譬え関与が露見したとしても罪に問い難い指示を出した上で且つ口を割らせなければ犯行が露見することはまずないと言っていいでしょう。まさか先生や多数の生徒が犯行に加担させられているなんて発想中々出てきませんからね」

「興味深い仮説ではあるけれど,その黒幕っていうのがわたしである必然性はないでしょう? まさか去年の事件の時捜査員だったからって理由だけで断定しているわけじゃないよね。当時事件に関わった捜査員はたくさんいるし,その誰もが金庫から会費を盗み出したように思わせるトリックの着想を得てもおかしくないわけだし」

 井上が例のリストを押さえているのであればこれも悪足掻きに過ぎないだろう。まだ勘付いていないのではという楽観的予測に賭けたのだけれど,やはり智佳は容易く首を横に振った。

「12人の経歴を調べてみたんだけど,全員梓が捜査に参加した事件の容疑者だった。しかも,その事件のいずれもが証拠不十分のため未解決のままになっている。それにあの日の昼休み,最後に会費を提出して川端先生を職員室から連れ出したのは他ならぬ梓自身だったって,先生本人が証言している。確かに直接的な証拠ではないけれど,誰の目から見ても梓が疑わしいのは明らかなんだよ」

「でも,随分蓋然性の低い計画ね。川端先生が席を立っている間に金庫を開ける必要があるけれど,その前に先生が会費の確認を済ませることだって十分考えられるわけでしょ。それに先生がはっきり金庫のロックをかけたと記憶していれば,いずれ他の教師が金庫を開けた可能性を検討することになったはず。本当にわたしが黒幕だったら,こんな杜撰な計画実行しないと思うけど」

「席を外す前に会費を確認した場合は『入れ忘れでした』って脅していた人達に言わせればいい。多少不自然に思われることはあっても,被害がない以上事件としては認知されない公算が大きい。最後に提出しに行ったのは,未納分の会費が出揃って先生が集計を済ませる前に職員室から連れ出すためだった。そう考えると12人以外にも,未納者の中に会費の提出を遅らせていた人がいるはず。川端先生が担当の時に事件を実行に移したのも,初めて未納分の会費の徴収役を受け持った先生なら鍵をかけたかどうかはっきり記憶していないことも期待できたからでしょう?」

 第2防衛線も突破されてしまった。愈々窮地に追い込まれつつあるが,それでもわたしは,比較的自分が冷静であることを自覚していた。

 事件を起こす前より背水の陣を敷いていたのだから,今更取り乱すわけがない。

「2つ目のポイントは渡先生が呼び出された経緯だけど,こっちは事件のカラクリほど込み入ってない。渡先生が職員会に呼び出されたのは井上が隠蔽した事件に関与しているからみたいだけれど,そのことを知っている人物は学園内でも限られている。元々学察ですら把握していなくて,最近まで隠蔽した事件の詳細は渡先生と井上だけの機密事項だった。仮に2人以外の誰かが職員会に事件隠蔽の事実をリークしたと考えると,それができたのはわたしと梓だけということになる。わたしは井上に事件の捜査を依頼した時に,梓は先月ここで狗神様を試していた時に知り得たから」

「事件隠蔽の事実を知ったあなたは事件についての情報を集めました。詳細は依然として不明だったでしょうけれど職員会が問題視すればいいわけですから情報量としては大した手間ではなかったはずです。隠蔽を密告した理由はあなたが黒幕であることに気付く可能性の高い私からソースを奪うためです。情報漏洩の疑いをかけ加賀さんから捜査員資格を奪った理由も私が学察の情報網を利用できなくするためでした。一連の事件を捜査し真相に気付く可能性がある私達を分断したいという狙いもあったでしょう」

「……さすがは学園探偵ね。それとも,学察第3課の初代課長さんならこのくらい解けて当然なのかな」

 それまでずっと沈んだ声の調子で滔々と話していた智佳はぎょっ,と井上の方を振り向いた。やはり聞かされていなかったようだ。当の井上はというと,相変わらず何を考えているのか分からない無表情を堅持している。

 意地の悪い男。

 表面上は変化がないようだけれど,少しは意趣返しできただろうか。

 ふっ,と張り詰めていた気が緩む。鉄面皮の下に動揺を押し隠しているのかと思うと,こんな状況だというのにおかしかった。

 だけど,いつまでも悠長に構えていられる状況でないことに変わりはない。用意していた防衛線は全て突破されてしまった。今のわたしに身を守るロジックは存在しない。企図した経路ではなかったけれど,井上の気が動転しているらしい今こそ守勢から攻勢に転じるタイミングだ。

 わたしは暫く振りに1歩,前に踏み出した。

「だけど,そこまで考えたのなら分かっているんでしょう? 黒幕がわたしだと特定する根拠が薄いってことは。井上君が渡先生に頼まれて事件を隠蔽したことがあるってこと,わたしが他の誰かに話していないという確かな証拠は? それに,わたしに脅されていたって主張している人がいるわけ? あくまで黒幕が存在すると考えれば一連の事件に説明が付くし,その黒幕がわたしであることを示唆する傍証があるだけだよね」

 直接関与を裏付ける物的証拠がない限り,わたしによる犯行だと断言できない。3課の課長だった頃のパイプだろうか,事件を調べ直していたところを見ると井上は渡以外にも情報網を隠し持っているらしいけれど,所詮今の2人は一般生徒だ。傍証をいくら積み上げられようが,上手く立ち回って他の捜査員の信をわたしに集めている限り学察が捜査に着手することはない。

 いつまでも課長クラスを騙し続けることができるとは思えないけれど,長々と捜査員でいるつもりもないからそれで構わない。後2か月,夏休みが終わる頃まで持てば十分だ。

 大丈夫,もう少しで終わる。

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